67年目-3 決戦前夜
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ヴァール(???)
マリアベール・フランソワ(49)
アラン・エルミード(28)
サウダーデ・風間(26)
ドラゴン退治のため、意気揚々とギアナ高地にやってきたマリアベール達はすぐさま逃げ帰ることとなった。ドラゴンが放つ威圧によって、戦う前から戦意を奪われたのだ。
決して、マリアベール以下S級探査者の実力が不足していたわけでもなく……単純にこれほどの圧力を受けた経験がないがゆえに、精神的負荷が重くのしかかった結果であった。
初戦は不戦敗に終わってしまった探査者達だが、そのまますごすごと逃げ帰るなどは誰一人としてしなかった。
折られた心、傷ついたプライドは今ここで必ず挽回してみせるという、不撓不屈の意志力で持ち堪えたのだ。
そして彼ら彼女らは、こうした滅びの空気に慣れているヴァールの指導の元で現地付近の都市に一ヶ月ほど滞在。
威圧に慣れる、あるいは耐えるための訓練を行い、そしてどうにか完全にとはいかないまでも克服することに成功したのであった。
同時に、これにより停滞していたドラゴン退治にも目処がついた形になり、マリアベール達は再度の進撃を試みることとなった。
ここに、改めての決戦が行われようとしているのだ────
厳しい威圧も、慣れてしまえばそれなりにどうとでもいなせる。それでも軽い悪寒は禁じ得ないことに、マリアベールはむしろ戦意を漲らせて笑みを浮かべた。
ベネズエラ、ギアナ高地に近い都市の宿にて英気を養う夜。弟子や仲間達と歓談しつつも彼女は、胸に燃え盛るある種の復讐心を滾らせていた。
思い返すは一ヶ月前。ギアナ高地に乗り込んだは良いものの即座に気圧され、おめおめと引き下がるしかなかった情けない顛末。
思い返すだに沸々とこみ上げる怒り。上等だ、ずいぶん無様を晒したがその分まで上乗せして屈辱を晴らしてやる──と、マリアベールは獰猛に吐息を漏らした。
「クソトカゲが……! 今すぐぶった斬ってやらぁね、覚悟しやがれよコラァッ!!」
激怒していた。50年ほど生きてきた中で、彼女は人生最大最高に憤怒を抱いていたのだ。
これまで決して、どんな相手にも戦う前から気圧されることはなかったのが、ここに来て生まれて初めて戦闘前撤退を余儀なくされた。ただ自然と放つ威圧だけで後退せざるを得なかったのだ。
怒髪天を衝くとはまさにこのこと。明らかに我を失っているマリアベールに、サウダーデやヴァールが諌める声をかけた。
「せ、先生……どうかお鎮まりを。未だ気炎を上げるには早いはずです」
「そうだぞマリアベール。近接戦を仕掛けるお前がその調子で頭に血を上らせていても仕方がないだろう」
「っ……ああ、すみませんヴァールさん。サウダーデも悪い、みっともなかったね。どうもここまで虚仮にされたのは初めてなもんで、腸煮えくり返って仕方なかったんだよ、ここ一ヶ月」
初めて見る、本気を通り越して凄絶な怒気を放つ師匠に、死さえ覚悟しつつもそれでも止めるサウダーデ。
彼もまた一ヶ月の訓練によってドラゴンの威圧を克服し、マリアベールの補佐に回っていた。
加えて今回、唯一ドラゴンによる存在そのものの圧力を最初から完全に無効化していたヴァールもまた、彼女を嗜める。
気持ちは分かるが、それでも冷静さを欠いては勝てるものも勝てなくなるからだ。代わりに彼女や同行するメンバーに向け、フォローを入れておく。
「あの威圧を未経験の状態からまともに受けて、それでも意識を保ちあまつさえ立っていただけでも相当なものなのだぞ。マリアベールにしろアランにしろサウダーデにしろ、他のメンバーにしろ……正直なところ、感動しているほどだ。ワタシの予想をはるかに超える速度で探査者は、強くなってくれているのだとな」
それは、誰にも言えない使命を背負うヴァールならではの観点だった。
ドラゴンの威圧に初見で耐えきるものが今、このタイミングですでにいるなどとは当初の想定には決してなかったのだ。
彼女やソフィアが大ダンジョン時代を牽引するそもそもの理由の一つに、探査者の実力を高めるというものがある。
果たすべき使命、倒すべきモノを倒すため。どれだけの時間をかけてでも彼らを自分さえ超えた強さへと至らしめる必要があるのだ。
そして今回。S級モンスターであるドラゴンの特性、周囲一体に物理的な圧力さえ伴う威圧を放つへの耐性というのはある種の目安となった。
その時点でのトップクラスの探査者がどの程度の強さに至っているのかを測る物差しになってくれたのである。
そうして判定した結果……ヴァールは大きな喜びとともに判明した事実を受け止めた。
大ダンジョン時代開始当初では少なくとも300年は経過しなければ到達しないだろうと見ていた地点に、すでに今、マリアベール達は辿り着いているのだ。
自分達の予想、予測を大きく上回る進捗ぶり。そこに満足感とさらなる期待、そして感謝と敬意を抱きこそすれ、威圧に屈した彼らを情けないなどと思うわけもない。
ヴァールは努めて誠実に、マリアベール達を讃えた。
「本当に、君達は良くやってくれている」
「ヴァールさん……?」
「ワタシの演算をも上回る成長、進化。その速度こそは知的生命体が持つ可能性の力に他ならない。魂の力とも言うべきか、まったく見事なものだ。畏れ入る」
心の底からの称賛をもって、WSO統括理事の裏人格はマリアベールを、サウダーデやアランを、いや……この世界に生きるありとあらゆる探査者を誉めた。
その言葉の意味、真意を理解できる者は当然ながら一人もいないが、それでも何か万感の想いを感じさせる。思わず黙り込むマリアベールへと、彼女は続けて言った。
「マリアベール、断言するがドラゴンなどお前の敵ではない。それこそ単なる翼のついたトカゲでしかないのだ、お前ほどの者であれば瞬殺さえできよう」
「え……いや、それは、どうなんですかね」
「できる、必ず。つまるところあの威圧などというのはヤツのバリアのようなものに過ぎん。直接攻め込まれると負けかねんから、常に周囲を威嚇しているにすぎんと考えられる」
今回問題となった、滅びの空気によく似た威圧を放つモンスターとの交戦経験が豊富なヴァールによる推測。
結局のところあの威圧こそ、ドラゴンの最大の武器であり防具なのだ。攻めるまでもなく敵を倒し、守るまでもなく敵を退ける。ある種のバリアなのだ。
その上で断言する。であればそのバリアを克服できた今、我々には勝機が十二分にあると。
当代最強のS級探査者に、厚い信頼の籠もった視線を投げる。
「戦うこともせず生まれついての特性に胡座をかく程度の輩がお前を負かすなど、できるはずがないのだ」
「…………」
「だから冷静になり、激情を抑えていつもどおりの自然体で行くがいい、マリー。ありのままに剣を振るうお前こそが、30年前からずっと最高にして最強なのだ」
初めて共闘した第四次モンスターハザードの頃から、今に至るまでずっと──
マリアベール・フランソワの強さの本質とはその天衣無縫さにあるのだと、ヴァールは語るのだった。
ブックマーク登録と評価のほうよろしくお願いいたしますー
ヴァールの使命が果たされる「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
https://ncode.syosetu.com/n8971hh/
書籍化、コミカライズもしておりますのでそちらもよろしくお願いいたしますー




