60.ものがあり過ぎると忘れているものもある。
「ルーク!」
「!!」
私が近づき声を掛けると肩をびくつかせてルークは振り返った。微妙に気不味そうな顔をしているのは咄嗟に私に呼ばれ、私の存在を忘れていた事を気にしているみたいに見えた。
私が口を膨らませながら近寄るとルークは慌てて言う。
「ロ、ロティすまない。つい昔の感覚で説教を…。」
「それよりも!ルークが怪我してないか見せて!もう!」
私はルークの目の前にきてルークを隈なく見る。
顔や手や服、至る所を見たが服に汚れもなければ怪我などなくホッと一安心してルークに声を掛けた。
「対人…お疲れ様…。あんまり怒らないでね?」
「…ああ、ありがとう。ロティは怒ってないのか…?」
「何に?」
「ロティを放って、説教していたことに…。」
「放っておくのはいいんだけど、戦った後だしルークが心配なんだよ…。どこも怪我してないようで良かった。」
「っ!ロティッ!」
ルークに手を伸ばされ抱きしめられそうになったのを全力でその腕を掴み阻止した。ルークには見えないのか、見る気がないのか、先程からまた注目の的になっている。
闘技場に降りたのは私とサイラスだけで、他の人は観客席から興味津々の目を此方に向けているのだ。それはチェドも同じ様で土下座の体制のまま頭だけ上を向き、器用にこちらを見ながら言う。
「ロティさん、ほんとルーク団長とずっと一緒にいて下さいっす。説教がいつもの10分の1で済んだっす…感謝っ!」
「これで10分の1!!?」
「終わらせた気はないのだが…。」
これで10分の1ならルーク的にはまだ終わらない感じだろうが、先程からゼラもずっと唸って可哀想だしなんとかしてあげたい。
ルークが魔法を放った時【悪夢】といっていたのだ。
きっと嫌な夢でも見て魘されているのだろう。
「ルーク…ゼラさんの魔法解いてあげないの…?」
「ゼラに掛けた魔法は俺が解く気はない。悪夢に魘されて唸ってはいるが、手加減なしでいいのか聞いた上で手加減した結果だ。文句はないだろう。」
「うっ……ぅうああっ…ひぃ、ぐっ!!」
目を閉じながら胸を押さえたゼラが唸る。かなり顔色が悪いし、汗も凄い。このままいつまでも悪夢を見るのも辛そうだ。
なんとか助けたいと願う私はルークにおずおずと尋ねてみた。
「どうやって解けるの…?」
「ここにいる魔導師じゃ解けないだろう。
俺の魔法よりも強い覚醒魔法か、解術じゃないと解けはしない。後は自力だな。」
解術は前世なら使えたはずなのに、と悔しくなる。
私がお願いすればどうにか解いて貰えるのだろうかと考えているとサイラスが私の手を握ってきた。
「ロティさん、ゼラに回復魔法を掛けてくれませんか?」
「え?回復?」
「ええ、もし、よかったら。」
「は、はい大丈夫です。《回復》」
サイラスと共に横になるゼラの所へ行き、立ったまま回復魔法を掛けた。覚醒魔法も解術も使えないが、体くらいは回復してあげてほしいと言う事なんだろうか。
緑の光がゼラを包むとゼラの顔色が一気に変わった。唸りは消え呼吸は落ち着き顔色はルークと戦う前より良く見える。
唸りが消えて僅かに安心した私が顔をあげるとそれを見ていたルークとチェドが目を見開いて驚いていた。その顔に再び不安になった私はサイラスを見るとサイラスは更に追加でゼラに魔法を掛けようと杖を構えている。
「《覚醒》」
サイラスの魔法が横になっているゼラに降り注ぐと、ゼラの瞼がぴくりと動いて眉間に皺を寄せながらゆっくりと目を開けていった。
「…ん、ここは…。」
「凄いっ!起きた!!サイラス凄いです!」
ルークがここにいる魔導師じゃ解けないと言っていたのにゼラは頭を押さえながらも起きている。横になっていた上半身を起こして自分の置かれた状況をなんとか思い出そうとしている様子だ。
ルークの言っていた事は脅しだったのかとルークをチラ見するとルークは考え込む様に顎に手を当て難しい顔をしていた。それにサイラスも同様に真剣な表情だ。
「サイラス…。」
ルークがサイラスを見つめ名前を呼ぶが、サイラスはルークの瞳をじっと見つめ返すだけで返事をしなかった。ルークも何かを悟ったのか追求もしない。
何故か重くなってしまった雰囲気にたじろいでいるとゼラが大きく深呼吸していた。数回息を整えるとしっかりとルークを見つめて口を開いた。
「…、ルーク団長…申し訳ありませんでした。」
頭を押さえたままだがゼラがルークに話すと、ルークは顔を顰めてゼラを見た。
「何が申し訳ないんだ?
実力を把握していないことがか?それとも悪魔を呼んだことをか?そしてそれを従える事が出来なかったからか?」
「はい…そうです…。
最近魔導師団の中では負けなしでしたので調子に乗りました…。でも誓って言いますが、悪魔は他の魔導師達との対人の時には召喚していません。ルーク団長に私の事を見てもらいたくてとっておきとして残してましたので…。ですが…。」
「今後は一切禁ずる。もしゼラが俺に一度でも勝つ事が出来たら自分の好きな様にするといい。それまでは禁止だ。副団長も今回の件で剥奪する。一般団員からやり直せ。」
「……寛大な処罰を…ありがとうございます。」
「ロティとサイラスに礼を言うんだな。
じゃなきゃお前は1週間は悪夢に魘される予定だったんだが、この2人が解除したからな。ほんの数分で済んだだろう。」
「1週間…。それは感謝せねばなりませんね…。っ。」
ゼラは膝に手を当てながらなんとか立ち上がってみせた。
辛そうな体調の中ゼラは私に手を伸ばして眉を下げながら話す。
「先程は申し訳ありませんでした。ありがとうございます…。ロティさん。」
「い、いえ。それほどでも、回復魔法しかかけてないので…。」
ゼラからの素直な謝罪にこれは握手を返した方が良さそうだと私はゼラの手を握った。喧嘩、とまではいかないがこれでギクシャクしなくて済むのかなとゼラを見るとゼラは血の気の引いた顔をしていた。
「……っっ。」
辛そうだったゼラの表情が見る見る驚きと恐怖を顔に滲ませていく。なんか不味かったのかと思い手を離そうとしたが、しっかり握られて離すことができない。
「あ、あの?手が?」
「あ、ありえない…。サイラス様…。」
私の手を両手で逃さない様に捕まえたゼラはサイラスに怯えた様子で話し掛けた。サイラスはこくりと頷くとルークに真剣な表情で話す。
「ルークさん、お話がしたいのですが。出来れば今ここにいる人だけで。」
「………。ああ、手短になら。この後も用事があるからな…。」
ルークは了解を出したがどこか寂しそうで嫌そうな顔をしている。その顔に私も不安を煽られてしまい居心地が悪くなってしまう様だ。
そんな心を知らないサイラスはそこにいる人達に観客席をチラ見して伝える。
「では、ルークさん、ロティさん、チェドさん、ゼラさん。一度観客席の隅の方にでも行きましょう。」
落ち着いた様子のサイラスの目が私を捉えると何故か居た堪れない気持ちのまま私もこくんと首を縦に振るしかなかった。