幼なじみ
*このお話はフィクションです。
「幼なじみ」
里美は怒っているようだった。
「最近さぁ、大輔のフェイスブックで友達になった、なんて子だっけ?ほらほらあれあれ、ひとみって子?なんか、親しげじゃね~」
これは、確実に怒っている。
「だって、あたしが割り込んでも、めっちゃシカトするし。てか、大輔もスルーするよね?」
「そんなことないよ」そう答えるのが、精一杯だ。
川岸の公園の、せんだんの樹の下のベンチで、土曜日の日の、傾いて沈没寸前の夕陽が、わびしく僕らを照らす。
親子連れが、寒いなか、子供だけが楽しげに騒いでいる。
里美とは保育園からの同級生で、何度か同じクラスにもなったことがある。
僕は、別段、意識してなかったけれど、里美の方は、まるで熟年夫婦の妻のように、何かにつけては僕の、世話を焼く。
保育園の時だった。
なぜにか僕は、モテていたようで、取り巻きは女の子が多かったけれど、その仕切りを里美がやっていた。
アイドルの握手会でのマネージャーのように、
「はい、そこっ、立ち止まらないで~」と、列を流していた。
中学生の時のこと。
昼休み。外は雨。みんなが教室で暇をもて余してるときに、里美が僕の前の席に座る。
「ねぇ、あたしに隠し事があるでしょ?」
いつだって、確定事項な言い方だ。
「な、なんだよ」ドモる僕も、情けない。
「ホントにないの?」
「ないよ」
すると、里美がウルウルと、瞳を潤ませて、
「だったらいい」と、僕の机にうつ伏してしまう。
周りから一斉に、疑惑の視線の集中砲火だ。
「なんで泣くんだよ?」と、訊けば、
「となりのクラスの保奈美って子が、大輔と夕べ、電話で話したって言ってるって言ってた」と、ことさら、早口で滑舌よく話す。
周りは、スクープを欲しがる週刊紙の記者のように聞き耳をたてて、頷いている。
「し、知らないよ。誰だい、保奈美って」
僕が、相変わらずドモると、バネ仕掛けの人形さながらに、弾かれたように頭を、上げる。
ドモっちゃいけない。
「あたし、大輔の携帯見たのっ。そしたら、『下薗工務店』って入ってた。それって、『下薗保奈美』ってことじゃないの?」
怒りながら、ぽろぽろと、涙を溢す里美を見ていたら、なんて器用なやつなんだろうと思ってしまい、同時に、可愛いなぁと気持ちがほだされたものだからつい、
「あっちとは別れるよ」と、言ってしまった。
正面から、グーで、殴られた。
そして、今。再び窮地に立たされている。
「あの子とは、たまたま『さだまさし』が好きで話があっただけだよ。その話しかしてないし」僕は、携帯を見られてることを警戒しつつ言葉を、選ぶ。
「それに、あっちは北海道じゃん。ここは、どこ?」
「鹿児島・・・」下唇をつきだすように答える、里美。
「会えないでしょ?」
「会えなくても、嫌なの」珍しく、ストレートだった。こんなにストレートな里美は珍しい。
いつだって、母親気取りだったのに、今日の里美は、小さく見える。
こんな時、なぜだか可愛く見えて、優しくしたくなる。
女はずるい。
「大輔が、保育園の時、自分のうんこを掴んで投げてたこと、彼女にメールしてもいい?」
突然の衝撃発言に、僕は、
「な、なんでそんなことするのかな?」と、またもやドモってしまう。
「だって、それでも、大輔のことが好きなら、そのままでしょ?」
言ってる意味がわからないけれど、要は、そんな幼年期を送ってきても、あなたは、この男と友達でいられますか?ということか。
「あたしは、ずっとずっとずっと、大輔を見てきたわ。大輔一筋なの。風邪をひきやすくて、ひく前には必ず青っ鼻を出すことも、本番前には緊張して、トイレに籠ることとか、嘘をつくとき、ドモるとか」
全て、正解です。
「女の子に甘くて誰にでも優しくて頼まれると断れなくて・・・」
まだ、続くのかなと思ったとき、里美は、立ち上がった。
僕も、立ち上がって、向き合う。
「保育園の運動会のあと、お母さんが居なくなって、あたし泣いてたわ。電話を掛けに行ってただけなんだけど。
立ちん棒で泣いてるあたしの前に、大輔がやって来て、小さな両手でお皿を作って言うの。
『たくさん泣いていいよ。僕がサトちゃんの哀しみを全部、すくってあげる』って」
言ったような、言わないような。
「今思うと、ドラマの受け売りなんだろうけど、凄く嬉しかった。あの時、決めたんだ」
僕は 思わず、唾を飲み込む。
「大輔が、どんな大人になっても、あたしがそばにいるんだって」
僕は、その場ですぐに携帯を出して、カクカクシカジカで、さようならと、ひとみにメールした。
後ろめたいことなど、何もなかったけれど、そうすることが、里美の気持ちに報いる、唯一の手段だと思ったんだ。
「ありがとう」里美は、僕の胸に飛び込んできた。
抱きしめる、僕。
何年か後、結婚することになるんだけれど、ふと、気付いたことがある。
「これって、いわゆる、洗脳ってやつか」
おわり