67年目-4 居合・大断刀、奥義開眼!
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ヴァール(???)
マリアベール・フランソワ(49)
アラン・エルミード(28)
サウダーデ・風間(26)
────かくして対ドラゴン戦の幕は切って落とされた。
威圧にも慣れ、本来の実力を引き出せるようになったマリアベール以下探査者達が、ギアナ高地はナイアガラの滝にて鎮座していた超巨大モンスターに挑んだのである。
山のような、いやまさしく山そのものの巨体。全長1kmにも近しい凄絶な化物へと、決死の勢いで彼女達は斬りかかった。
敵の最大の武器とも言える威圧は封殺した、であれば後はこの山めいたトカゲを相手に力比べといくだけなのだという果敢な突撃だ。
しかしてそれでもさすがにS級モンスター。威圧がなかろうとその身に秘めた力はサイズ感もありそこらのモンスターなど比較にもならない。
殺意を持って腕を振るえば自然が壊れ、翼をはためかせればすべてが吹きとばされる。挙げ句には超火力の炎まで吐き出し始める始末で、どうにか威圧を乗り越えた探査者を次に待ち受けるにしては、あまりにも凶悪かつ無慈悲なものだった。
それでも多くのS級探査者が敵に近づき、攻撃を仕掛けていく。
アランを筆頭に実力の飛び抜けた者達が矢継ぎ早に攻撃し、少しでもダメージを与えるのだ……マリアベールの一撃、新たなスタイルでの奥義にふさわしい、せめてものフォローを行うために。
《居合》、大断刀。
その奥義の完成がここをもって行われ、そしてマリアベールの後半生もまた、新たな展望をみせるのであった────
「────グゥゥゥゥオオオオオアアアアアアアアアッ!!」
巨体。そう呼ぶことさえ烏滸がましいまさしく山が動いた。攻撃を仕掛ける探査者達に襲いかかる前足らしき肉の塊。
視界一面がそれだけで埋め尽くされるほどのスケール感にあっ倒されつつもマリアベールは、鯉口を切った鞘から刃走らせ一迅、超神速の抜刀を放った。
「《居合》! 大断刀・ビッグベンッ!!」
「グゥルルルルォォォォオオオオオオアアアアアアアアッ!!」
「ッ……の、デカブツがァッ、舐めんなァァァッ!!」
踏み潰さんとする肉塊を斬り穿ち、強引に押し戻す豪剣。すなわち大断刀。マリアベールの全身を軋ませながらも、驚異的な一撃はたしかその巨大モンスター、ドラゴンを怯ませることに成功した。
左前足を使い物にならなくしたのだ。別地点から攻撃を放っていたヴァールが彼女に近づき叫んだ。
「よくやった! しかし無事とはいえんか、マリアベール!!」
「ぐ、ぅ……っ!! へ、へへっ。さすがにデカブツ、斬りがいがあらァ……お陰でこ、腰をちぃとばかし、やっちまったみてぇです。ハハ、ハ」
脂汗を流しながら答えるマリアベール。笑ってはいるが完全に無理をしていた。
ドラゴンの左前足を斬り飛ばした代償に腰を痛めたのだ……現代に至るまで完治することのない、一生物の傷をこの戦いにて受けたのである。
実際この時点より後、彼女は著しく腰を曲げての生活を余儀なくされ、それに伴い探査者としての活動時間も極端に短くなってしまう。
命に別状はないものの一気に老け込むきっかけとなり、現代においての老探査者マリアベール・フランソワへと続くこととなるのであった。
「無茶をする……! 下がれ、お前はよくやってくれた! 後は我々でとどめを刺す!! 《鎖法》ギルティチェイン・パニッシュメントォッ!!」
「先生ッ! どうぞ後方へお下がりください、後のことはお任せくださいッ!!」
「マリーさん、無茶しないで!! 《極限極水魔法》、リヴァイアサン・ディザスターッ!!」
完全に戦闘不能であると見做したヴァールと、駆けつけたサウダーデとアランが彼女を庇う。
《鎖法》によって顕現した鎖と《極限極水魔法》によって生み出した水の竜によってドラゴンに追撃を仕掛けていく。
その間にサウダーデがマリアベールを介抱しつつ、後方へと下がる形だった。
しかし、マリアベールはその手を払い除けた。
唖然とする弟子に笑いかけながらも、そのまま無理矢理、破損した腰と背筋を真っ直ぐに伸ばす。
「馬鹿言ってんじゃないよ、お前さんら……こんな良いところで私だけがリタイア? こんな程度の怪我でこんな程度のトカゲ相手に? ハハハ、傑作だ」
「せ、先生……」
「舐め腐ってんじゃねえよ、クリストフ。お前さんの師匠がこんなことで退くわけがねえだろう。長いこと弟子やってきて、私の何を見てきたんだ一体よう」
不敵に笑い、弟子を嗜める。こんなところまで来て途中退場などと冗談がきつい話だ────戦意を漲らせ、静かに剣を鞘に戻す。
激痛が走る背筋から腰を無視して息を整える。直感的に後一発、放てば"これまでの自分"が息絶える感覚を悟る。
あるいはこのまま言われた通りに後方に下がれば。そして適切な治療を受ければまだ、今しばらくの年月をこれまでのまま過ごすこともできるだろう。
それがどうした。マリアベールは歯を食いしばる。
一ヶ月前、自身の心をへし折ったこのドラゴンを相手に引き下がればどの道同じだ。後生、そのことを引きずるだけの人生が待ち受けている。
身体ではない。心の芯が、心の背筋がひん曲がるのだ。
それだけは断じて認められないと、彼女は凄絶に笑った。
「今後一生、杖でもつかなきゃやってられねえことになろうとも。それでも決して曲げちゃいけないものがある……テメエの信念、在り方だ」
「先生……!?」
「最後の教えだクリストフ! ようく目ぇかっぽじって見やがれよ、下手したらこのマリアベール様が最期に放つかも知れねえ、全身全霊のドラゴンキラー!!」
迸る気迫。人生最後になりかねないと、覚悟を決めて力を込めればその身から放たれるエネルギーが強く、烈風をも巻き起こしていく。
弟子として長年ともに過ごしたサウダーデでさえも、見たことのない彼女の姿だった……本気の、全力のマリアベール・フランソワ!
「グルルゥゥゥオオオオアウウウオオアアアアアアアアアッ!!」
「何をする気だ、マリアベール!? 止せ、やめろっ!!」
「馬鹿な、なんてことをっ! マリーさん、それ以上はいけないっ!!」
「うるせえッ!! ……たとえ先輩だろうが後輩だろうがこの道この一刀、誰にも邪魔立てさせやしねえ。これより見せるは我が居合、すべて断ち切る大断刀の極みッ!!」
轟音をあげるドラゴンさえ構わず、何かをしでかす気でいるらしいマリアベールに血相を変えて制止するヴァールとアラン。
周囲では他のS級探査者が継続して攻撃を放ち、暫しの猶予を決死に挑む剣客にもたらしていた。
ありがてぇこったと、いろいろなことに改めて感謝して……今再びの鯉口を、鳴らす。
「私に空を拝ませな……! 山じゃねえんだ、いい加減頭が高えんだよトカゲ!」
「グルゥ、ゥウゥゥゥウウウウアアアアアアアッ!?」
痛みも、周囲も、敵も、味方も、自分さえも置き去りにした無我の境地。
しかして放つエネルギーのすべてをこの一閃にかけて今、放つ。
──その間際、ドラゴンは咄嗟に翼を広げようとした。本能的な恐怖を、戦慄ともに怖気とともに味わったのだ。
奇しくも一ヶ月前、マリアベールが体験したのと同じように。とはいえ今回は逃げ場などない。
「《居合》大断刀────」
マリアベールの居合術は数年かけて完成された。スキル《剣術》も《居合》へと進化し、より突き詰めた形での新殺法を編み出せるようになっているのだ。
その上でここに今、最後の奥義を出し尽くす。彼女の積み重ねられてきた探査者としての経験をも込めての決死の一撃。
瞬間、マリアベールは開眼した。
己の中に眠っていた潜在能力のすべてを解き放ち、奔る刃が捉える地点、その先にあるモノを斬撃したのだ──すなわち山のような巨体、ドラゴンそのもの。
纏いし剣気が一切を断ち切り、何もかもを光へと変えていく!
「────奥義。グレート・ブリテン」
……わずか一瞬にも満たないほどの超神速。そして刀はすでに鞘に収められていた。
ヴァールやサウダーデはおろか、現状二人以上の力を誇るアランにさえもまるで何も見えなかった、もはや斬撃かどうかさえ分からないほどの一撃。
けれどたしかにその攻撃はドラゴンに直撃した。
物体としてだけでなく、その魂、概念そのものにまで届いた刃が、恐るべき山の巨体をその存在ごと、文字通り叩き切ったのだ。
夥しい光の粒子へと変じていくS級モンスター。誰もがその様子を、息を呑んでただただ見守るばかりだ。
つまりはこれにて戦闘終了。
ドラゴンが消えていきギアナ高地はナイアガラ大瀑布の音だけが轟き響く自然の中で、マリアベールは。
「ざまぁ、みやがれ」
「ッ! 先生、なんという無茶をッ!!」
静かにそのまま地に倒れ伏しかけたところを、すぐさま気付いたサウダーデによって受け止められた。
気絶している。すべてが終わり気が抜けたところに腰の激痛が蘇り、疲れも相まって気絶してしまったのだ。
心配して駆けつけた仲間達も皆、ひとまず命に別状はないことを確認して安堵しながらも……
S級探査者マリアベール・フランソワの見せた極限、その全身全霊に心底からの敬意と感嘆を抱くのであった。
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すっかり妖怪居合老婆と化したマリアベールが活躍する「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
https://ncode.syosetu.com/n8971hh/
書籍化、コミカライズもしておりますのでそちらもよろしくお願いいたしますー




