99.続かない会話と気遣いは別。◆
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結局先程出した宝石はゼゴとルークが分け合っていた。
私としては誰にあげてもいいものであったので、ゼゴとルークが喜ぶならそれでいい。
ゼゴの計らいで早々に王都を出る事になったのは計算外だったが、今ルークをどんな顔をして見たらいいのか分からず、ずっとルークの後をついて歩いている。
先程いた場所は宿だったみたいでそこから裏道を通り王都の入り口に向かっている様だ。
付かず離れずの距離で折角会えたのに寂しくて仕方がない。
だがルークからしてみればきっと私はかなり変な人だろう。
さっきの地図にしてもそうだ。
気持ち悪がられても不思議じゃない。
しかも呪いまで掛けてしまったのだ。
ルーク自身その呪いに嫌な思いは抱いて居ないとはいえ、ありえない失態だ。
早いとこ魔力を貯めなければと気が焦った。
門衛にまた挨拶をし、ラロランの町に向け王都を出た。
ルークは冒険者だが職業はなんだろう。
私は気になり後ろからおずおずと話しかけた。
「あの、ルーク…。」
「ん?何かいいました?後ろではなく隣に来て頂けますか?話もしにくいですし。」
そう言って立ち止まったルークの隣に素早く移動した。
前世の時よりも身長が伸びていて少し見上げなければルークの顔が見れない。
じっと見つめているとルークが少し顔を赤らめながら歩き出そうとした。
「…歩きながら話しましょう。今はなんと?」
「あ、うん。あの聞きたいことがあって。」
「なんですか?」
「ルークって冒険者なんでしょう?職業は何?」
「魔導士ですよ。等級はB等級です。」
「そうなんだ、強いんだね。私はFかDだった気がする…。」
「…あまり強くはないのですね。」
「私が出来るのは呪術と解術と回復魔法だからね…。それに依頼を受けるのは探し物しかできなかったから等級が上がってないの。」
「そうなんですね。」
「うん。」
話が続かず終わってしまい、沈黙になる。
こんな調子であと4日以上過ごせるのかと胃がキリキリと悲鳴をあげそうになっていた。
王都からラロランの町へは街道があるためそれに沿って歩く。途中森や川、平原や少し奥には山も見える。
穏やかな天気と心地良い陽気はこの2人には合わないだろう。
私達を取り巻く雰囲気はかなり重い。
暫く黙ったまま道を歩いた。
◇◆◇
陽が傾き優しい色に染まる道。
ルークが私の方を見て止まった為、私もぴたりと歩を止めた。
「暗くなる前にここらで野営といきましょうか。川がありますし、そこの地面なら火も置けそうですね。
野営はしたことあり…ますよね。移動しましょうか。」
「うん。」
そう言うと川のそばの石と土が見える地面の方へとルークは歩いて行った。
私もそばに行き自分の背負っていた鞄にを下ろすと、ルークは数本離れた大きな岩の所に鞄を下ろしてその鞄の中からものを取り出そうとしていた。
「ロティ、食事はいつもどうしてましたか?」
「え?えっと…お腹がすけば鞄にあるパンとか、干し肉とか。食べ物なければ魔物を食べたりも…。最悪無くても良かったかな。」
「…無いのは困りますね。ちょっとそこら辺見てきます。荷物番をお願いしても?」
「うん、いいよ。」
「では、あまり遅くならずに戻ります。」
そう言って近くの森に消えていったルーク。
荷物を任されたのは戻ってくる意思の表れのようで僅かに安心した。
ルークを待つ間火を起こしたり、荷物が見える範囲で周辺の散策をした。
魔物はいなさそうだし。川はすぐ側で水の確保も出来た為、鍋に入れて火のそばに置き、食べれそうな野草やきのみも獲得出来、荷物の近くに取ってきたものを纏めて置いた。
1時間以上経つのにルークが戻ってこない。
もう辺りもすっかり暗くて心配になる。
「…何かあったのかな。B等級の強さってどのくらいかわからない。」
冒険者といえど、依頼を受けたのは探し物位で他の冒険者ともパーティを組んだ事のない私にとっては人の強さがわからない。
火を見つめながらぼんやりと待っていると足音が聞こえた。
森の方から1人の人影と宙に浮かぶ何かの影がこちらに近づいてきた為身構えた。
次第に近づいてくる人影をよく見ると血塗れのルークと大きな熊型の魔物だった。
「ただいま帰り」
「な!?どうしてそんなことに!?回復するから座って!!」
ルークの言葉を遮り、宙に浮かせた死んでいる魔物をルークが地面に置くとそのままルークも座った。
憔悴した様子で、色んなところがぱっくりと切り裂かれて血が出ている。
「《高回復》」
解術は使えないものの、昼間から魔法を使っていなかった分魔力が貯まっていたのか回復はなんとか出来た。
高回復魔法を使うとルークの傷は忽ち治っていった。
鞄からタオルを取り出し、鍋に入れていた水をタオルに染み込ませ、ルークに近づきタオルで血を拭った。
大人しく拭かれるルークは目を閉じて体力を回復させているのだろう。
私は無言のまま見えるところの血を綺麗に拭き取っていった。
顔から始まり首や手、最後に脹脛を拭く。
ボトムスが右の方だけ脹脛から下がなく、途中から破けてしまった様な跡がある。
首を傾げながらも綺麗に拭いた。
全て吹き終わり綺麗になったところで私はタオルを洗う為に立ち上がり川に行って、鍋に水を入れてタオルを濯いだ。
川を汚さない為、少し離れて濯いだ血を捨てたので大丈夫だろう。
川から先程の場所に戻るとルークは魔物を切り裂いていた。
私を見て申し訳なさそうに眉を下げて言う。
「…すみません。お手数を掛けました。」
「ううん、これくらいなんてことないよ。
どうしてこうなったの?」
魔物の肉を切り分け、綺麗な木にその肉を刺しながらルークは話す。
「呪いの効果を少し試してみたかったんです。」
「……。」
「やはり素晴らしいですね、後は使い方次第です。」
「ルーク…。」
火に肉を当て焼くルーク。
その顔は平然を装ってはいるが、どこか怪し気に感じた。
この魔物との戦闘で何かあったのだろう。
問いただすべきか悩んでいると、ルークは次々と肉を火で炙っていた。
「この魔物は食べれますから、ロティも食べて下さい。焼いておけば多少日持ちもするのでこれで暫くは持ちます。」
「うん…ありがとう…。」
私は問うことを止め、伏せ気味にお礼を言うに留めた。
私が今止めてもルークは話を聞かないような気もするし、冒険者が新しい能力や使える技が増えたら勿論それは楽しみで使いたいと思うのだろう。
良くも悪くもルークは死ねない。
ある程度体で痛みを覚えれば無茶はしないと思う他無かった。
◇◆◇
ボロボロで帰ってきた初日の夜と比べ、その次の日もそのまた次の日も無茶はしなかったようで1人でどこかにいった後は血を流さずに帰ってきた。
だがどこかに行ってしまうと2時間位はいないし、何故か服の一部だけまるまま無い事があった。
問われたくは無いようで私と目線を合わせることが少なかった。
必ず取ってきた魔物や動物は分けてくれるものの、僅かに貰えば足りる私と沢山食べるルークとでは食事量も差があるためかそこは気にかけて私に声を掛けてくれた。
「もっと食べていいんですよ?」
「ううん、本当にお腹いっぱいだから大丈夫。」
「…そうですか。」
お腹いっぱいと言うよりも胸がずっと苦しくて入っていかないのだ。
胃が掴まれて食欲が湧かない。
会いたかった相手が目の前にいるのに
違う別人のようだ。
だが実際はそうだ。″———”ではなくルーク・ロイヴァという人になったのだ。
前世の記憶を持っている私はおかしいのだろうか。
そんな事をもやもやと考えてしまう。
道すがら何度か魔物に出会い戦闘になったものの、ルークが倒してくれて事なきを得た。
ルークが傷付けば、私が回復をしてラロランの町を目指して早4日。
綺麗な町並みが前に進むたびにはっきり見えた。
人もちらほらといて、王都ほどではないが大きい方の町のようだ。
もうすぐ着きそうと言ったところで私はルークに尋ねた。
「ラロランに着いたらどうするの?」
「情報収集をします。そこらへんの店で適当に聞いてくるつもりですが、もし有力な情報がなかったら町のギルドにでも行こうかと思います。」
「わかった。」
そう言ってルークは町に入ると、すぐ近くにあった果物屋の露店に近寄った。
「すみません、林檎2つください。」
「お、あいよ。」
林檎を2つ買ったルーク。
果物屋のおじさんから林檎を手渡されると柔かに笑みを見せて言う。
「それと、お尋ねしたい事がありまして。
ラロランの町の近くに【記憶の魔女】が住んでいるのをご存知ですか?」
「ん?ああ、魔女か。それならこの町から南へ行ったところの森に住んでいると聞いた事があるな。詳しい話はそっちのパン屋のベック爺さんに聞いた方がいいぞ。行った事があったはずだ。」
「ありがとうございます。」
果物屋の叔父さんはにこりと笑って手を上げた。
ルークは言われた通り、右の方にある商店のパン屋に足を運んだ。
遅れないよう私もルークの後ろを着いて行く。
商店のパン屋に入ると香ばしいパンの匂いがした。
何種類ものパンを見るのが珍しくついつい魅入ってしまう。並べられているパンもあれば、ショーケースに入っているものもある。
ショーケースの前には眠そうな目をしたお爺さんが1人、私達に気付かない様子で本を読んでいた。
ルークはそのお爺さんに近づき声を掛けた。
「すみません。白パンとそこの白いクリームが入ったパンを2つづつ下さい。」
「お、こりゃすまん。全然気付かなかったよ。はいはい。待っとくれ。」
本を見ていたお爺さんは少し驚いた様子を見せながらも本を置き、ショーケースのパンを紙袋に入れた。
ルークがお金を出すとそれと紙袋を交換する。
「どうも。それとお尋ねしたい事がありまして。記憶の魔女の所に行った事があると果物屋さんから聞いたのですが、魔女が住んでいる場所を教えていただけますか?」
「ん?ああ、魔女殿か。行った事があるよ。
随分前だが、ここから南に3〜4日程歩くと着くんだが、中々わかりづらい上に周りには森しかない。目印になるものもないが、その代わり魔女殿の家の周りには誰も住んでないからその家さえ見つかればそこが魔女殿の家だよ。」
「そうですか、ありがとうございます。」
「行くなら気をつけるんだよ。」
「はい、では。」
「ありがとうございました。」
ルークと共に頭を下げて店を出た。
外に出るとすぐにルークは私を見て話しかけてきた。
「少し早いですが、お昼にしましょう。
食べたら早速出発しましょう。」
「うん。」
「では、こちらに。」
そう言ってルークは町を歩き始める。
少し歩くと広場に出た。露店があったり、子供が遊んでいたり、簡易な椅子に座って食べ物を食べながら話をしている人もいる。
空いている椅子を見つけるとそこに行き、
ルークは腰をかけた。
私も同じように隣に座ると自分の鞄に手を突っ込んだ。
「ロティ。はい、どうぞ。」
「え?」
ルークが私に先程買った林檎と白パンとクリームの入ったパン2つを手渡そうとしてきた。
訳がわからず鞄に突っ込んだまま固まってしまうとルークが首を傾げた。
「林檎とパン。林檎は嫌いですか?」
「いや…そうじゃなくてルークが買ったものだからいいよ。」
「2人で食べる為に偶数で買ったんですよ。
数日見ていてもあまり食べていないようですし、食べれるなら食べて下さい。
残したら取っておくなり、俺が食べてもいいので。」
「あ…ありがとう。お金渡すね。」
鞄に突っ込んだ手をお金が入っている所へ伸ばした。
しかし、ルークは慌てて言う。
「いらないです。だから食べれる分は食べて下さい。」
「あ…りがとう…。ご馳走様…。」
思いがけないルークの気遣いに涙が出そうになったのを鞄に入れていた手を素早く抜いて、無理矢理目を押さえて涙を引っ込めた。
もらった林檎とパンはなるべく食べるようにと齧り付いた。
量が多すぎて白パンは残してしまったが、また後で食べようと鞄の中にしまうとほんの少しだけルークが微笑んだ気がした。
早めの昼食を食べると私達はラロランの町を後にし、森が茂る方へと躊躇なく進んでいった。
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