66年目-3 シェン一族の改革
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
シェン・ロウハン(28)
シェン・カウファン(29)
シェン・ラオタン(31)
──中国内陸奥地はシェン一族の里。
先代里長のシェン・ラウエンに代わりシェン・ロウハンがその役割を担い始めて早、5年が経過していた。
元より武より文を好むという、一族きっての異端児を里長に据えることを危惧する者もいないではなかったが……結論から言えばロウハンの里運営は歴代でも随一、星界拳に発展をもたらすこととなった。
近代スポーツ理論や科学文明などを多く取り入れ、より効率的でよりリスクの低い、つまりは効果の高い鍛錬を実現に導いたのだ。
また、彼の里長在任時期には星界拳士の実力による区分が八段階に分けられ──一番習熟度の低い木覇から始まり魚覇、獣覇、鳥覇、人覇、地覇、海覇、そして最高位の天覇。天覇には探査者しか到れない──、一族内での序列が明確に定まってもいる。
実のところこれこそが覿面だった。一族単位で目立ちたがりかつ努力家、負けず嫌いのシェンには、互いに互いを目標とするこの区分制度が極めて効力を発揮したのである。
こうした数々の制度こそが、後の世に生まれ出る"完成されしシェン"ことシェン・フェイリンの誕生とその秘めたる実力の早期開花を促したこともあり、ロウハンはシェン一族の歴史にあっては一際異端かつ、カーンに勝るとも劣らぬ功績を遺したと言えるだろう。
たとえ公の大ダンジョン時代史に名は残らずとも、彼もまた、偉大な英傑の一人だった。
「里もずいぶん変わった……」
シェン一族の里付近にある川で三人、星界拳士が並んで釣り竿を立て、糸を垂らしている。
かつての星界拳正統継承者候補だったシェン・カウファン、シェン・ラオタン。そして二人を差し置いて当代の継承者となり、同時にシェンの里長ともなったシェン・ロウハン。
かつて先代里長シェン・ラウエンの下で互いを高めあった三人の弟子。里を離れていたカウファンとラオタンが5年ぶりに帰郷し、再会がてら懐かしの川で魚釣りに興じつつ互いの近況を話し合っていたのだ。
まずは里の変わりようを目の当たりにしたカウファンとラオタンが、驚きつつもつぶやく。
「近代科学の導入……トレーニングジムやプールの設置か。たしかに効率よく身体を鍛えるにはうってつけだな」
「それに各家庭にほとんどパソコンと携帯電話があるようだ。IT化が叫ばれるこの世の中、時流に沿う道を選んだのだな、ロウハン」
「ああ。それに伴い里の者達の就学体制もきっちり整えたよ。義務教育だけでなくそれ以後、いわゆる高等教育への進学ができるように近隣の町村と協力している」
「文武両道、か……先代様や俺達とは違うものを、はじめからお前は見ていたのだなあ」
最新機器の導入やそれを用いての科学的な肉体へのアプローチ。さらには一族の者への学問の奨励と、さらなる高度な学びへの門戸を開く政策の数々……
いずれもラウエン時代までにはなかったものだ。そして元々は次期里長候補としても扱われていたカウファン、ラオタンにも、考えもしていなかったものでもある。
ロウハンが先進的、というよりはこれまでのシェン一族が旧きに拘り過ぎていたのかも知れない。この5年ほど、世界を巡り探査者として活動してきた二人だからこそ思える。
新しい風が必要だったのだ。そしてそれをラウエンも分かっていたのだろう。だからロウハンという、一族にあっても変わり者だった男に大きな期待を寄せた。
そのことを改めて実感し、世の広さを知り成長した星界拳士達は感嘆するばかりだ。
とはいえロウハンのほうも、常に新しいものだけを良しとしているわけでもない。
二人に向き直り、真剣な表情で熱く語る。
「もちろん一族の悲願、"完成されしシェン"への道程を整えることも忘れてはいないよ。星界拳の実力による区分を設け、自らの実力を分かりやすく把握してさらに切磋琢磨できるようにした。何より……」
「何より?」
「ラウエン様のあの奥義を、あの技を──天覇断獄星界拳を完成に至らしめるだけの功夫を積むための政策だよ、これまでに行なってきたすべては」
ロウハンのその言葉に息を呑む二人。
天覇断獄星界拳。先代星界拳継承者ラウエンが最期に放ち息絶えた、対断獄用と思しき星界拳奥義である。
一度見たきりだが、三人の目には未だ色濃く焼き付いている……蒼炎を放ち両の脚で放つその威力は、瀕死のラウエンをしてモンスターを塵一つ残さず強制消滅させるだけの威力を持っていた。
しかしあの技はおそらくは未完成だと、三人はすでに見抜いていた。静かにせせらぐ川を見つめ、ロウハンは語る。
「ラウエン様のあの技は、威力こそ凄まじいけどあれが完成形とも思えない。足に纏いし蒼き炎も、どうやって出したのか皆目検討もつかないし」
「親父も、あのタイミングで死ぬことは予想してなかったんだろうな……本来は完成させてから、いやできずともある程度の形が定まってから披露したかったとは思う」
「ロウハン、俺達も世界を巡る中であの技の完成に近づくべく功夫を重ねた。一度、互いに擦り合わせるのも良いかもしれない」
ラオタンの提案にロウハンはうなずいた。元よりラウエンの遺した技の完成は彼個人でなくシェン一族が総力をかけて取り組むべきものだ。
いずれ現れる"完成されしシェン"が、いつの日かWSO統括理事ソフィア・チェーホワとの約束を果たし断獄と戦う時のために……対断獄用の決戦奥義として、完成した真の天覇断獄星界拳を修得させるのだ。
すべてはシェン一族の悲願、シェンの名と星界拳を遍く世に知らしめるために。
「ラウエン様からの課題、あるいは試練。これを乗り越えてこそいつの日か現れる"完成されしシェン"、そしてその者が断獄に立ち向かう約束の時は訪れるんだ」
「ロウハン……」
「私達はその時のため、少しずつでも功夫を積み重ねなければならない。先達がそうであったように、私達もこの魂の一欠片を星界拳に込めようじゃないか」
「……そうだな、その通りだ。俺達に託されたものを、俺達も託していくのだ。少しでも前に進めながら、な」
ロウハンの言葉に二人もうなずく。
たとえ見ていたもの、考えていたことに違いがあったとしても……彼らはやはりシェン一族、星界拳士。同じ目的に向かって協力する、仲間なのだ。
かくしてシェン一族にもたらされた一連の改革は、この後30数年の時を経て成就することとなる。
一族の集大成、"完成されしシェン"たる少女が生まれ、天覇断獄星界拳をもその莫大なる才をもって完全なものへと成さしめるのであった。
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