94.過ぎればあっという間。◆
◆◆◆
今日の外は雲行きが怪しく、湿度も高い。
一雨来そうだと考えているとエイミは顔を強張らせ唸る様に言った。
「嫌な予感がするな…。どうも空気が悪い…。」
「一緒に少し空でも飛ぶ?雨が来るかもだから濡れちゃうかもしれないけど。」
「ロティはここに居ろ。我は少し様子を見てくる。」
そう言うと寝床の洞窟からのそのそと出ると翼を広げて飛んでいってしまった。
それから1日経ってもエイミは帰ってこなかった。心配になりずっと起きて洞窟の入り口でロープを被り私は外を睨む様に見ている。
雨がしとしとと降り続く中、しょぼついて辛い目を何度も擦ってエイミの帰りを待った。
それから数時間後。
ふと雨が止み、雲の間から太陽光が差し込んだ。徹夜の目に太陽が染みて目を閉じた。
暖かい光と温度でそのまま寝てしまうかと思ったくらいだ。
目を閉じたまま顔を顰めているとふいに声がした。
「くっくっ、顔が凄いぞ。ロティ。眩しかったのか。」
聞き覚えのある声にすぐに開眼した。
そこには傷だらけのエイミが太陽を背に私の前に居た。
「エイミ!!!
…な…なんで…どうしてそんなことに!?」
鱗が所々剥がれ、血も出ている。
顔にも爪痕なのかくっきりと傷が残っていた。
エイミはきょとんとした顔で私を見て言う。
「ん?黒竜と軽く空の上で戦ったのだ。
あやつは手加減などせぬからな。
お陰で此方も傷ついてしまったな。3日も有れば治るだろう。
黒竜の方は尾も翼の半分も角も鱗もだいぶ剥ぎ取ってやったから暫くはこれまい。」
にんまり顔で得意げに話すエイミに私は声を荒げた。
「3日と言わず早く治すよ!寝床に来て!」
「お、おお。そんなに焦らずとも…。」
「早く!!!」
大目玉のエイミは驚き顔のまま寝床に急ぎ足で向かって腰を下ろした。
きちんと見ても痛々しいその姿。
エイミの鱗に触れて眉を下げて私は口を開く。
「どうしてこうなったの…。」
「言ったろう?何かあれば我はこの王国を守るのだ。黒竜の奴は自分のいるべき土地があるのだが、鬱憤が溜まると我の所に当たりに来る。
こちらの土地は穏やかで心地が良いからな。
あわよくばもぎ取ろうとしているのだ。
だからこうしてたまに追い返すのだよ。」
エイミの表情は穏やかで口調も尖ったものではない。エイミにとっては普通の事なのだろう。
「そうなんだ…。死んじゃったりしたら…。」
「我は中々死なん。世界が終わる時までどんなに傷付こうとも生き永らえ、終末を見守るのだ。」
「そう…。とりあえずこの傷は治すね。」
手のひらに魔法を集中させてエイミに回復魔法を流した。
ぱっくり開いた傷口も、顔の爪痕も、鱗までも全て綺麗に治る様に祈りながら。
目に見える傷がじわじわと治っていく。
エイミの体に魔力を流そうとしても流れなくなるのを感じて、魔法を止めた。
少しだけ離れエイミの体を見ると綺麗に傷は治っていた。
「さすがだな…。ありがとう、ロティ。」
「どう致しまして。」
下がったままの眉で返すと、エイミは顔を寄せて口を開き、大きな舌で私の顔をべろりと舐め上げた。その舌はギザギザしてて少し痛かった。
◇◆◇
「残り1週間もない…。半年は早すぎる!」
「エイミの尺度ではね、人間の尺度じゃそこそこ長い方だよ。いっぱい遊んだじゃない?」
「まだオークの群れの追いかけっこはしてないだろう。」
「それはいいよ…。オークの群れは危ないもん…。」
「我がいるから大丈夫なのに。なら今日は鱗を拭いてほしい。」
「はいはい。わかったよ。」
「明日は空の散歩に行こう。明後日は湖に魔物を狩りに行って、その次の日は果物狩りでもしよう。その次の日はまた鱗を拭いてくれ。そしたら…約束の日だろう。」
「予定が沢山だね。全部いいよ。じゃあ今から鱗拭こうね。」
「ああ。」
エイミの声が寂しそうだ。いつからここに居るのかはわからないが、やっぱり1人でいるのは寂しいのだろうか。
鱗を拭いている間、邪魔にならないようにエイミは私の体に顔を擦り寄せていた。
空の散歩にも湖で魔物狩りも果物狩りもいつもと同じ様に2人で楽しんだ。
空の散歩は私を乗せてかなりの上空を飛ぶ。
地上の人から見ても鳥かなんかが飛んでいるのかと勘違いする程度には高いからいつも少し怖い。
だけどエイミは一度も私を落とす事もなく、ゆったりと空を舞ってくれて気持ちがいい。
たまにすれ違うハーピーはエイミを見た瞬間慌てて逃げていく。
エイミとの魔物狩りはエイミの一方的なものだ。
弱い魔物なら睨むだけで気を失い、立ち向かい魔物には僅かな魔法で倒してしまう。
その倒した魔物を私が一手間掛けて料理をして食べることがエイミにとっては楽しみなのだ。
私にとってはかなり体力を使うが、それも意外と楽しくてエイミが喜んで食べる姿が嬉しかった。
果物狩りは主に私の役目だ。
エイミは大きすぎて木ごと薙ぎ倒してしまう。
それでは木が勿体無いからと、果物がある場所まで連れて行って貰い私が果物を捥いでいく。
私にとってはかなり多く集めたつもりでもエイミにとっては一口だ。
私も食べつつ果物を集めてエイミの口に放る。
果物は好きみたいだがすぐに無くなってしまうからと自重しているところが可愛い。
湖の魔物に至ってはエイミを見た途端に湖の奥底に隠れたため、エイミが湖に潜って引っ張り出してきていた。
ずぶ濡れになったエイミはまるで子供の様に笑って犬の様に体を震わせ体の水分を飛ばしていた。
その為に私がずぶ濡れになる計算はしていなかったみたいで、慌てて謝られた。
明日は約束の日。
言われた通り、最後の鱗拭きだ。
半年もやってれば慣れてしまい手に傷をつけることももうほぼない。
顔から順に拭いていき、角を拭いていると
エイミが話しかけてきた。
「ロティ。
寂しいが、ここに居た事は秘密にしてくれ。」
「え?どうして?」
「誰でもここに来て良いわけではないのだ。
基本王族か勇者達しかこの場所まで入れない。
だからこそ、口外して欲しくないのだ。
もし仮にまた来てくれるなら1人か、我の知る者なら同行しても良い。だから、頼む。」
「そうなんだ…。少し寂しいけど…仕方ないね…。来るとしても勇者さん達とは知り合いでもないし、1人かな。」
「お主なら歓迎しよう。ロティの鱗拭きは歴代1位だ。本当に昔からうまいもんだ。」
「ふふ、昔って半年前で昔なの?意外と昔が早いんだね。」
「……そうだな。」
そう言ってまた私に擦り寄るエイミ。
もはやドラゴンとは思えないその様子は別れを惜しむ友達のようだった。
◆◆◆