68年目-2 その後のマリアベール
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ヴァール(???)
エリス・モリガナ(63)
マリアベール・フランソワがドラゴン戦を経て著しい弱体化とさらなる新境地へと向かったことは、世界の探査者界隈を著しく驚愕させていた。
何しろ永らくS級探査者の中でも最強の、つまりは探査者そのものの括りにおいて最強だった彼女が一生ものの傷を負い、その後遺症を背負うこととなったのだ。
ゴシップ好きでなくとも飛びつくニュースであり、しかも今回はWSO統括理事たるソフィア・チェーホワやS級のアラン・エルミードまでもが認める事実なのだ。動揺しないほうが無理があった。
ある探査者などに至ってはその報を受けてすぐさまスイスはジュネーヴに移動。WSO本部を訪ね、その真相を直接ヴァールの口からたしかめた者さえいたほどだ。
通常、天下の統括理事相手にそのようなこと、たとえこの時期にはWSOの大長老とも言われていた特別理事レベッカ・ウェインであっても早々通りはしない。
しかしその者だけはこの世で唯一と言って良いほどに、ソレが許される存在だった。
マリアベールが認める"先輩"であり、ソフィアやヴァールの友人でもある……ダンジョン聖教初代聖女エリス・モリガナ、その人だからである。
後輩がS級モンスターを仕留めたものの、重い後遺症を抱えることになったなどと聞かされては、さしもの放浪少女もどういうことかと駆けつけざるを得なかったのだ。
第六次モンスターハザードから5年ほど。久しぶりに会ったエリスの姿は、当たり前だが特に何も変わらずあの頃のままだとヴァールは内心でつぶやいた。
WSO本部、統括理事室に招き入れて二人、ソファを挟んで向かい合っての一時だ。
今日の業務もオールクリア、週末ということもありたまには良いだろうとグラスを用意し、秘蔵のスコッチを注いで静かに夜の雰囲気を楽しみながらの歓談と洒落込むこととした。
グラスを軽くぶつけ合い、互いに一口喉に流し込む。
濃厚な味わいとアルコールの風味を堪能し、エリスはそして、ヴァールに対して切り出す。
「…………マリーの容態は?」
「命に別状はない。あれから一年と半年ほど経つが日常生活も送れている。今ではリハビリも終えて社会復帰し、ダンジョン探査も可能な範囲で行っている」
「そう、ですか……まずは生きていて、そして日常生活が送れているなら一安心ですよ、ハッハッハー」
ホッと一息ついて、肩の力を抜く。
エリスが目下のところ一番心配していたのはつまるところ、マリアベールの今現在の状態だった。
気づけば第五次モンスターハザードからこちら、かれこれ10年以上も会わないまま放浪の旅を続けていたエリス。
そんな中オーストラリアを訪れていた際に、たまたまTVニュースでドラゴン戦のことと次第を知って慌ててここへやって来たのであるが……当のマリアベールはひとまず日常生活を送れているようなのだ、安堵せずにはいられなかった。
まあ彼女のことだ、どうせそんなことだろうと思っていた。
そう考えて肩の力を抜くが、続いてのヴァールの言葉に硬直することとなる。
「しかしやはり、これまで通りとはいかないようで苦慮するところは多いらしい」
「……え?」
「彼女が負ったのは背骨から腰骨あたりまで。いわゆる複雑骨折だ……医療系スキル保持者から現代最新の医療科学まですべてを動員して彼女を助け出せたものの、代償がないはずもない」
「せ、背骨から腰まで粉砕骨折!? そんなことになっていたんですか!?」
仰天する話だった。あのマリアベールをして、そこまで負傷するほどの死闘だったのか。
エリスが思うマリアベール・フランソワとは、まさしく最強の名がふさわしい探査者だ。強く、豪快でかつ第五次モンスターハザードの頃には技術や精神面も成熟しており、まさしく完成度の高い戦士というイメージが常にあった。
それが背筋から腰骨までをも砕くなど……
常人であれば致命傷だ。むしろよく、生還できたものだと感心すらしてしまう。
唖然とするエリスに、ヴァールは続けて語った。
「ああ。何しろあの頑丈なマリアベールをして、戦後半月は眠ったままだったからな。そうして次、目を開けた時にはもう、あの娘の施術も完了していた」
「ど、どうなったんです?」
「……背が著しく曲がり、長時間の運動が不可能になった。短期間でのダンジョン探査こそできるが、そもそも身体のバランスが変わったことでリハビリも難儀していた。復帰後も、今まで通りの実力とはいかないようだ」
「そう、なんですね……」
苦々しく、語られた事実をエリスは酒とともに呑み込んだ。マリアベールの、全盛期とも言える時期が明確に終わりを告げたのだ。
誰にも起こり得る一区切り、それそのものを悼む気もない。むしろ生物として当然のことなのだ、受け入れるべきだとさえ思う。
だが……それでもあのマリアベールなのだ。18歳の頃から付き合いがあった少女が、ついにその時を迎えた。
一つの世代が終わりを迎えたのだ。不要と分かっていても、感傷を禁じ得ないエリスである。
「マリーは……元気そうにしていますか? いえ、この後すぐにイギリスまで向かうつもりでいますけど、念のために」
「ああ、そこは間違いない。ただ酒の量が増えているそうなので今度お前からも注意してやってくれ。探査業が一段落ついたのとエレオノールがロンドンの全寮制ハイスクールに進学したことで、暇を持て余した結果酒に溺れだしているらしい」
「えぇ……?」
「お前で止められなければいよいよソフィアだ。あの子こそ前々からマリアベールの酒量に思うところがあるようだからな。堪忍袋の緒が切れることになるかも知れない」
まさかの酒への傾倒。様々な要因の果てになんだかんだ元気そうなのは何よりだが、ソフィアがついに激怒しかねないほどに呑むなどそれはそれで別の意味で心配だ。
わかりましたとうなずき、エリスはグラスを傾けた。安堵と不安が入り交じる、なんとも忘れ難い味だった。
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