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1、雪国にやってきました

「はじめまして。ようこそおいでくださいました。クロヴィス・アポリネールと申します」


 冬が近付く寒空の中、城の前で部下たちと馬車を待っていてくれていた婚約者は、アルベルティーヌを迎えてくれた。


 寒いとは聞いていたが、馬車の扉が開いただけでぶるりと震える。北風が吹いてアルベルティーヌの長い金髪がさらりと流れると、やけに首元が冷えた。風が冷たく突風もあるため、アクアマリン色の瞳を何度か瞬かせた。

 アルベルティーヌは寒さを見せないように、気丈にクロヴィスの手を取って馬車を降りる。


 北方の辺境に住む領主であるクロヴィスは、アルベルティーヌの頭三つ分ほど大きく、見上げる姿は熊のように大きい。筋肉なのか服がはち切れんばかりにむちむちで顔も四角く、魔獣と戦うことが多いせいか頬に大きな傷があった。

 口を開けてついまじまじと見てしまったが、アルベルティーヌはすぐにスカートをつまんで挨拶をする。


「はじめまして。アルベルティーヌと申します。領主様自らお迎えくださって嬉しいですわ。とっても身長がお高いのですね」

 いかつい顔をしたクロヴィスにアルベルティーヌがにっこり笑顔を見せると、クロヴィスは、ポッと頬を染める。


(あら、照れ屋さんだわ。お母様お父様、心配されていたようですけれど、何だか良い人そうです)


「と、遠いところをわざわざいらしていただいて、ありがとうございます。どうぞ、城にご案内します。あ、こ、こちらは、執事のダニエルです」

「ダニエルと申します」

「よろしくお願いしますね。ダニエルさん」


 紹介された執事は長い銀髪を束ねた若い男だ。細身で目尻が長く鼻筋の通った整った顔をしている。

(執事さん、すごい美人さんですね)


 クロヴィスも同じ銀髪だが、クロヴィスの短い髪は頭の上でふわふわしていた。狼の毛並みみたいだと言ったら怒られるだろうか。並んで見ると美女と野獣のようである。

 噂によると、クロヴィスは婚約が何回か破談になっているそうだ。


 妖精のような姿をした領主、クロヴィス。

 そのクロヴィスは雪国の領主に相応しい冷たい氷の心を持っており、そのせいか婚約の顔合わせをするだけでみんな逃げ出してしまうとか。


 ここには鉱山があり、領土としては相当なお金持ちだった。その鉱山を欲しがる貴族は多く、それを望む親は娘を婚約させようと目論むが、雪国の寒さがひどいため都の女性は耐えられないとか、たくさんの噂がある。


(けれど、領主様はとても素敵な方という噂でした。私も耳にしたことがあります。妖精のような姿。その存在感に目を奪われてしまうとか。確かに大きいですから、強い妖精はそんな感じなのかもしれませんね)


 クロヴィスの瞳は深い闇色。雪国の夜空はこんな色だろうかと想像する。


「ど、どうぞ。こちらへ」

 じっと見ているとクロヴィスはくるりと踵を返した。エスコートをするために腕は出してもらえなかったので、アルベルティーヌは後ろをちょこちょこついていく。足の長さが違いすぎて歩みを早めなければついていけない。

 しかし、すぐに気付いてくれてクロヴィスは歩みを遅めてくれた。


(冷たい方という話ですが、そんな感じは微塵もありませんね)


 クロヴィスは少々偏屈なところがあるらしく、フローラン王子と従兄弟の関係でありながら、領主になってほとんど都に訪れることなく、雪国に籠もりがちだそうだ。

 フローラン王子も心配している中、婚約の破談が続いたので、アルベルティーヌに白羽の矢が当たったのだ。


(ベアトリスお姉様は王子様の婚約者。その関係でわたくしにお話がありましたけれど、わたくしならば彼も心を開いてくれるだろう。とのことでした。仲良くなれるといいのですけれど)


 お城の中に入ろうとすると、突風が吹き、遠くで突然、ゴオオ、という鈍い音が響いた。


「何の音でしょうか。すごい音ですね」

「谷が鳴くのです。もう少ししたら雪が降り始めて、風も強くなります。そうすると谷が鳴くみたいに轟音が続きます。女性は好まないでしょう」

「そうなのですか? 大きな音にびっくりしてしまうんでしょうかね?」

「……と、とても寒いですし、冬の長い地方なので、外でお茶会などもできませんし」

「お部屋ですれば良いのでは?」

「都のお友だちも呼ぶのは大変でしょうし」

「お城のみなさんとお話しすれば良いのでは?」


 クロヴィスの否定の言葉に、アルベルティーヌは大したことではないと返答する。クロヴィスは若干言葉を詰まらせて、大きな肩をすぼめた。


「王子からの命令で婚約のためにこのような遠い場所においでになったのです。この土地に留まることは難しいと考えられたら、破談も考えていただいて結構です。王子もご理解くださりますので」

 クロヴィスの追い出したそうな雰囲気を言葉にしたのはダニエルだ。はっきりと言えぬ領主を見兼ねたかのように付け足した。


「同じことを王子様に言われましたが、到着してすぐに決定するほど浅慮ではありません」

「そうですか。どうぞこちらへ。お部屋に案内します」


 ダニエルはクロヴィスからアルベルティーヌを離すように案内を買って出た。後ろでクロヴィスが若干申し訳なさそうな顔を見せたが、主人の意思を尊重して嫌な役を買って出るのならば良い部下だと思う。


(婚約が破談になってばかりだから、先にネガティブなことを伝えてくるのでしょうか。喜んで迎えたのにすぐに帰られては嫌にもなってしまいますしね)


 クロヴィスがアルベルティーヌを好まなくても破談になるだろうか。王子命令で婚約を承諾したのは確かなので、クロヴィスが嫌がるのも納得できる。


「こちらのお部屋をお使いください」

 ダニエルに案内された部屋は殺風景な部屋だった。寒色を基調としており、窓の外は枯れ木しか見えず、冬になれば寒くなるような色合いだ。

 けれど、ここは豪雪地帯。枝に雪が積もれば美しく見えるだろう。


 アルベルティーヌはほとんど雪を見たことがなかったので、むしろ楽しみだと窓を開けた。風は冷たかったが新しい生活を考えると気持ちが高揚する。


「都に住むお嬢様ではお気に召すことはないでしょうが、我が城ではこのくらいの部屋しかございません」

「十分です。ありがとうございます」


 寒そうな色でまとめられているが、お布団はふかふかだ。ちゃんと暖炉もあるのだし、特に気になることはない。

 ダニエルは一度口を閉じると、表情のないまま部屋を出ていった。メイドなどの紹介はなかったのだが、勝手にして良いということだろうか。


「まあ良いわ。わたくしから挨拶に行けば良いことですものね」

 こうして、アルベルティーヌは婚約者としてこの城に留まることになったのだ。





 最初は姉の婚約者であるフローラン王子からの相談だった。


 クロヴィスはフローラン王子より年下だが、父親を亡くし領主となった。そのため早く結婚をすべきだと周囲から勧められたのだが、婚約はいつも長く続かない。

 若くして領主となったため、野心を持つ者たちから娘を紹介されることが多かった。そのせいかどうしても長続きせず、今では領地に引き籠もったまま。


 そんなこんなで、クロヴィスの婚約相手について頭を悩ませている。という話だった。


(ベアトリスお姉様から、だからあなたならどうかと思って。と言われるまで、わたくしが婚約を斡旋されているとは思わなかったのですが)


 ベアトリスとフローラン王子との婚約が決まり、その関連でアルベルティーヌに婚約を求める者は少なからずいた。しかし、フローラン王子は端から蹴るよう命じていたらしいので、クロヴィスとの婚約はベアトリスと婚約した頃には考えていたのだろう。


 両親は心配していたが、ベアトリスも勧めてくれたこともあって、そこまで推されるならば、と二つ返事で了承した。





「外に出られるのですから、暖かくしませんと。髪も少し結っておきましょうね」

 そう言ってくれたのはメイドのコラリーだ。ダニエルが部屋から去った後、少し経ってコラリーがやってきた。身の回りの世話は彼女がしてくれる。


 コラリーは長くこの城に勤めており、この城のことを教えてくれた。

 アルベルティーヌの柔らかな金髪はとかすと暴発するので、手入れが難しいのだが、コラリーは丁寧にとかし結ってくれた。風が強いので結っていた方が安全だそうだ。


「上着もしっかり羽織ってくださいね。冬の走りとはいえ、この地方は風がとても冷たいんです。都から来た人は冬になったら必ずと言っていいほど風邪を引かれますから」

「ありがとうございます。でもわたくし、とても楽しみなのです!」


 そう、この城に来て数日。お城の中や庭園を散策し終え、暇を持て余しそうになったところ、クロヴィスから誘いを受けたのだ。

 やってきたのは騎士たちが集まる鍛錬場。そこには、珍しい生き物がいるという。

 コラリーは心配げに、何度も無理しないでください。と言っていたが、アルベルティーヌは楽しみで仕方がなかった。


「まあ、まあ、まああああっ!」

「恐ろしくはないのですか?」

「え、何がでしょうか?」


 アルベルティーヌは初めて見るその獣の姿に、子供のように歓喜した。

 目の前にいるのは、北部の騎士にしか乗れないといわれている、ドラゴンたちだ。

 肌が黒曜石のようにつやつやと光り、バサリと羽を一振りすると冷たい風が通り過ぎる。アルベルティーヌの頭ほどの瞳は金色で、キロリ、とこちらを見据えた。


「かっこいいですね! 初めて見ました。なんて素敵なのでしょう!」

 都にはいないドラゴンは国境を守るために使われる。鳴き声も大きく体も大きいので都で扱うのは難しく、その上このドラゴンは暑さに弱かった。

 そのため、ドラゴンが住めるのは北部だけに限られ、操る者も北部にしかいない。


 初めて見るドラゴンは圧巻だ。アルベルティーヌはつい喜びに声を出してしまうと、クロヴィスが困ったような顔をしてきた。


(はしゃぎすぎてしまったでしょうか。けれど、初めて見るのですから、はしゃいでしまいます!)


「ドラゴンを使って、国境を監視するのが騎士たちの役目です。隣国から侵入はありませんが、魔獣が入り込むことがあるので、威嚇のため空でドラゴンを鳴かせたりします」

「乗って飛べば、強い風を受けるのでしょうね。乗られる方も筋力のいる大変な仕事ですね」

「そうなんです。上空は冷えた空気が針のように痛く、飛ばされないように股でしっかりドラゴンの背を押さえなければなりません。馬に乗るよりも技術が必要なのです」

「まあ。では、ドラゴンに乗られる騎士の方々は精鋭なのですね」

「そうなんです!」


 クロヴィスが大きな口で笑顔を見せた。体が大きいため黙っていると強面だが、笑うと何だか可愛らしい。

 しかし、クロヴィスははたと気付いたようにすぐに口を閉じて、ぷいっ、とよそを向いてしまった。

 つい気を許してしまったと言わんばかりだ。そこがなおさら可愛らしくて、アルベルティーヌは笑いそうになってしまった。


 笑いを堪えていると、ドラゴンがゆっくりこちらに近付いてくる。ドラゴンは首輪をしていたが、皆野放しだ。手綱もついているが誰も乗っていない。案外大人しい生き物なのかもしれない。

 その一匹がアルベルティーヌの顔にその頭を寄せてようとしてきた。クロヴィスがそれに気付いた瞬間、ぶはああっ、とドラゴンが鼻息を飛ばしてきた。


「アルベルティーヌ様!」

 クロヴィスの急な大声で、ドラゴンがびくりとして一歩下がった。ずしん、と地面が揺れたが、アルベルティーヌは顔を綻ばせる。


「あの、触ってもよろしいでしょうか!?」

「えっ。ええ。え、大丈夫ですか!?」

「大丈夫です。こんな近くでお顔を見られるとは思いませんでした! ドラゴンさん、お顔を触らせていただけないでしょうか」


 ドラゴンは言っていることが分かるのか、首を傾げながらゆっくりと頭を近付けてくれる。今度は鼻息を出さないようにしてくれた。


「はああっ、大人しくていい子ちゃんですね! 肌は冷たくて硬い。こんなに肌が硬いなんて。体重もあるでしょうに、どうやって宙に浮くのでしょうか。不思議です」

 そう唸っていると、クロヴィスがぽかんとしていた。何か変なことをしただろうかと、アルベルティーヌも首を傾げる。


「ドラゴンに鼻息をかけられて、恐れない女性は初めて見ましたので……」

「あら、そうでしたか? まあ、大きいですものね。鼻息だけで飛ばされてしまいそうです。ですがわたくし、足腰強いものですから、これくらいで飛ばされたりしませんよ!」

 言いながらガッツポーズを決めてみたが、クロヴィスが口を開けて呆れたように見るので、すぐにそれをやめる。


(いけません。興奮しすぎて令嬢にあるまじき姿を見せてしまったでしょうか。クロヴィス様に嫌がられてしまいます)


 そそと、身を整えて落ち着きを見せたつもりだったが、クロヴィスや周囲にいたダニエルと騎士たちは皆呆れ顔をしていた。





(わたくし、大人しいご令嬢たちと違って、興味深いことには理性が飛んでしまうのですけれど、バレてしまいましたでしょうか?)


 フローラン王子に、その姿をクロヴィスに見せると良い。と言われていたのだが、誤魔化してもすぐにバレるので、さっさとバレておけということだったのかもしれない。

 追い出されるならば早いうちが良い。そんなフローラン王子の声が聞こえてくるようだ。


 お墨付きはもらっても、選ぶのはクロヴィス。粗相をすれば嫌がられるに違いない。

 失敗しただろうか。いや、その内気付かれることだ。

 アルベルティーヌは既にやらかしたことを後悔する必要はないと、気にしないことにした。もうやってしまったのだからどうにもならない。


(それにしても、クロヴィス様は強面のお顔ですけれど、心優しい方ですね。突っぱねようとしながらも、心配してくださるところがまた可愛らしいです)


 アルベルティーヌがドラゴンを見て恐れると思っていたに違いない。しかし全く動じることがなかった。

 それでわざとドラゴンを近寄らせたのだろう。誰がドラゴンを促したのか分からなかったが、クロヴィスはドラゴンが鼻息を飛ばそうとするのを止めようとしていた。クロヴィスは脅すつもりはなかったに違いない。


 残念ながらアルベルティーヌはその程度で驚く繊細さを持ち合わせていなかった。

 令嬢が嫌がることを行い、これが北部の普通なのだと知らしめたとしても、アルベルティーヌが恐れを抱くことはなかった。


 最初のうちに全てを教えておけば、あとで恨み言を口にされることもないのだから、わざと行っているのだろう。 

 早く追い出さなければ長い冬がやってきて、当分都に戻ることができなくなる。既に雪が降り始めていた。追い出すなら今しかないのだろう。


(当然の対応です。良いところを見せても住み続ければいつかは気付かれること。先に知らせそれが嫌で早めに婚約を破棄してくれる方が、クロヴィス様も安心できるはずですからね)


 アルベルティーヌはこの婚約に嫌悪はない。むしろ北部について興味深いことが多かった。それと、男性と結婚することについて希望がなかったこともある。

 フローラン王子とベアトリスお姉様が勧めてくれたのだから、悪いことはないだろうと安易な考えを持っていたりもした。


 しかし、それが間違いだったのかと、アルベルティーヌはその時に大きく後悔したのだ。

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