76.と、止まって…。
◆◆◆
嘘だ…。嫌だ…。お願い…。冗談だと言って…。
なんでその人の事を否定しないの…?
笑って、ごめんね、早く来ないから待ちくたびれたとか、僕もロティに会いたかったとか。
どうして言ってくれないの…?
私をそんな目で見ないで……。嫌…嫌。
″———”から離れてよ…。
どうして…どうして…どうして…どうして。
何故忘れてしまったの…?
何故覚えていないの…?
″———”は言ってじゃない…。
あの時言ってくれたのは嘘だったの?
嫌…嫌…嫌…。
やっと見つけたのに。
やっと会えたのに。
大好きな″———”がこんなにも近くて遠い…。
手を伸ばせば触れる事が出来る…。
それなのに触れる貴方は″———”じゃない。
私の″———”に触らないで…。
◆◆◆
「っっっはあ!!はあっ、はぁっ…はぁ…。」
大量の汗とまるで首を絞められたかのような息苦しさで目が覚めた。息は苦しいが、出来ているし誰かがいて首を絞めた訳でもなさそうだ。
私の隣に寝ているルークは私と反対の方向を向いて寝息を立てている。
顔に手をやると目の辺りが水を溢したかのように涙で濡れていた。
(前世を…少しだけ見た…。というより私の感情が……。)
黒くて冷たくて苦しい感情が暴れ回るかのように、爆発したように溢れた。
今も涙が無意識に溢れてくるし、心臓の鼓動は早いまま。冷や汗も止まらないで体は震えている。
こんなままではルークに心配を掛けるだろうと私はベッドを抜け出して浴室に駆け込んだ。
◇◇◇
明るい浴室と暖かいシャワーで僅かに安心感を得られたのだがだけど体の震えと涙が止まらない。
体を縮こめて自分に回復魔法をかけたが止まることはなかった。
止まらない涙で服が濡れてしまうのを防ぐためにタオルを拝借して浴室を出た。バタバタと音が聞こえ首を傾げて玄関ホールの方へ向かう。
玄関ホールに着くと2階から足音が聞こえたと思ったらルークが慌ただしく起きてきた。
「ロティ!いないからどこに行ったのかと屋敷中探して…、どうしたんだ!?」
「ルーク…。」
ルークの顔を見た瞬間にまた涙腺が壊れた。
悲しい感情ではないのにボロボロと涙が出てくる。
ルークは慌てて階段をすっ飛ばして魔法で私の元へと来た。
「何かあったのか!?前世を見たのか…!?大丈夫か…?」
ルークの顔が一気に悲しそうで不安そうな表情になる。
ルークから見れば私はただ静かに大泣きして震えているようにしか見えないだろう。
涙が止まらなくて視界不良。
歩くのをやめるとカタカタと震えて体が揺れるし、心中はどん底に落とされたかのような気分だ。
何も話せない私にルークは酷く落ち込んでしまっているような顔になる。
(どうしよう…。うまく話せない…。)
混乱している体をなんとか落ち着かせたいのにどうも出来ない。
「ロティ、とりあえずもう一度ベッドにっ…。」
そう言ってルークが私を横に抱き抱えた。
「あれ?止まった?」
涙と体の震えが嘘のように止まり、するんと言葉が出てきた。ルークは訳が分からないようで眉が下がったまま固まっている。
さっきまでどうやっても涙が止まらなかったのになぜなのだろう。もしかすると…。
「ルーク、一度降ろして?」
「だが…。」
「一回、降ろして。」
半ば無理矢理降ろしてもらいルークから離れる。
するとまた涙がドバッと溢れ、体がカタカタと震え始めた。
すかさずルークの手を掴むとそれらはすぐに落ち着いた。
「ルーク…私壊れたみたい…。」
「………とりあえず抱えさせてくれ。」
ルークに捕まっていないと涙が出て震えるだなんて異常状態だとしか言えないだろう。だがルークも何かを察したようで泣き止んだ私をそっと抱き上げてくれた為素直に従いルークに身を任せた。
寝室に戻ろうとするルークを止め、食事をする部屋のソファに座らせてもらう。
ルークに触れていれば大丈夫みたいなので隣に座って手を繋いで貰えればよかったのだが私以上に心配そうなルークにその頼みは受け入れて貰えなかった。
朝から何故か膝の上に横抱きのまま座らされている。正気に戻った私にとって朝から大刺激だが致し方ない。
「起きたらロティはいないし、ロティが居たところは妙に濡れているし、屋敷中探し回って見つけたと思ったら震えて泣いていたから心臓が飛び出すかと思った…。」
「あ!!ごめんね。シーツ濡れていたよね…。」
「そんな事気にしなくていい…。」
「あのね…前世の夢って程、夢を見た訳じゃないんだけど…。でもその夢を見た時はなんか私の感情が爆発したって感じで感情が溢れちゃって無意識に涙が出ていて…。」
「感情が…爆発…。」
「うん。負の感情というか…。怒りと悲しみのどん底というかいうか…。起きた時はもっとはっきりわかったんだけど、今はなんとも…。
涙と汗と震えが止まらなくてシャワーを浴びたの。
それでも止まらなくて、ルークに触れていたら止まるみたい…。
私壊れたのかな。」
ルークは下げていた眉を上げ眉間に皺を寄せながら少し考えている様子だ。少しの沈黙の後ゆっくりと口を開いた。
「感情が…爆発と言っていたな。それは魔力暴走を起こした時の記憶だと思う。」
「ルークに…呪いをかけた時の…?」
「そうだ…。すまない…。」
謝るとルークの眉間の皺がみるみる消え、また眉が下がり悲しそうな顔をしている。
私は首を横に振るとルークを抱きしめた。
「ルークが悪い訳じゃないでしょ?
だから謝らないで…。前世を思い出したいんだから一度は通らないといけない道だよ。
ルークは大変だと思うけど、私が普通に戻るまで手だけでも繋いでくれると嬉しいな。
このままだったら涙止まらなくて干からびそうだし…。」
「俺としてはロティに触れているのは嬉しいから…。
手と言わずどうせならこのままでいい。」
ルークと手を繋ぐのは慣れたけど、正直抱きしめられるのはまだ軽く緊張するし、抱き抱えられるのは恥ずかしい。
キスに関しても軽いものなら1.2回なら自分からでも出来る。しかしそれ以上となると心拍数が一気に上がってしまう。
余りこの状態が長引くと私の心臓が先にバテそうだ。
私はルークから離れ、ルークの顔を見た。
真面目な顔をしているが少しの顔の緩みが隠せず表に出ている。私がくっついているのがそんなに嬉しいのかと思ってしまう。
「ルーク…私強心臓じゃないからさ。ずっとこのままだと心臓に良くないと思う…。」
「嫌なのか?」
「嫌じゃないけど…こう…心臓がぎゅーってなって痛いんだよ…。」
「可愛いな…。」
そう言うとすぐにルークは私の口を塞ぐ。
短く軽いキスを連発され、そのリップ音に私は顔に熱が篭り力が抜けそうになってしまった。