狂気的愉悦
ーーー狂気的愉悦
「………ッ!」
水の張った空間で目が覚める。
「ここは…」
この空間、確かに覚えている
「起きたか」
低音で、それでいて邪悪の塊のような声が空間に響き渡る。
「…お前……」
声の主を方を見ると、思ったとおりだ。
ー魔王の姿があった。
そうか、やはりここは…。
僕の心の中。
僕と瓜二つの、この魔王は。
僕の人格の中の一つであり、魔王という人格が、僕の姿形をして、魔王のような風貌を装っているだけである。
しかし、その力はオーラからでも分かる。
間違い無く本物だ。が
「3週間ぶりといったところか?」
「あぁ…そうだな」
そこであることに気付く。
「俺は死んだのか?」
「いや…死んではおらぬ」
魔王は否定する。
しかし、僕からしてみればあの場面で生き残るななんて、到底無理…。
「現に、貴様は今心の中であるこの場所にいるではないか」
「確かに…」
「貴様はまだ生きている」
「正確に言えば…死に最も近い存在だがな」
意味がわからない。
死に近い存在って…それはもう死んでいるのでは?
「意味がわからないな」
「まぁ…単純に言えば死にはしたが、”スキルの力で一時的に命をとりとめ、延命している“という事だ」
スキル?
「僕のスキルは“人格”ではなかったのか?」
「いや、人格だよ」
「じゃあ何故…命を取り留めるなんて」
「簡単な話だ、貴様は最後…あの死ぬ間際に思ったのだ」
「“楽しい”とな」
ありえない。
だって僕はそんなこと微塵も…。
「そんなこと思って…」
そう言いかけた途端。
魔王は、僕の話を遮って説明する。
「いや、本来生物…何より魔物や人間はそういう生き物だ」
「生物とは本来、常に生死の存在する連鎖の中にいる」
「強者は弱者を捕食する」
「それが一体…」
「そこだよ」
「生物の頂点である、人間と魔物にはあまり天敵がいない」
「しかし、本来生物というのは、生死の発生する世界に身を置くもの」
「だからこそ、人や魔物は闘争を求めるのだ…自分達が”死なない位置“にいるのだから」
「とは言っても…両者とも死ぬ程の…所謂”殺し合い“なんかはこのまないことが多いが」
「まぁ、つまり…闘争とは………」
「生物の本質である」
魔王は独自の理論を展開する。
やはり、容姿こそ似ているが…コイツは独立した思想。
僕とは違う考えを持っているらしい。
「いや、だから…僕はそんなこと微塵も…」
「まだ分からぬのか?」
「何がだ?」
「貴様は、自身にも感じ取れぬ程の…心の奥底である深い深い場所で”楽しい“と思ったのだ」
「それは言うなれば、上面の…偽りのような楽しいという感情ではなく、心の底から”感情を震わせた“のだ」
「安心しするがよい、殊…魔人においてはそれこそが普通である」
「…」
魔王の話を聞き、その通りかもしれないという思いが強くなる。
「しかし…だからこそ奴は起動した」
「奴?」
「喜怒哀楽の…楽だ」
ーーーーー???視点
「ハッ!ハハッ!アッハッハッハッハッ!」
狂ったように笑い始めるライト。
だが、それを見てメルクは気付いたようだ。
「そうか…それが貴様のスキルか!ライト!」
同時に餓鬼さんもそれに気付く。
「あれは…」
「おいおい…ありゃなんだよ」
「あの時の…」
「あの時の、って…もしかしてライト様の言ってたスキルか?」
「あぁ、恐らくな…しかし、あの時のような力ではない…別の力だ」
「どういう意味だよ」
「力の系統が違うって意味だ」
「だが…あの時と同じ、系統は違えど…力の強さで言えば同じだ」
「…マジかよ」
ーーー狂気的愉悦
「楽?」
「あぁ、楽だ」
「お前が以前言ってた…奴か?」
「あぁ、今回…ライト、貴様を操っているのは我ではない」
「その楽だと?」
「あぁ」
魔王に肯定され、混乱が大きくなる。
「混乱しているようだな」
それを魔王に見抜かれる。
「まぁ、よい」
「どのぐらいの奴なんだ」
不意に思いついたのは、仲間のことだった。
スィやウーさん、餓鬼さん、ミール、モカ…そして山月の事。
皆は無事なのかどうかだった。
「…無事とは言えん」
それを聞いた途端、僕は絶句する。
「なんで…」
「奴は頭が狂っておるからな…喜怒哀楽にはそれぞれ強さと別々の思想がある」
「…別々の人間から生まれたからか?」
「その通り」
「怒りの感情であれば、パワーが強くなり、悲しみは魔法や妖術…喜びは身体能力の大幅な向上…そして楽は…」
「我と同じく、全てだ」
「若干…我のほうが強さがある、主人格だからな」
「そして、我より狂っている」
「人が死ぬことをなんとも思っていない…自身の楽しさのみを優先する…いわば怪物…のようなものだな」
「楽しくあれば、何でも許し、楽しくあれば平気で殺す」
「じゃぁ…皆は…」
「奴の気分次第だ」
「……今すぐ奴を止める方法は!?」
「ないな」
「まぁ…そう気を落とすな、奴がどうするかこの目でともに確認しようぞ」
魔王は指を鳴らし、映像が僕らの右に流れ始める。
「奴は貴様らを救うか…それとも、皆殺しか…」
ーーーー???視点
「始めまして」
礼儀正しくお辞儀をする、ライト。
「私の名前は、楽…」
「”ライト“みたいな、チープでどこにでもありふれていて、馬鹿らしい名前とは違う…崇高な名前なのでお忘れなく」
(もう少し、進めるつもりだったんですけど、地道に少しずつ続けたほうが良いという判断になりました。次回は、8月4日に投稿です)




