89.私にとっては1番重要な事。◆
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産まれたてからはっきりと意識があるのは辛かった。
お腹が空いたとも寒いとも言えず、泣かなければ気付いてもらえない。
体は自由に動かないし、視界はかなりぼやけて見えたもんじゃない。
唯一耳だけはきちんと聴こえていたものの、聞く内容は心地の良いものではなかった。
「どうしてこの子だけこんなに違うの…。」
自分の姿も満足に見えないし話せもしないから答えようもないが、それが分かったのはもう少し後だった。
今世の私の父と母は私の事を良く思ってないみたいだ。
それもそのはずだ。
目が見えるようになってきた頃になり漸く自分の姿を見る事が出来る様になってからそれに気付いた。
父と母の髪や目の色が私とは全く異なった色で、更には顔だってどちらにも全く似てないのだ。兄と姉が居たが、その2人は父と母に似ていて血縁の家族だと見てすぐわかる。
私の姿は前世の頃の容姿を小さくしただけのものだと気付くのにそう時間はかからなかった。
更に名前もロティとしてくれたみたいだが、話を聞いていたら違う名前を用意していたのに気付いたらロティと呼んでいたと頭を抱えたような母の声が聞こえていた。
あまりにも不思議で不気味な私に家族は戸惑い最低限の接触しかなかったのはある意味チャンスだった。
歩ける様になると近所を1人で歩いて人を探しに行けた。
″———”が近くにいるかも知れないと期待を寄せて、よちよちと歩いた。
だがそうも上手くはいかなかった。
近所を歩くと人に心配され、体をひょいと持ち上げられては家に帰された。
その度にこの小さい体に大きな両親の怒鳴り声はよく響いた。
もう少し大きくなってからまた挑戦しようと時間が過ぎるのをひたすら待った。
3歳になると近所を歩いてもあまり不振に思われなくなり、町中を歩いて人を見て回った。
頑張って探したものの、此処には″———”は居ないのだと思い知らされた。
4歳にもなると隣村まで歩いて1人で出かけた。両親は私の事を基本放置だったのである程度自由だったし、夕方までに帰ればどうにかはなっていた。
放置と言っても必ず食事だけは与えてくれたのには感謝している。
だが隣町までは遠く、行くのに1日、探索に2日、帰るのに1日もかかってしまった。
きちんと食糧は持って行った為、倒れはしなかったが帰った時には雷が落ちたかと思うほど怒られて、6日は家から出されなかった。
どうやら放置とはいえ世間体があるようだ。
もう少し体力とスピードが必要なのかと暇さえあれば体力作りに励んだ。
近所の子は私を変な子供だと思いあまり近づかれなかった。
ヨイという男の子だけは見かける度に声を掛けてくれた。
「ロティはなんでそんなことしてるの?
みんなへんっていってるよ。」
「必要な事だからだよ。体力がないと困るんだよ。今からやっておかないと…!」
腕立て伏せをしながら私はヨイの質問に答えると、ヨイは興味なさげにふーん、と言って消えてしまった。
今から体力を付けておかないと″———”を探しに行けない。そう思うといくらでも体を動かす事が出来た。
5歳になって、また行動を開始した。
慎重に、1日で行って帰ってこれる村や町に行き人の探索を行っては帰るという日々を過ごした。
たまに夜遅くや次の日に帰るとゲンコツと共に1週間は家から出るなと言われ大人しく従ったりした。
兄も姉も私の事を不審に思って目も合わせない。別にそれでも良かった。
早く″———”に会いたい一心だった。
誰も私の心を知らないように、
私も両親の心を知ろうとしていなかった。
母は私と目を合わせると苦い顔をし、クドクドと文句を言ってくる。
父は目すら合わずに言葉も交わさない。
母がたまに私を打っても父はそれを止めようともしなかった。
決して泣かない私に母の苛立ちは何故か更に積もるだけ。
母は段々と怒りから発狂するようになってしまった。
6歳半ばだっただろうか。それは訪れた。
◇◆◇
バシッッ
乾いた音が空間に響いた。
叩かれた頬がジンジンと痛いし熱くなる。
目の前の母は息を荒げて顔を赤くし怪物のような形相で睨み此方を見ていた。
「そんっっなに外に行きたいなら出て行くといい!!!もう帰ってくるな!!!あんたは死んだ扱いにしておく!!!」
怒鳴った末に母は何処かに消えていった。
頬を摩ると熱を持っていて、きっと赤く手の跡がついているのには間違いないだろう。
大きく荒い足音を響かせて母は戻ってきた。どさりと私の足元に投げ置かれたのは飲み物とパンやら干し肉やらが入ったバックだ。
「それ持ってとっとと出ていきな。」
「…母さん。」
「っっ誰があんたの母さんだ!?私にもマーロンにも似てない子が!!どこの血が!!どうやって入ったのかもわからないあんたが!!!あああ嫌だ嫌だ嫌だ!!」
「…。」
マーロンは父の事だ。
確かに私はどちらにも似てない事だろう。
この姿は前世の幼い頃の姿そのままなのだ。
私にとっては不思議で終わるが、両親にとっては違う。
少しでも似ているなら希望は持てた事だろうが、かけらすら似ていない私は、妖精の取り替え子でもされたような感じなのだろう。
6年間両親と2人の兄と姉と過ごしたが誰からも愛されなかった。
でもそれで良かった。
私には目的がある。早くここを出なければ。
足元の荷物を拾い背中に背負った。
6歳の体にこの荷物は重く、足元がふらつく。
だけど最後くらいはきちんと挨拶しよう。
「今までありがとうございました。さようなら。」
「早くいけ…何処へでも…!嫌だ嫌だ嫌だ…。」
ああなった母は私には止められない。
本当なら兄姉や父にも挨拶くらいはしたかったが仕方がないだろう。
私は玄関扉を開けて外に出た。
夕方の村は子供が家に走って帰るのがよくある光景で、今まさに顔見知りの子が急いでいる様子が目に映る。
相手は私と目を合わせるのが嫌なのか私を見ては顔を赤くし、目を逸らして走る速度を早めていた。
そんな様子を見つめながら考える。
この村や近くの村、川を越した少し遠い町も探索した。
ここから先はもっと遠くをしらみ潰しして行かなきゃならない。
「ロティ!どおしたんだ?なにやってるんだよ?」
「あ、ヨイ。ん?私?私はー…えへへ。」
後ろから唐突に声を掛けられて驚きながら話す。幼馴染のヨイだ。
男の子だがよく気にかけてくれる1つ歳上の子。
ヨイは首を傾げて話す。
「まさかまたべつの村とか町に行く気?
何年かけてなにしてるんだよ。また怒られるぞ?それにもう夜になる。今日はやめとけよ。」
「えへへ。そーだね、姉さん迎えに行くだけだよ。」
「そっか。珍しいな?むしろ初めてじゃないのか?まあいいか。気をつけろよ。」
「うん、ありがとう。ヨイ。」
さようなら、もう会う事はないけれど。
とは言えなかった。
私を通り過ぎて行くヨイの後ろ姿を見守る。
彼はきっといい人になるだろう。
行末は見守れないし、この先も知る事はない。
ヨイが見えなくなると私は足早に人に会わないように村から出た。
(6年で家を出れたのはある意味好都合。
これで遠くまで探しに行ける!)
この近辺はもう探し終わった。何百人しか会えていないが″———”はいなかった。
「会えるまで…私は諦めないで探す。」
独り言の決意を胸に私は薄暗くなる中、村を背に歩いて行った。
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