68年目-1 全盛期の終わり
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(50)
ソフィア・チェーホワ(???)
サウダーデ・風間(27)
アラン・エルミード(29)
S級モンスター、ドラゴンをギアナ高地にて討ち取った伝説の戦いから早、半年。
WSO統括理事ソフィア・チェーホワならびにS級探査者アラン・エルミード、その友人サウダーデ・風間は揃ってイギリス南西部はフランソワ邸を訪れていた。
ドラゴンとの戦いにおいて決着の一撃を放ち、けれど直後に腰の負傷により倒れてしまったマリアベール・フランソワを見舞うためだった。これで戦後、5回目にもなる。
決戦後すぐさま病院に運び込まれて腰部から背筋にかけての大手術が行われた彼女は、そこから今に至るまで自宅療養を余儀なくされていたのである。
地域一帯に滅びを撒き散らしていた大災厄を一刀の下に斬り伏せたその勇名は当然ながら世界中に轟き、もはや世界最強の探査者とまで称されるようになったS級探査者トップ、マリアベール。
だがその代償は極めて大きいものだ……負った怪我は決して完治することなく、背筋と腰に至るまでを著しく曲げた状態での生活が日常のものになるという診断が下されたのだから。
しかしそれでもマリアベールに後悔はなかった。
己の選択、己の決意。その果ての一つの結末に、彼女は満足していたのだ。
──この半年間、何度か訪れてはいたもののその度、ソフィアやアラン、サウダーデは驚きを内心、禁じ得ないでいた。
療養中のマリアベールがあまりにも穏やかで、かつ丸くなっていたことにだ。
「ああ、よく来てくれたね三人とも……ファハハ。ま、座りなよ。ヘンリー、軽く酒でも飲もうかえ」
「ああ、今持ってくるよマリー。肴もいくらか作ってもらおう……エリー、グラスを頼めるかい?」
「うん、今用意するねお父さん」
永らく浮かべていた勝気な表情などどこへやら、微笑みとともに三人をリビングはソファに座らせる。
杖をつき、腰の曲がった姿は活力こそ漲るものの、一気に10歳は老けたかと思わせるほどに凪いだ気配を漂わせていた。
夫ヘンリーと娘のエレオノールがそれぞれ、言われた通りに動いた。いわゆる酒のあては使用人に作らせつつも自らも動き、酒やグラスを用意するべくリビングを出る。
こちらも使用人に用意させても良かったのだが、そこは気遣いだ──最近ではなかなか会うこともない旧知の仲と、水入らずで語らう時間も必要だろう。
妻を、母を労るべくさり気ない気遣いを見せる旦那と娘。
そのことには当然、マリアベール自身も気づいていた。やはり柔らかい笑みでつぶやく。
「ファハハ……最近、ヘンリーもエリーもずいぶん私に気遣っちまって。いやはや、心配なんてさせるもんじゃないですねえ」
「そうね、マリーちゃん。ご家族はもちろんのこと、私達も当然ながら心配したんですもの。具合、どうかしら?」
「ああ、まあ問題ありませんよ。背骨の曲がり具合はもうどうもならんですが、歩きはもちろん走りも、剣振り回すのも痛みはありません。ただまあ、長時間の探査は止めとけって医者から止められました。こっちについちゃあ今後一生ってね」
「そんな……マリーさん……」
軽快に語るマリアベールに、アランが青ざめた顔で呻いた。隣ではサウダーデも、神妙な顔で師匠を見ている。
探査者の中の探査者。イギリスが誇る至宝にして世界にその名を轟かしめる最強の探査者が、事実上その実力を大幅に衰えさせてしまったのだ。自分達も参加していた、あの戦いをきっかけに。
どうにか、できることはなかったのか。忸怩たる想い、痛恨の悔恨が若者達の胸に過ぎる。
特に弟子のサウダーデなど、一番近い場所にいた自分こそがたとえ、恨まれてでも止めなくてはならなかったのだとずっと自身を責めてしまっていた。
そんな心境さえも見透かしたように、マリアベールはからから笑う。
「何を暗い顔してんだいアラン、クリストフ」
「しかし……先生、俺は。俺には、俺こそが」
「あんたを止めたのは他ならぬ私だ。偉そうな口叩いてまで、テメェの信念貫いた私自身の好き勝手さね。その結果こうなったんならそいつも含めて私の決断だ、あんたは何も悪くない……すまんね、いらんもん背負わせちまって。どーも土壇場になると私ゃ、とことん自分勝手になっちまって困るよ、ファハハ」
「先生……ッ」
苦笑いするその姿さえ、ドラゴンとの戦いより以前に比べてあまりにも穏やかで弱々しい。
その姿は、ソフィア達に十二分なまでに一つの事実を突きつけた──探査者マリアベール・フランソワの全盛期が、終わったのだと。
そしてそれを、本人さえも理解してすべてを承知して受け入れているのだ。
沈痛な面持ちの三人に肩を揺らして、彼女は言った。
「あのね、通夜じゃないんだよ……まだまだ探査者としちゃやってくんだしあんまりへこまんでおくれ。せっかくこっちも、ドラゴン戦を経て居合スタイルを完成させたってのに」
「…………そう、なの?」
「ええ。ギリギリの死線の中での開眼! いかにもドラマチックでしょう? 引き換えにこれまでの一切合切持ってかれたのも、これからのことまで考えりゃ差し引き、まあトントンってところですよ」
正直なところ空元気もいくらかあるが、それでも偽らざる本音だった。マリアベールはドラゴン戦での土壇場で、居合スタイルのなんたるかを骨身をもって理解し把握したのだ。
すなわち超神速の抜刀斬撃。自然体から瞬時に敵を仕留めることで身体への継続的な負荷を軽減させる、省エネルギー化した新たなる戦法。
予てより考えていた、老境に差し掛かって以降の戦い方について、奇しくもドラゴンを叩き斬った際に会得したのである。
今年で50歳を迎え、どうあれ肉体的な限界は迎えつつあったのだ。それにしたところでここまで一気に衰えるのはさすがに想定外だったものの、生涯現役で居続けると決めていたならば遅かれ早かれ直面する事態だろうとマリアベールは考える。
肉体面での全盛期と言える18歳から30歳頃まで。
気力、体力の面で最もバランスが取れていた35歳頃からドラゴン戦に至るまで。
──そしてこれから。肉体面では衰えていく一方だがそれを新たに会得した技術技法で補う、老境。
なんともワクワクするではないかと、彼女は嬉しそうに言った。
「手を変え品を変え、私ゃババアんなってもダンジョン探査を続けていくさね。だから心配いらないよ、ソフィアさんに若いの二人。人の沙汰を気にする暇があるんなら、精々自分を高めていきな、私なんて遠く置き去りにするくらいの高みにまでね!」
高らかに謳う、姿はたしかに衰えども変わらぬ輝きがある。力強いマリアベールからのエールを受けて、アランとサウダーデはうなずき、ソフィアが微笑む。
これより後、現代に至るまで居合スタイルで戦い抜く彼女。マリアベール・フランソワといえば居合術であると周知させるまでに至る新たなる道程の、ここがゴールでありスタート地点でもあった。
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