62.ドレスで走るべからず。
とりあえず魔力制御ができる様になるのは早めの方がいいと言う事で、明後日から5日間この闘技場で教えてもらう事になった。
明後日なのはもしかしたらスザンヌに明日会えるかもしれない、と希望を残したがため。
一応予定を空けておく。
それと私の魔力については陛下とハインツのみ伝えておきたいとサイラスが言うので了承した。
ルークは顔をずっと曇らせ口数も少なくサイラス達の話の前から私と目が合わなくて、その様子に不安が募る。
サイラスが沈黙の魔法を解くと闘技場から歓声が聞こえた。どうやらアレックスとエドガーが対人をしているようで盛り上がっている様子だった。
サイラスが私とルークに振り返り優しい表情で話す。
「ルークさんとロティさんはまだやる事があるのですよね?
長くなってしまいましたから、アレックスさん達には伝えますので今日はこのまま行ってください。
ルークさんはまた明後日いらした時にアレックスさんと遊んで下さいね。」
「ああ、ありがとうサイラス。ではそうする。行こう、ロティ。」
「え、あ、うん。サイラス、明後日からよろしくお願いします。では、また!」
ルークが珍しく先に行ってしまって、私は後を追うように進みながらサイラス達に別れの言葉を伝えると3人は手を振って見送ってくれた。
「はい、楽しみにしてますね、また。」
「俺達も待ってるっすー!」
「お待ちしています。」
最後に頭を下げて、先に進むルークを追いかけた。
◇◇◇
怒っているのか何を考えているのかわからないルークの後を取り残されないように必死に追いかける。
いつもは手を繋いでいたからこんなにルークが早く歩くのを知らなかった。
声を掛けたいのにドレスと格闘しながら早足で歩いているため余裕がない。
見知らぬ廊下を慣れた様に進むルーク。
もし置いていかれたら私は確実に迷子になる。
慣れない靴とスカートで精一杯足を動かしてはいるが、気を抜けば転ぶか、ルークを見失うかのどちらかの未来は見えている。
どんどん遠くなるルークに少し走ってでも追い付こうと走ろうとした瞬間だった。
足とスカートがもつれてしまった。
(あっ!!終わった!!!)
怪我はどうにでもなるが、顔面から転べば化粧が崩れてしまう。綺麗にしてもらった化粧をなんとか守ろうと手を前に出して受け身を取った。
「………あれ?」
地面に倒れる衝撃に備えていたのに私は手を前に出したまま止まっていた。
ルークが魔法をかけてくれたのかと思い、前を見たがルークの姿はない。
「お嬢様、大丈夫ですか?咄嗟に助けてしまいましたが。」
背後からの声にびくっと驚く。
振り返ると黒髪の背の高い男性が私のお腹に手を回してくれていた。
思わずすぐに体勢を立て直す。
「す、すみませんっ!ありがとうございます!」
きちんと立ち、助けてくれた人に向き直り頭を下げる。
頭を上げるとその人は灰色の瞳でじっと私を見ていた。
「…近くで見るとより一層美しさが増したのがわかる…。やはり正解だったな…。」
整った顔に怪しげな笑みが浮かんでいた。
訳がわからずぞっとしたが、ここは王宮だし、助けてくれた手前怪しい人物じゃないと願いたい。
格好だって無駄な皺一つない綺麗な服で、貴族が着るような服装だと思う。
だがそもそも貴族の服装がどんなものかわからない。
服装やバッチなどから判断できる人もいるだろうが、私にはこの人がどんな人なのかも想像し難い。
「あ、あの、どこかで会いました…?」
焦りながらも私はその人に尋ねると、男性は口元に手を当てくすっと笑って綺麗な笑みを見せながら答えた。
「お気になさらず。気をつけて歩いて下さいね。美しい顔が傷付いたら大変ですから。では、また。」
私からスッと離れ私が来た方の廊下を急足で男性は歩き去っていった。
「…またはないと思うけど。まあいっか。なんともなかったし。」
大きめの独り言を残して私はルークがとっくに行ってしまった後を追いかけた。
◇◇◇
「本当にすまない!」
「…もういいよ、別に。」
あれから迷いに迷って知らない近衛兵に声を掛けたらお茶でもどうかとかどこの貴族の方なのかと聞かれまくった。認識魔法があるのについつい王宮だからと解除して話してしまったのは失敗だったと気づいても後の祭り。
私の名前を出しても伝わらない為、ルークの名前を出そうかと思ったらルークが探しに来たのだ。
近衛兵に静かにキレそうになっていた為、頭を下げてルークの腕を引き、そそくさと退散した。
元はと言えばルークが置いていってしまったのと、私がついていけなかったのが問題なのだから近衛兵に怒る事もないだろう。
そう伝えると曇った顔が更に曇る。
更には転びそうになった時に知らない黒髪の人に助けてもらった事を言うとルークに雷でも落ちたのかの如くショックを受けて私に謝り倒している。
話を聞かないルークを放置し、転びそうになった時にもつれたスカートを見る。
なんとも無さそうでよかったが、足に違和感を感じた。
迷子になって歩きまくったせいか靴ズレを起こしそうになっているみたいだ。
「《回復》」
自分に回復魔法かけると足が王宮に来る前くらいの調子に戻った。
「ロティ、どこか痛かったのか…?」
すかさずルークが顔色を悪くして私に聞いてきた。
さすがにその顔色はまずいかもと思い軽く笑ってルークに言う。
「足がちょっとね。でももう大丈、ひあ!」
「今日はもう歩くのをやめておいてくれ…。」
「ルーク!大丈夫だから降ろして!」
「…。」
また風魔法を使われたと思ったらそのままルークの元に引き寄せられ横抱きをされてしまった。
暴れて降ろしてもらうかも考えたが、ルークの落ち込んだ顔と下がりっぱなしの眉を見るとどうも暴れ辛く、大人しくしていようと思ってしまった。
様子がおかしいルークが気にかかる。
「ルーク…。どうしたの…?ずっと何か考えているみたい。」
そうルークに問いかけるとルークは歩くのを辞めてぴたりと足を止めた。
その顔はとても辛そうだった。
目線を伏せながらルークはゆっくりと口を開く。
「…ロティに、どこまで聞いていいのか分からなかった。
ずっと、ずっと前からロティについての疑念があった。
ロティが前前世を覚えていた事も…。変わらないその姿も。
普通ならあり得ないのに何故ロティは前世を覚えていたのか、と何度も追及したかった。
だが、聞くのが怖くて聞けなかった。
嫌われたくなかった。
色々な可能性を考えたが、明確な答えが判らない。
いくら考えても不安ばかり募る…。
ロティからの答えが聞きたい…。
愛している人を知りたいのは強欲なのだろうか…?」
悲しそうに言うルークの表情に心が酷く痛んだ。
私はルークに甘えていたのだと痛感した。
深く追及されない事をいい事に、自分から話すのが不安でルークには察して欲しくて。
そんな事、無理なのに。
ルークをこれ以上不安にさせたくない。
だが、私が前前前世で魅了の魔女だったと言って嫌われないのだろうか。
自分も魅了されたのではないかと思われないのだろうか。
(嫌われるのは私じゃないの…?)
握りしめた手に力が入る。
真実を伝えるのが怖い。
だけど、愛していると言ってくれているルークを信じたい。
怖さよりもルークを想う気持ちの方が私は断然強い。
私を見つめてくれているルークを見つめ返し、頬を撫でる。私の手に擦り寄るルークが愛おしい。
ルークに事実を伝えては駄目なのかスザンヌに聞いてみよう。
私はルークにはきちんと話したい。
100年以上も待たせたのだから。
「スザンヌに少しだけ…相談させて…。」
ルークに伝えるとルークは目を細めて静かに微笑んだ。