68年目-3 老いる者、老いない者
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(50)
エリス・モリガナ(63)
ドラゴン戦を経てのマリアベールを見舞うべく、まずはソフィアの下を訪ねてスイスに出向いたエリス。
そこでヴァールから近況を知らされて、彼女はすぐさまイギリス南西部へと向かうことにした。
間違いなく名誉の負傷、しかしてその後遺症は重く一生物、そして不可逆的なものだ。
これまでに誇っていた実力を、培ってきた探査者としての力を著しく減衰させるに至ったことはさぞ、マリアベールの心を打ちのめしているのだろう。
今では活発で飄々としているエリスだが、元々の性格は初代聖女に相応しく慈悲深く優しい、そして極めて同情的な性格だ。
そんな彼女だからこそ、後輩を襲った悲劇にうっすら涙を滲ませ、微力ながら少しでも励ませるよう心を尽くそうと決意して渡英したのだ。
たとえヴァールからマリアベールがなんのかんのと元気で、なんなら暇を持て余した結果酒に溺れ始めてしまっておりソフィアがキレる寸前だと聞かされても。
それもまた心痛からのものなのだろう、と解釈してしまったのだ。
その結果……彼女いざ実際にフランソワ邸を訪ねて、彼女は絶句することとなる。
冗談でなくマリアベールが酒に耽溺する日々を送っていることが、一目で分かってしまったからであった。
酒臭い! ……フランソワ邸、リビングに案内されたエリスが真っ先に感じたのは、酒とつまみの匂いが混ざりあった宴の匂いだ。
今はまだ朝も早い。酒盛りするにはあまりに早く、夜通し飲んだにしてはあまりにも長過ぎる頃合い。そんな中を一人、中年の女性が酒瓶をまた一つ空にして、次のアルコールに手を伸ばそうとしていた。
もはや反射的にエリスは、スキルを用いてその手を止める。
とりあえず話をしなければならない。そのためにも、これ以上お酒は飲ませられない。
「《念動力》! 止まりなさい、マリー!」
「うおおっ!? ……そ、その声はエリス先輩かい!? あれっ、もうそんな時間ですかい!?」
「ハッハッハー、と笑ってもいられないねこれは。一体何をしてるのさ、マリーはさあ……」
案外素面と変わらぬ様子で、強制的に止められた身体に驚きの声をあげるマリアベール。
即座にエリスの仕業と断定したのは、30年ほど前に同じ目にあっているのと、自分をここまで封殺できるのは彼女しかいないというある種の自身と信頼の現れだろう。
気楽に挨拶の一つでもしたかったエリスだが、さすがにそう言ってもいられないと顔を引き締めた。
玄関からリビングまでフランソワ邸の使用人達に案内を受けた際、彼女らが困ったようにしていたのが理解できる。もうそんな時間か、と言ったあたりで察せることだ、どうせ昨夜から呑んでいたのだろう。
呆れた話だと、さすがのエリスも真顔で彼女の下に向かい、その顔を見る。
顔も赤くなく、酩酊とまではいかない目の様子だ。ほろ酔いといったところだろう。つまり多少なりとも正気ではあるということだ。
なおのこと質が悪い。
マリアベールの手元の酒を取り上げて、エリスは呆れた目で彼女に言った。
「ドラゴン戦で大怪我したって聞いてすっ飛んできたけど、その調子ならひとまず元気ってことでそこは良かった。でもね君、ヴァールさんから聞いてるよ? 探査業が暇になったのと育児にも一段落したのとで、ずいぶんと酒に溺れてるって」
「げげっ!? あ、あの人がそんなことを!?」
「なんならソフィアさんなんかブチギレる寸前だってさ。まったく友人知人を心配させているみたいで、エリスさんとしては悲しい限りだよ」
「そ、それは……いやあ、へへへ。つい、暇でぇ……」
冷や汗を垂らして誤魔化し笑いを浮かべるマリアベール。彼女の人生において、おそらくはソフィア、ヴァールに次いで頭が上がらないのがこのエリス・モリガナだ。
何しろ単純に実力で敵わないのだし、人間的にも尊敬できる人物のため逆らう気にもなれない。偉ぶらず、常に笑顔で明るくそして優しい。正直に言えば理想の探査者だとさえ思えるほどだ。
しかし今、そんな彼女に本気のトーンで説教を食らってしまっている。しかも聞けばあのソフィア・チェーホワまでもが激怒する寸前らしい……が、そこはさすがにエリスのブラフだろう。ソフィアが本気で怒ったことなどないのだから、こんな酒の失敗程度で怒るはずもない。
ともあれこれはさすがにまずいと、とにかくエリスを宥めるべくマリアベールは話題を変えてみた。
「え、ええと……いや、ともかくよく来てくれましたよエリス先輩! ご心配おかけしましたがこっちも一応元気ですよ、多少背は曲がりましたがねファハハ、トカゲ一匹始末するのにずいぶん難儀しまして、ファハハ!」
「誤魔化した……本当に改めなよ? 私やヴァールさんはともかくソフィアさんは怒るとヤバいタイプだよあれは。まあともかく、その背中だよ。その、日常生活には支障はないようで良かったけど」
「なんなら一時間二時間くらいのダンジョン探査も問題ありません。まあ、これまで一回の探査に一日かけるのが普通だったもんで、すいぶんと暇になっちまいましたけどねえ」
必死に酒やつまみを片付けながら笑って誤魔化すと、根本的に甘いエリスは結局しかたないとため息を吐き、本気の警告だけをして本来の話題に移った。
すなわちマリアベールの怪我の具合である。見るからに背が曲がっているのはもちろんのこと、頭髪も白髪が目立つようになってきており、顔も50歳程度にしては多少、老けて見えている。
ヴァールの前説明によると、ドラゴンによる怪我とそれを治療するための手術による負荷がもたらしたものらしいが、10年前に比べてあまりに老化している。
それもやはり、戦いの後遺症ということなのだろう。改めてどれだけの死地を乗り越えてきたのかが伺え、エリスは軽く息を吐きがてら彼女へと告げた。
「あまり無茶をしちゃ駄目だよ……君ももう50歳なんだ。怪我をしたこと、そしてそうなったことはとても気の毒だけどせめてポジティブに考えよう。そろそろゆっくりしてもいいと思うんだよね、エリスさん的には」
「そいつぁソフィアさんやアランやら、私の弟子達にも言われましたよ。まあさすがに私もね、ちったぁ落ち着くかって考えますよ。それもあってとりあえず酒飲んでた感じです、ファハハ!」
「だーから酒は抜きにしなさいって。ソフィアさんに怒られてからじゃ遅いんだよ?」
「わーかってますって、ファハハ、ファハハ!」
豪快に笑うマリアベールだが、やはり往年の元気もかなり陰りが見え、落ち着いた様相になっている。
これも一つの老い、あるべき姿だろうと理解はするもののエリスは、我が身の不老体質もあってかやはり、どことなく不条理を痛感せざるを得ないでいた。
ちなみにエリスの来訪後も結局、マリアベールの酒への傾倒ぶりは少ししか改善が見られず……
最終的に危惧していた通り、かつてなく激怒したソフィアが直接フランソワ邸にまで乗り込んでくることになるのだが、それはまた翌年の話であった。
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