77.羨ましいですよ。
「それで…少し遅れてしまったのですね。」
「はい、すみません…。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。お気になさらず。」
サイラスに事情を伝えると優しく微笑んで許してくれた。
結局はルークに片手を触れていれば涙は出ない為、ルークの腕の所を掴んだまま食事や着替えをなんとかした。
ルークに後ろを向いたままの着替えはかなり大変だった。
いつもよりも支度に時間がかかってしまい、特訓の時間に少し遅れてしまったという訳だ。
今は恥ずかしかったから横抱きは辞めて貰い、手を繋いだままだ。
サイラスは顎に手を当てて考える仕草を取りつつ話す。
「ですが、ある意味好都合ですね。
本来ならゼラさんにロティさんの感情を揺さぶる役をして貰おうと思いましたが、ルークさんが離れるだけで感情が不安定になるようならそれを抑えて感情制御しましょう。
制御出来ればその状態も治りますよ。」
「え!本当ですか!?」
「ええ。感情制御を覚えると、もし魔力暴走を起きそうな時に使えばそれも止められますから。」
「早急に覚えます!」
サイラスが女神に見える。
この状態のままではさすがに大変過ぎて日常生活が送れない。
喜ぶ私とは裏腹にルークは少しばかり不服そうだ。
「なので、ルークさんは離れて下さいね。」
「…わかった。余りにも辛そうなら…」
「それを乗り越えるのが特訓ですから、ルーク団長はあちらにどうぞ。」
サイラスとゼラに押し切られルークは私の手を名残惜しそうに離した。
途端に涙が溢れ、体が震え出す。
気分も一気に落ち込んでいく。
「ロテ」
「はいはい、あちらにどうぞーーーっ。」
ゼラがルークを押してアレックスの方に向かわせた。
何度も此方をチラチラと見ているようだが、涙で良く見えない。
温かなサイラスの両手が私の両手を取り、手を繋ぐ。
落ち着いた口調でサイラスは話す。
「ロティさん、今の自分の状態を知る事が大切です。
何故ルークさんと離れてしまうと涙が出るのか、体が震えるのか、少し考えましょうか。涙は流していいですよ。」
「は…い……。」
(ルークと離れて涙が出るのは…まだ思い出せていないあの前世の夢の記憶が不安で悲しいんだ。
ルークが私を覚えていなかったからあんなに取り乱した…。
ルークを信じていた分、忘れた事実を認めたくなかった。
ルークと一緒に生きたかった…、だから
貴方が私を忘れる事が許せなかった…。)
そう思うと体の震えが止まり涙も出てはいるもののかなり少なくなった。
サイラスはその様子をじっと見て更に続ける。
「ロティさんの感情制御はルークさんの事を心の歯止めにするようにして下さい。
悲しくても怒りに塗れようとも、ルークさんを思い出して。ロティさんにとってルークさんは絶対裏切る事のない存在です。
今はルークさんはどんな事をしても死なないです。ロティさんが来るのをずっと、ずっと待っていました。
ロティさんが居なくなったらルークさんが悲しむ事を心に刻んで下さい。
それで自分の感情に魔法をかけて…。」
優しいサイラスの表情。
言葉は私の胸にすとんと溶け込んだ。
私はルークを信じる。
そう思い自分に魔法を掛けた。
緑の光が私を一瞬包むと涙は止まり、どん底に落ちた気分が晴れやかになった。
「治った…?」
「やはり素晴らしいですね。感情制御すら一度で出来るとは。」
「余程ルーク団長への思入れが強いようですね…。」
「ルークの事を信じる、と思って魔法を掛けたら出来ました…。今までだって信じていない訳じゃなかったのですが…。」
「心に刻む事が大切なんです。
言葉に出して確認するのは大切な事なんですよ。
ロティさんはルークさんを歯止めにすれば感情制御も出来そうだとは思っていましたが、大当たりでしたね。」
「普通の感情制御なら怒りなら悲しみ、苦しみなら喜びの感情をぶつけて相殺するように魔法を掛けるんですが、どうやらロティさんはルーク団長の事だけで制御になるようで…お熱いですね。
最初から入る隙等なかったですね。
先程のあんなルーク団長見た事ないですし。」
ゼラが若干呆れたように笑うと私は居た堪れなくなった。
今日初でまともに見るゼラの顔は何か吹っ切れたようなさっぱりした顔をしていた。
ゼラが自分のハンカチを取り出して私の頬にあった涙を拭ってくれる。
サイラスに聞こえない小さな声で私にぽつりとゼラは言った。
「渡さないも何も、最初から此方すら見ていませんでしたよ。本当、ずっと前から貴女しか見てないんですから。」