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大ダンジョン時代ヒストリア  作者: てんたくろー


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112/210

69年目-1 マリアベールと酒・5

本エピソードの主要な登場人物

()内は年齢


ソフィア・チェーホワ(???)

マリアベール・フランソワ(51)

 ドラゴン戦を経て、良きにしろ悪きにしろ様々な変化の時期を迎えたマリアベールであったが、酒への情熱だけは一切変わることはなく継続していた。

 いやむしろ、より激しいものになっていったほどだ。なんだかんだと身体的に明確な衰えを迎えてしまった己を、ある程度は受け入れても完全に呑み込んで受け入れるのは難しかったのである。

 

 また、この頃には愛娘のエレオノールも17歳で、もう立派なレディとして家を出てロンドンのハイスクールの寮に入っていたこともあり、育児が一段落していたことも影響していた。

 探査者として、母親として。どちらも全盛期を過ぎたことにより空いた間隙。彼女はそこを、アルコールに頼って埋め始めたのだ。

 

 これには夫ヘンリーも、ソフィアはじめ友人知人のみなも大いに心配した。

 すでにレベル1000の大台に乗った探査者。身体能力や内臓機能は非能力者のそれも青年男性と比較しても、100倍以上にもなっているほどのまさしく超人だがそれでも限度というものがある。

 さながら酒に溺れるような日々を送り始めた彼女に、ついにWSO統括理事さえもが苦言を呈しつつあった────

 

 

 

「いい加減にしなさい、マリアベール・フランソワ」

「うっ……」

 

 いつになく厳しい表情と声音に、マリアベールは頭に多少昇っていたアルコールなど一気に吹き飛ばした。

 冷水を浴びせられたかのように全身が凍りつき、血の気が引く感触を覚える。


 イギリス南西部、フランソワ邸。

 珍しくアポもなくやってきたWSO統括理事ソフィア・チェーホワを大喜びで歓迎しつつ、まずは呑もうと昼にもならないうちから酒瓶を空けていた彼女へと向けられた第一声はまさしく叱咤であった。

 思わずソフィアの顔を見上げる。

 

「そ、ソフィアさん……」

「あなたはそれでも探査者ですか、いいえそれ以前にマリアベール・フランソワですか。私が知るあなたは酒を飲めども溺れることのない強さがありました、それが今のそのザマはなんですか? 聞けばダンジョン探査をしない日など、朝から晩まで飲み明かしているそうではないですか」

「それ、は……その……」

「それがS級探査者のあるべき姿と、あなた自身の理想の姿と胸を張って言えるのですか。家族や弟子、友人知人にまで心配と迷惑をかけている今のあなたは、とても私からはそのようには見えませんし言えません」

 

 本気の説教。ソフィアがここまで言うことなど、出会ってから今日に至るまでの30年ほどでまったくなかったことだ。

 それだけにその言葉の響きは重く、意味は鋭くマリアベールを打ちのめす……自身でも半ば以上、自覚していただけに余計何も言えない。

 

 一言一句、彼女の言う通りだった。ドラゴン戦の後遺症を引きずりつつも復帰して1年ほど。その間に家庭にも変化が訪れていた。

 娘エレオノールがロンドンの全寮制ハイスクールに入学し、家を出たのだ。すなわち必然的に育児が終了し、探査業以外のプライベートにおいてすっぽりと空白時間ができたのである。

 

 ダンジョン探査は継続して3日4日に一回程度行っているものの、それ以外の日は特にやることがない。

 鍛錬も行うものの、腰を痛めてからは継続しての戦闘行動ができないためどうしても短時間のものにならざるを得なかった。

 

 夫ヘンリーも日中は自分の仕事のために家を空ける。となるとマリアベール一人の時間が増えることとなるのは自明の理。

 ダンジョン探査の量を増やすのも身体に負担がかかるため医者から止められているし、後輩探査者達の食い扶持を不必要に奪うことにも繋がりかねない。


 さりとて一人でどこか、出かける気にもなれなかった……若く元気な頃ならいざ知らず、怪我を受けて老境に差し掛かりつつある今、どうにも探査以外の活力も湧きづらくなっている。

 自分でも信じられないくらいに、数年前までの自分と変化してしまっていることに驚いてしまうほどだ。

 

 そうした諸々の事情から結局、彼女が行き着いたのがやはり酒だった。

 とりあえず暇な時間は好きなものを楽しもう。そんな発想から大好きで大好きで堪らない酒を、浴びるように呑み始めたのだ。

 

「……先月来てくれたクリストフやアランにも言われましたよ、酷すぎるから、一度セラピーか何か受けたほうが良いって。ああ、3ヶ月前にゃエリス先輩にも」

「あとはラウラちゃんに神谷司祭からもね。みんな挙って私やヴァールに相談してきたもの、マリーちゃんの様子がおかしいって。まあ、それより前にあなたの旦那さんと娘さんからも同じ連絡を受けていたのだけどね」

「面目ない……いきなり暇な時間ができちまうと、まさかここまでダメなことになっちまうとは、ファハハ……」

 

 頭を掻いて、力なく笑う。ただでさえ曲がっている背中をさらに丸めて落ち込む姿は、恵体はそのままでも雰囲気はほとんど老人のソレだ。

 その様に、ソフィアは……出会った頃にはやんちゃな少女だったのが、こうなるまでに時間が過ぎたのだと。言葉なきショックを受けつつもそれを隠し、苦笑いするマリアベールにため息交じりに言うのだった。

 

「辛いなら辛いと言いなさい。一人で抱え込まず、誰かに相談しなさい。家族でなくともあなたには、あなたを大切にしてくれる人達が大勢いると分かっているでしょうに」

「すみません……」

「この数年であなたを取り巻くすべてが変わりました。肉体的にも精神的にも。そしてそれは今後もことあるごとにつきまとうでしょう……だからこそ刹那的な衝動で無茶なことをするのでなく、何ごとも節度をもって行うべきなのです。分かりますね?」

「ハイ……肝に銘じマス……」

 

 怒りではなく叱り──激情によらず生活態度の改善を指摘するソフィアに、なんの反論も言いわけもできずマリアベールは完全に自身の非を認めた。

 何一つ言い返せない。むしろこう言ってほしかったまである。なんだかんだと怠惰な酒に溺れてしまい、そこから抜け出したくても抜け出せなかった身としてはこうした忠告が心の底からありがたい。

 

 こうした説教を受け、マリアベールは生活態度を見事見直すこととし、より健康な生活を送ることとなる。

 ……ただ、頻度は減ったが飲む時となるとやはり酒量は尋常でなく。結果的にそれがここより約10年ほど後に、彼女に致命的な事態をもたらすトリガーとなってしまうのだが。

 それはまた、後の時代のエピソードである。

 ブックマーク登録と評価のほうよろしくお願いいたしますー 


 たびたびソフィアにちくちく言葉を投げかけられるマリアベールが見られる「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー

 https://ncode.syosetu.com/n8971hh/

 書籍化、コミカライズもしておりますのでそちらもよろしくお願いいたしますー

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分ではどうしてもやめられないから、強い言葉で叱って止めてほしかったんだな
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