表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大ダンジョン時代ヒストリア  作者: てんたくろー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

111/210

68年目-4 太平洋経済圏都市構想

本エピソードの主要な登場人物

()内は年齢


ソフィア・チェーホワ(???)

レベッカ・ウェイン(81)

グェン・サン・スーン(38)

 現代から遡ること60年前、太平洋にて発見された超弩級巨大ダンジョンこと通称"太平洋ダンジョン"。


 一階層、一部屋ごとのサイズがあまりにも広いことと一度倒したモンスターがわずか一日程度で再発生すること。

 そして何よりダンジョンに辿り着くまでの難易度の高さから発見後数十年単位で手つかずのまま放置されてきた極めて特異なダンジョンである。

 

 発見当時に何度か踏破を試みたWSO統括理事ソフィア・チェーホワをして、現状維持という名の事実上の封鎖を選択せざるを得なかった曰く付きの超巨大ダンジョン。

 それ以後も最低限の監視といくらかの調査ばかりが行われるだけだったのだが、この頃、ついにスポットライトが当たろうとしていた。


 太平洋ダンジョンを攻略するにあたっての最大の難所であるアクセスのしづらさ……

 はるか海原以外何もない、太平洋の真ん中にあるその場所を日常的に探査できないという致命性へのアプローチがついに提案されたのである。

 

 しかしてそれはWSO上層部の多くを絶句させるだけの極めて大掛かり、かつ壮大で荒唐無稽なものだった。

 そのため提案から採用、そして実際の取り掛かりまでもう一波乱が訪れることとなる。


 太平洋経済圏構想──大型客船を数十数百と太平洋ダンジョンの周囲に並べ立て連結し、擬似的な陸地を作り上げ。

 果ては超巨大経済都市を構築しようという、大ダンジョン時代最大の計画であった。

 

 

 

 その提案を最初に聞いた時、レベッカもサン・スーンも揃って正気か? という目で相手方を見たのが正直なところだ。

 スイスはジュネーヴ、WSO本部の議事堂。役員クラスが集まり、今後の方針について議論し合う会合。その場において理事の一人が議題として挙げてきたのだ……太平洋ダンジョンの持続可能な攻略環境の構築について。

 

「太平洋ダンジョンの周囲に人工的な陸地を構築します。大型客船を数百隻と並べ、ドッキングすることによる擬似的なものです。そしてそこに探査者がダンジョン探査を継続的に行えるだけの環境、すなわちある種の都市を築くのです」

「ちょっと待ってください。本気で言っているのですか? いくらなんでも絵空事にもほどがあるのでは?」

「至って本気ですよ、議長。と言いますよりもむしろ、こうでもしなければ太平洋ダンジョンは永遠に今のまま封鎖状態とするしかありません」

 

 船を並べて連結させて、そこを都市化して探査者の拠点とする。ついにこの手の議題が出てきたかと、ソフィアは興味深い目で議長に対して主張する役員を見た。

 40過ぎの若手で、北アメリカのWSO支部を束ねる総元締めとも言える男だ。それゆえWSO内でも発言力は比較的高いのだが、それでもこの提案はあまりにも夢物語じみていて誰もが耳を疑っている。

 

 ソフィアの隣に座るレベッカと、さらに同席しているサン・スーンもまた驚きに目を見開いていた。

 配られていく資料を見る。太平洋ダンジョン……発見から30年近くも塩漬けにせざるを得なかった問題児なのはたしかだが、よもやこのような案を出してくるとは。


「ウェイン師、どう見ますか? 私には正直、突拍子もない話としか。そもそもそれほどのものなのですか、太平洋ダンジョンとは」

「まあ、ねえ。私もヴァールさん伝に聞いた話でしか知らんけど、大概厄介らしいとは聞いてるよ。ああ、それこそ昔々にシモーネが興味本位で突っ込んですぐに逃げ帰ったんだっけか」


 サン・スーンは難しげにレベッカへと、小声で問いかけた。政治屋としての師弟ならではの、ごくプライベートでの私見の交わし合いである。

 とはいえ二人とも、太平洋ダンジョンについては知識しかない。レベッカのほうがまだ知人から多少話を聞いている程度で、しかもそのうちの一人はとっくの昔に物別れに終わった弟子だと言う。


 以前少しだけシモーネについての話を聞いていたサン・スーンが、神妙に応える。

 

「……たしかその方は、師が現役だった頃に育てたという」

「元だよ、元。過ぎた欲望に呑まれた時点で破門したし、そもそも何十年も前にモンスター相手に死んでる。グェン坊が箍を外したらあんなふうになっちまうんだろうなって感じの、馬鹿な小娘だったよ」

「私にもそうなる素養があるわけですね……肝に銘じます」

 

 かつての弟子を辛辣に語る口振りとは裏腹に、その表情はひどく寂しげだ。

 当然だろう。手塩にかけて育てた弟子が、たった二例の不老に目を焼かれて人生と人格を大きく歪ませた果てに虚しい末路を遂げたのだから。

 

 皮肉屋のサン・スーンとていたずらに他人を傷つけようとは思わない。それが政治的な師であり、自らのバックである恩人ならばなおのことだ。

 軽く殊勝なことを口にして、続けて資料に目を通す。


 大型客船一隻だけでも莫大な資金が必要になるものを、それを数百と用意してあまつさえ一箇所に固めて維持し続ける……様々な点であまりにもハードルが高い構想だ。

 普通に考えて妄想か空想。しかし若手理事は自信ありげにソフィアへと、そしてこの場にいる役員クラス全員へと語りかける。

 

「WSOのみならず世界各国にも協力を呼びかけるのです。世界規模での共同経済圏を、太平洋の真ん中に作り上げる構想であるとお考えいただきたい。資金についてもそれによって多少はクリアできるでしょうし、経済的に発展していけばそれはそのまま投資した国へのリターンともなる」

「簡単に仰りますが、絵に描いた餅を見るだけで実際に参加する国がそう多いとも思えませんよ? 太平洋ダンジョンを攻略するにあたり環境構築が必要という意見には賛成ですが、さすがにあまりにも絵空事すぎるのではありませんか」


 経済面でのメリットを語る彼へ、微笑みを絶やさずソフィアが反論した。まったく驚きも何もない、余裕そのものの表情だ。


 若手理事にとって一番尊敬しており、かつ一番恐ろしく思っている相手だ……ソフィア・チェーホワ。

 何にせよまずはこの政治的巨人を納得させるだけの理屈を並べなければ、構想の是非や本質的な目的はおろか、自身のキャリアにまで影響しかねない。正念場だ。

 挫けそうな心を奮い立たせて、彼は毅然と統括理事へ応答する。


「絵空事かどうかの試金石としても、この案は機能してくれるものと信じます。何もしないのが一番まずいのです。我々はすでに30年もの間、太平洋ダンジョンに関して何もしてこなかった……それは明確にWSOという組織の失敗です。失敗は謙虚に受け止め、そして改善のための動きを示していかねばなりません」

「太平洋ダンジョンの現状については懸念事項ではありますが、さりとて拙速にことを進めるべきでもありません。あなたの提案はとても興味深く議論の価値あるものとは思いますが、少なくとも今はまだWSO発信の形で世界に示す段階ではないと考えます」

「横から失礼。統括理事の仰る通りだ、いきなりこのような話をもちかけてすぐに方針として定めるというのはあまりに難しい。もし実現するならば国家レベルばかりか世界共同での事業となるのだ、慎重に緻密に話し合いをせねばなるまい」

 

 喧々諤々。ソフィアと若手理事のやり取りが続き、周囲の役員から理事までもが次々手を挙げ発言していく。活発な議論の応酬。

 あるいは若手理事はここまで読んでいたのだろうと、ソフィアとレベッカは永らく政治の世界に身を置いてきた見地から正しい意図を悟った。

 

 根回しもそれなりにしているのだろう、彼の派閥の役員達が挙って提案の話し合いや議論を前提に主張している。

 つまりは彼らの目的はそもそも一蹴されかねないこの提案を即断で認めさせることではなく、議論に値するものであるとして土俵に上げることなのだろう。

 そして議論の場に上げれば、少なくとも太平洋ダンジョン周りの環境構築についてどういった形であれ話が進む……それこそが狙いなのだ。

 

 おそらくはアメリカ合衆国の意向を大きく受けている。太平洋ダンジョン攻略の拠点構築はどうあれ一大事業になるため、先んじて主導権を握りたいのだ。

 そこまで見抜いてしかしソフィアは鷹揚に微笑んだ。若手理事のこめかみに冷や汗が流れる……鋭い政治的嗅覚から、思惑を見抜かれていると瞬時に察知したゆえに。

 

「分かりやすいところはまだまだ。ですが、提案そのもの理屈自体は理がありましょう……太平洋ダンジョンを30年放置したのは紛れもなくWSOの落ち度。ここに至るまで手をこまねいてきた以上、せっかくの提案を無碍にするわけにもいきませんし、ね」

「ソフィアさん……相変わらず優しいくせに怖いねえ。グェン坊、覚えときなよ? この人は先の見えてる議題ほど相手を掌の上で踊らせたがるんだ。分かってて踊る分にゃ良いが、アイツみたいに途中でそれに気づくともう手遅れだ、完全に呑み込まれちまう」

「人聞きが悪いこと言わないでくださる、レベッカちゃん? 先など見えていませんし踊らせてもいません。ただ、なかなか良い提案をしてくださったなあと思っているだけですよ、うふふ」

 

 議論の中、呆れたように弟子に忠告するレベッカににこやかに笑い答えるソフィア。

 その様子を見ていたサン・スーンと若手理事は、今度こそ背中に冷たいものが流れるのを禁じ得ない。

 

 まさか、と思う。

 まさかこの統括理事は、もうすでに、とっくの昔にこうなることを予想していたのではないか。もっと言えばこの構想も彼女の頭の中には昔から存在しており、それを誰かが言い出すのを待っていたのではないか……?


 そんなありえない、けれど拭い去れない可能性が頭をもたげる。

 答えはソフィア当人のみが知る。彼女はやはりにこやかに、微笑みを湛えて激論を交わす議場を見守るばかりだった。

 ブックマーク登録と評価のほうよろしくお願いいたしますー 


 太平洋ダンジョンの話もちょっと出てくる「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー

 https://ncode.syosetu.com/n8971hh/

 書籍化、コミカライズもしておりますのでそちらもよろしくお願いいたしますー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ソフィアさんはこういうところがあるから、妙に得体のしれない感があるんだよなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ