71.勘違いは怖い。
「じゃあまずはワタシの恋話でも聞きな。
それでもって、この事を覚えていられるようにやつの名前は伏せるよ。
やつの事を名前にすると覚えていられないらしいからね。
奴のことはジンと仮の名前を付けておこうかね。
ワタシがここに保護してもらったのは魔女の血を狙う輩がいたせいなのはルークに聞いたかね。」
「うん、聞いたよ。」
「ならいい。ここに来て10年になるが、10年間ただここで一人で暇をしていた訳じゃない。
たまにルークも来ていたし、王都は比較的に安全だからワタシはたまに街の方まで遊びに行っていたのさ。
特にルークが来なかった5年間はね。
なんせ暇だったから。
それはいいとして4年前に1人で酒場で飲んでる時にメソメソと泣く男が入ってきたんだよ。
そりゃまあ涙の大洪水で誰も声なんてかけられる雰囲気でもなかったんだが、ワタシはそれをぶち破って声を掛けちまってね。
その時に瞳をのぞいて見た記憶が、その男が恋人と別れて泣いているもんだとわかってワタシは慰めてやったのさ。
その日からたまに酒場に行くとそいつがいてワタシとよく飲むようになったのさ。
勿論魔女と言う身分は隠してた。
そこから何度も会うようになると男がワタシに告白してきてね。
顔もまあそれなりにタイプだったし、付き合うことにしたのさ。
ある時飲み終えた後部屋に行かないかと誘われたが、断ったんだ。
【ワタシは神に誓ってからじゃないと許すことは出来ない】とね。
その次に会った時には指輪と共にプロポーズされたよ。
受けてもいいと思って、早々に教会に行った。
そこで不思議な事が起こった。」
苦い顔をしながらスザンヌは紅茶を飲んで一息つく。そのまま紅茶のカップを両手で持ったまま更に話を続けた。
「ワタシと男が神に祈ると、ふと声が聞こえたのさ。
目を開けたらそこは真っ白い空間にいた。
辺りを見回すと男はいなくて代わりに1人のロープを着た女が立っていた。ロープなのにベールまで被ってるもんだから顔なんて見えなかったが。
その女がジンだ。
ジンはワタシに問うてきた。
【その男と結ばれるなら魔女の名を返してもらうけどいい?】
と。
どう言うことか分からず聞いたさ。
そしたらジンはこう言った。
【魔女が結ばれる時には私に名を返すようになっているの。
結ばれたのなら長命は消える。
魔力は今世のみ貸していてあげる。来世はまた何になるかはお楽しみ。
魔女だった記憶もないし、魔力もない。真っさらになって貰うから安心してね。
本当にその男で良いなら結ばれるといいわ。
まだ魔女として生きたいなら純潔を貫いて。】
と言われた。
どう言うことか聞いたのにまた訳がわからなくなりそうだったさ。
そしたら…
【貴女、あの子の知り合いなのね。あの子は特別。今は長命でも、魔女でもないのだけれど魂が魔女の器のままだから、早く幸せになって貰わなくちゃ。スザンヌ…、私の事を話したいのなら名前は伏せて。記憶の魔女だからこそ貴女は覚えていられるけど、あの子は覚えていられないから。
貴女はどうする?結ぶ?貫く?
どちらでも、貴女の幸せな方を、選びなさい。】
そうジンが言い終わると目が覚めたような気分だった。
祈ったまま夢を見せられているようだった。
男に聞いた時には普通に祈ってるようにしか見えなかったって言っていたしね。
それで男に聞いたさ。ワタシは記憶の魔女であんたと結ばれると魔女ではなくなるけどいいかと。
そしたらなんて言ったと思う!?
【ぼ、僕にはその責任を負うのは重すぎる…。ごめん!】
だー!!
それで男は逃げやがったんだよ!
苛立ったからワタシに関する記憶全て消してやったけどね!!
あり得ないだろう!?」
長い話の後、怒りを露わにするスザンヌを置いてけぼりにして私は冷や汗をかいていた。
ルークをチラ見すると顔色を悪くさせていた。
私達の撃沈した様子にスザンヌは怒るのを辞めてパウンドケーキを食べながら言う。
「これはワタシの推測だから絶対じゃないよ。
ロティは魔女ではないが、生まれ変わりをしているんじゃないのかね。
魔女なら冬眠のように生まれ変わりするのに対して、ロティきちんと死を迎えて生まれ変わる。
魔女ではないものの魔女の器のままだということで、魂もそれを覚えているから名前も姿もそのままなんだろう。
例え生まれ変わっても魂に刻まれたそれはロティが結ばれるまでは変わらないのかもしれない。
結ばれた後は生まれ変われないんだろう。
記憶に関しては魔女が生まれ変わりをする時は今まであった記憶は引き継がれるからそのせいなんじゃないのかい。
ルークに何度も聞かれて分からない事は考察したさ。
それでロティが今記憶がない分の足しにならんかね。」
ルークは顔色を悪くさせたまま怯えたように声を出した。
「思った、以上の…収穫だ…。」
「それなら良かった。あんた知りたかったんだろう?ロティの事。これですっきりしたんじゃないのかい。」
スザンヌに言われたもののすっきりした表情では全くない。寧ろなにかを吐き出しそうな顔だ。
その顔のままルークはすっと椅子から立ち上がった。
「すまない…少し1人になりたい。外に出る…。」
「ルーク…。」
「大丈夫だ。ここからは離れないから。」
そう言うとルークは紅茶にもお菓子にも手をつけないまま玄関扉から外に出ていってしまった。
僅かに不安になったが、スザンヌがいてくれるためその不安を掻き消す。
スザンヌは紅茶を一気に飲み干して玄関扉を見ながら言う。
「本当大丈夫かね。」
「わからない…。スザンヌ…つまりは前世で結ばれていたら、今の私はいなかったって事だよね…。」
「ああ、そうなるね。
ワタシは本能的に神に誓いを立ててからじゃないと結びをしてはならないと思っていたが、いつの間にか仕組まれたことだったのかもしれないね。
だからこそ、ロティが下手に手を出されなくて良かったと思ったさ。
ロティだって誓いを立てる意思があったんだろう?」
「うん…。なぜか誓いを立てないといけないと思っていたから…。何故かも考えたことなかったのに…。でも私…勘違いしてた…。いつまでも覚えていられるもんだと思ってた…。」
前世の私だってそう思っていたからルークに来世も覚えていると言ってしまっていた。
もし誓いを立てずに結ばれていたら私は約束を破ることになっていたし、今もルークは帰らない私をいつまでも待つ事になっていただろう。
そう思うと体が恐怖でぞくっと震えた。
そんな私を見兼ねてスザンヌは私の頭を撫でながら話す。
「ジンと誓いの時に会うのは後悔しないように、と言う措置なんじゃないのかね。
ワタシもまたロティに会えて嬉しいよ…。
グニーに殺されたのは癪だがね。」
「私もジンに会えるかな…。」
「誓いを立てる時には会えると思うけど、思うだからね。ロティは魔女ではないが、ただジンはロティの事を特別だと言っていたからね。
あれはもしかするとロティが魅了の魔女だった時に何かしらジンと接触があったんじゃないのかね。」
「うううっ覚えてないっっ!!」
スザンヌに言われてジンを思い浮かべるが全くわからない。
名前すらジンという仮名だし、第一に私は前世すら思い出し中なのだ。
わかるはずもない。
「魅了の魔女の時どうやって死んでしまったのかもわからないもんだからねぇ。誓いを立てる時に会えたら聞くがいいさ。会えなかったら仕方なし。」
「そうする…。ルーク…大丈夫かな…。」
スザンヌと話をしていてもルークの気配が一向にない。本当に外にいるのだろうかと気になる。
スザンヌはすっと席を立ちつつ話す。
「今頃色んな葛藤を抱えているんだろうさ。ルークは人より長い時間生きてるし、不老不死の呪いを抱えているんだ。
人の道を踏み外す選択をしなきゃ大丈夫さ。呼んでおいで。ワタシはお茶を入れ直すよ。」
「ありがとう。スザンヌ。」
外に出ると少し離れた木の根本に膝を立てて座っていた。
前世の思い出がふと頭を過ぎる。
ただルークは俯いてはいたものの顔を伏せてはいなかった。
近づく私に気付き、不安そうな表情をしている。
「ルーク、大丈夫?」
「余り大丈夫とも言い難い…。」
「何を考えているの?」
「…。」
私から目線をふと外すルーク。
話す気がないのか、話したくないのかわからないが無理矢理聞き出す事はしたくない。
私はルークから2.3歩後ろに引いて距離を取る。
「言いたくないならいいよ、無理には。ごめんね、なんか…私変で…。」
「ロティが悪い訳じゃない…!だけど悪い…少し混乱はしている。」
ルークが自身の額に手を当てる。
無理もないだろう。ただでさえ訳がわからない私なのに、更にややこしくなった気がする。
神様は私になんか恨みでもあるのだろうかと疑ってしまう。
午後の温かな日差しの中には似合わない空気。
微風が私の髪とルークの髪を撫でる。
ルークの苦しそうな様子を直視できずに足元に目をやって言う。
「私も…。ジンに聞きたいことがあるから誓いを立てる時に会えたらいいな…。」
「…ああ。」
額から手を退けたルークは無表情に変わっていた。
心を掴まれたかのように苦しくて痛い。
ルークに目線を合わすことができないまま質問した。
「…ルーク、私の事嫌いになった…?」
「何故そんな事聞くんだ?」
無表情から眉を顰め怒ったような声色で私に視線がぶつけられる。
予想外の反応に私はたじろぎ答えた。
「…だって私…訳わからなすぎるもの。…普通じゃないを遥かに通り越して尋常じゃな」
話の途中で立ち上がったルークは、私の顔を半ば強制的に自分自身の方に向かせて、そのまま口を塞がれてしまった。
暫くして唇からそっと離れていくルーク。目を開けると額をコツンと当てられた。
「嫌いになるわけがないのだから…それは言わないでくれ…。
言っただろう。俺はロティを愛してる。
ロティが思ってるよりも…きっともっともっと重いと思う。それこそ尋常じゃない…。
嫌いになるか…?」
自嘲するように笑うルークはどこか泣いているようにも見えた。
私はルークの頬を両手で包んで言う。
「ならないよ…。私も言ったよ…。ごめんね、離してあげられなくてって。もう離してあげられない程愛してるんだよ…。」
私からキスをするのは2回目。
ルークから貰うよりも短いし、深くもないけど想いが伝わるようにと願いを込めた。
ルークから離れるとぶつけていた額も包んでいた手も頬から離れた。優しい表情になったルークからは不安の影は見えなくなった気がする。
「本当、ロティは俺の欲しいものばかりくれる…。だからロティがもっと欲しくて堪らなくなるのに。」
「待つって言ってる割には本当に我慢はしないね…ルーク…。
明日から5日間頑張って、それからスザンヌに記憶を思い出させてもらうね。
ここ2日間、前世を思い出させていないから私だって早く思い出したい。」
ルークは次夢を見る時は傷付けると思うと言っていた。だけど、きっと目覚めてももう涙は流さないだろう。流しても、今度は縋ってもいいと安心すら出来る。
「ちょっとーあんたら流石に長すぎだろう。紅茶がいつまでも入れられないじゃないか。」
スザンヌが気不味そうに玄関扉から半分だけ顔を出して私達に声を掛けてくれた。
「今行くね!行こう、ルーク。」
「ああ。」
私はルークの手を取りまたスザンヌの家の中へと戻った。