95.ありがとう。◆
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その日は何とも朝から爽やかに晴れていて、風が気持ちよかった。
山の上のここからだとよく景色が見えて川や森が美しく広がっている。
この景色も今日で最後だ。
その景色を見納めし、洞窟の入り口で待つエイミの元に近寄る。
伏せをしていたエイミが体を起こして座わり、私に顔を寄せると頭をぐりぐりと押し付けた。
「エイミ。楽しかった?」
「ああ、楽しかった。もっと遊んでいたかったが、約束だ。きちんと果たそう。
″———”の前世の特徴があれば教えてくれ。」
そう言われて私は″———”の顔の特徴や髪の色や目の色を話した。他の特徴もなるべく本人がわかる様、細かく。
エイミは聞いた後、頭をぐっと空に伸ばして目を閉じた。
「しばし、待て。」
そう言うとエイミから白く薄い魔法が波紋の様に広がる。
それは瞬く間に川を越え、森を超え、山を越えた。エイミの白い体とその白い魔法はエイミを神々しく見せた。
ふと目を開けるエイミは私を見て微笑んだ。
体から魔法の光が消えると翼を大きく広げながら話す。
「良かった。
特徴を聞いていたし、名前も分かったから見つかったぞ。意外と近かったな。
メルニア王国のベルナレイル王都にそいつはいる。」
エイミの言葉に心臓が跳ね上がった。
嬉しさで涙が出そうだ。″———”が存在して、しかも同じ王国にいる。
安堵と緊張が同時に来て体が震えた。
「エイミ!ここから王都ってどのくらいだろう…!?私の足なら1週間はかかるかな…。」
「ロティの足なら10日か、それ以上だろうな。」
「なら!急がなくちゃ!いなくなったら、また…」
「待て待て、ロティの足ならだ。我の足なら?特別に我が送り届けてやる。特別だぞ。」
「え!?いいの!?エイミ!!ありがとう!」
「その代わり、少しばかりロティの血をくれ。そしてその血と共に願ってはくれぬか?我の安寧でも…。」
「そんな事でいいならいくらでも。
鱗の横ちょっと借りるね。」
私は指先をエイミの鱗の横に少しだけ当てた。当てるだけでもすっぱりと切れた指先から血が滴る。
その指先の血をエイミに向けるとべろっと舌を出した為、その下に血を落とした。
(エイミがこの先穏やかに、無事に過ごせますように。
出来るなら楽しく過ごせます様に。)
そう願って血を落とす。血が舌に滲むとギザギザの舌が少しだけ赤くなった。
舌を戻すエイミは満足そうな顔をして私に言う。
「さあ、我の背中に乗るのだ。」
エイミに促されいつものように背中に乗る。
背中は鱗は横がぶつかっても傷がつきにくいが、私はいつも皮を敷いて座っていた。
最後も同じように座ると、エイミは大きな翼を広げて大空に飛び立った。
空を飛んでいるときは魔法を使ってくれているからか、風は微風程度にしか感じないし、会話もできる。
後から分かった事だが、エイミは口から話しているのではなく念話で私に話しかけているらしい。
だから空を飛んでいるときにも会話は可能だ。
なので私はエイミに話しかけた。
「エイミ、実はさっき思い出したんだけど、私の誕生日この半年の間に過ぎてて私1つ歳とったんだよ。」
「なんだと!?もっと早く思い出せばいいものを!祝ってやるのに…。」
「これがお祝いでいいくらいだよ。それくらい嬉しいの…。漸く″———”に会える…。」
「…それは…良かった…。」
「ごめんね。エイミは私が居なくなって寂しいのに…。」
「いや、いいんだ。楽しい時間だった。ありがとう。ロティ、そろそろ王都に着くが王都に直接は降り立つ事が出来ぬ。
近くの森の中に降り立つがそれで構わぬか?」
「うん!勿論!」
私が返事をするとより一層スピードを上げてエイミは空を切り裂くように進んだ。
◇◆◇
言われた通り、森の中に降ろしてくれたエイミ。
先程降りる時に王都とその周りを囲う城壁が見えて、私の心臓は早鐘を打ちっぱなしだ。
欲しいものが手に入る前の子供のような心情とも似ている。
エイミが自分の体を森の中に隠すように縮こまるが、大きな体はやはり隠れ切れなくて辛そうだ。
私はエイミに最後の挨拶をする為エイミの顔を見た。鼻の奥がツンとして、泣きそうなのを堪えて微笑んでお礼を言った。
「エイミ…本当にありがとう。またいつか会おうね。」
「ああ…此方こそ楽しかったぞ、ロティ。
無事に会えるといいな。あやつはまだ王都にいるから安心するといい。今の″———”の特徴を教えようか?」
「っっ!!ううん、ここからは大丈夫!きっとわかると思うから…。ありがとう。」
「それならば良い。さて、別れが辛くなる。
我は行くとしよう。さらばだ、ロティ。」
そう言うとエイミは翼を広げて地面を蹴り、一瞬にして空に舞い上がった。
エイミは寂しそうな顔をしながらも最後は私から目を逸らしそのまま空に消えていった。
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