守銭奴"偽”聖女のやり直し~偽聖女なので、追放されるまでに荒稼ぎしようと思います! 全部お金のためなのに、勘違いが止まりません~
私は偽聖女だ。
「聖女様! 嗚呼、神の御使い様……どうか我らをお導きください」
神官たちが一斉に頭を垂れた。
今日は私、聖女ポラリスの就任式……だったと思う。
私の感覚からしたら十年前、当時十歳のころの出来事だ。正直記憶は曖昧だけど、力を見出されて突然連れて来られたのは覚えている。
聖女とは、混沌の世に現れ闇を祓うという言い伝えがある、特別な力を持つ女性だ。聖なる魔法を駆使し、魔物を遠ざけ、人を癒す。
邪神が復活し世界に瘴気が蔓延するようになってから、人々はこの伝承に望みを託していた。そして今日、ついに聖女が発見された……そんな筋書きだったと思う。
「さあさあ聖女様、我らにその御力をお見せくださいませ」
「ええ、わかりました」
台車に乗せて連れて来られたのは、一匹のヤギ。よくみると足を骨折している。
私は法衣が乱れないように手を添えてしゃがみ込み、そっと折れた足に触れた。
「ヒール」
手のひらからほんのりと暖かい魔力の灯が湧き上がり、患部に吸い込まれていく。
「おお!」
観衆から感嘆の声が上がった。
それが合図かのように、目を瞬かせたヤギは元気よく立ち上がり、きょろきょろと見渡す。
癒しの力。聖女のそれには遠く及ばないけれど、私が使える特別な力だ。
これを理由に、私は聖女として認定され、これから五年近くを教会で過ごすことになる。
――本物の聖女が現れるまでは。
「なんで巻き戻ってるんだろ」
「聖女様? どうかなさいましたか?」
「いえ……農村で育った私が突然聖女と呼ばれ、困惑しているだけです」
「左様でございましたか。心配なさらなくても、生まれに関係なく、聖女様は高貴なお方でございます。それに、作法も言葉遣いも、上級貴族にも劣りませんよ」
それはそうだろう。だって私には、聖女として務め上げた五年間と、偽物の烙印を押され追放された後の五年間……計十年間の記憶がある。
時間が巻き戻ったとでも言おうか。
追放され、貧民街でボロボロになりながら貧しく暮らしていたはずの私は、気づいたら聖女となったその日の私になっていた。未来の記憶を残したまま。
そりゃあさ、あの日々に戻りたいなんて思ったこともあるよ。
聖女としての生活は優雅でやりがいもあった。一文無しで追放されるまで、何一つ不自由のない生活を送っていたのだ。
でも、本当に戻れるなんて……。どうせ戻るなら聖女になる前がよかった。農村で人並みに成長して、当たり前の生活をしてみたかった。追放された後は、私の名は罪人として流布されたから普通の生活なんて望むべくもなかったから。
自分が本物の聖女じゃないと知りながら……五年後に追放されると分かっていながらまた五年間を暮らすなんて、ひどく残酷だ。
聖女として過ごしながらもついぞ姿を見ることはなかった神様とやらは、私に何を期待しているのだろう。もう一度絶望をやり直せとでも言うのだろうか。
「明日から忙しくなりますよ。まずは教義について学んでいただきます」
希望に満ち溢れた皆の表情が、私には辛い。
『聖女を騙り、王宮に取入った罪により偽聖女ポラリスを国外追放とする』
まだ耳の奥に残る、その言葉。
私の順風満帆な人生は、その一言で脆く崩れ落ちた。
それまで友好的だった王族、媚びを売ってきた貴族、慕ってくれた民衆……彼らの冷たく失望し、あるいは怒りを滲ませる瞳を、私は忘れることはできないだろう。
ずっとおかしいと思っていたのだ。
いくら祈っても神の声など聞こえないし、聖女の奇跡は起こせない。伝説上の聖女が残した数々の偉業には遠く及ばなかった。
ただちょっとばかり治癒魔法が得意で、見た目の特徴が合致していただけの一般人。それが私だった。
「ええ、任せてください」
無理やり笑顔を作って、小首を傾げてみせる。
聖女っぽく見える仕草も、散々練習したものだ。幸い、私の容姿はまさしく民衆の思う聖女像にぴったりなようなので、こうすると信頼、あるいは心酔してもらえる。
こんな小細工なんて意味がないんだけどね。
私は所詮、本物が現れるまでの代替にすぎない。砂上の楼閣、ハリボテの城。いつか用済みとなって捨てられる運命だ。
五年後、私が追放されることは確定している。だって本物の聖女ではないんだから。
その後の人生は真っ暗だ。闇が祓われ、魔導具によって文明が大きく進歩しても、私は世界に置いてけぼりのまま。
なら逃げだす?
それも難しい。護衛という名の監視は常についているし、教会は大陸中にネットワークを持つ。十歳の身体で逃げおおせるとは思えない。
それなら、前回と同じように聖女として過ごす? いつか凋落すると知りながら、わずかな栄華の時を過ごす?
嫌だ。
もうあんな惨めな思いはしたくない。
どうせやり直すなら、そう……追放された後も普通に暮らしていきたい。
それに必要なのは……。
「お金だよね、やっぱり」
聖女の生活にお金なんていらなかったから、追放された時の私は無一文だった。
お金さえあれば、追放された後も生きていける。お金の大切さは、五年の貧乏暮らしで身に沁みた。
お金は力だ。お金は信頼だ。お金は命そのものだ。
本物の聖女が現れ闇が祓われた後は、魔導具や物流が一気に発展し、商業の時代がやってくる。武力の戦争から、経済の戦争に変わるのだ。
お金さえあれば、追放後も生きていける。
決めた。二度目の聖女人生……いや、偽聖女人生で私は、一生分のお金を稼いでみせる!
〇
お金のために『聖女』になる。
前世(?)とは違う、私の新しい生き方だ。
「目指せ、一生遊んで暮らせるお金!」
聖女らしからぬ発言だけど、与えられた部屋の中だから大丈夫!
目標が定まると、途端にヤル気が満ちあふれてきた。
一度通った道なのだ。二回目はもっと上手くやれるはず。
「それにしても、こうして見ると高そうな調度品ばかり……売ったらいったいいくらに……」
じゅるり、と思わずよだれが出る。
まずい、五年の浮浪者生活で汚い大人になってしまった! あの頃の純粋な私はどこへ!
今は世の中を知らない十歳の幼女なのだ。わー、お花きれーい!
部屋は王都にある屋敷の最上階にある。この屋敷自体、聖女である私が住むためだけに用意されたものだ。もちろん元からあった屋敷を改修しただけだけど、内装や庭、門に至るまで際限なくお金がつぎ込まれている。
住んでいるのは私と使用人、護衛だけ。
まさしく特別待遇だ。それだけ聖女が重要な存在ってことだね。私は偽物だけど。
「この刺繍売れそう! 鏡を持ちだすのはちょっと難しいかなー。わ、十歳の私、幼いけど可愛い。髪の金色も綺麗~。おおっ、高そうな燭台発見」
にひひ、ここはお宝の山だ!
まあ私の部屋とはいえ所有者は国なので、勝手に持っていって売ったらただの泥棒だ。
他の手段を考えないとね。
一番分かりやすいのは、現金を手に入れて外に隠しておくことだ。追放後は屋敷や教会には戻れないので、王都のどこかに隠す、あるいは信頼できる人に渡しておく必要がある。今のところアテはない。
宝石、貴金属などの小さくて価値のあるものを隠し持つという手もある。
本物の聖女様は心まで聖女なので(私を処刑ではなく追放にするよう嘆願してくれたくらいだ)少しの荷物くらいなら持ちだす時間もくれた気がする。なので、宝石類を貯め込んでおけばしばらく生活できる。
うんうん、いけそう!
聖女の立場なら、頑張ればお金や宝石くらい手に入ると思う!
これだけ豪華な屋敷なんだから、その辺に銅貨くらい落ちてないかなー。
「失礼します。……聖女様? 棚の下になにかございましたか?」
「うえっ!? いつからいたのっ! ……ですか?」
慌てて立ち上がって聖女スマイル。
麗しき聖女様が床に頬を付けてお金を探しているなんて、五年後を待たずに追放されちゃう。あくまで聖女を演じながらお金を集めないといけない。
いつの間にか入口に立っていた女性騎士に、慈愛の表情を向ける。
「ごほん。小さな虫がいたものですから、部屋から出して差し上げようと思っただけですよ」
「何!? 聖女様の部屋に虫が!? 緊急事態です!! わたくしめが処理いたしますので、今すぐここからお逃げを!」
彼女が叫ぶと同時に、どたどたと外から騎士たちが雪崩込んできた。
大げさ!!
「だ、大丈夫ですよ。ただの虫ですから」
「しかし、聖女様の部屋に勝手に入るなど、言語道断! たとえ虫であろうと許すわけにはまいりません」
「あなたはいいの?」
勝手に入ってきた気がするけど。
私の素朴な疑問は、そうだそうだ! とヤジを飛ばす騎士たちにかき消された。うん、みんな聖女付きの護衛騎士になれて張り切ってるんだね……。国の大事な役目だもんね。
「皆さん、命を蔑ろにしてはなりませんよ。虫だって懸命に生きているのです。我々と同じように、この大地に命を授かった仲間なのですから」
「聖女様……! なんとお優しい!」
「美しいだけでなく心までお綺麗とは……! まさしく聖女となるべく生まれてきたお方!」
嘘でした! なんて言うわけにもいかず、口から出まかせを並べる。だって虫いないし、探されても困る。
なにやら感激した様子の騎士たちは、最初に入ってきた女性騎士の合図で持ち場に戻っていった。屋敷中の騎士がいた気がするんだけど、ちゃんと警備もしてね……?
一人残った騎士が、苦笑を隠しながら立つ私の前で跪いた。
「聖女様の筆頭護衛騎士になりました、アグネス・トーリビュートでございます。この命尽きるまで、聖女様をお守りいたします」
重っっ。いや知ってるけど。
私視点だと久しぶりに会うんだけど、今回だと初対面だ。
アグネスは五年間私を守り通し……そして本物の聖女の護衛になった女性騎士だ。私に失望な目を向けながら。
〇
十歳に巻き戻ってから数日が経った。
偽物とはいえ五年間も務めた内容だ。当たり前だけど、一周目よりも上手くできる。
たとえば魔法。
「ヒール。……ふう、これで大丈夫ですよ。安静にしてくださいね」
「こんなに綺麗に治るなんて……!」
治癒魔法は使い手の少ない魔法だ。
聖女にしか使えないわけではないけれど、私の力は極めて強い。それに、前世で鍛えた技術もあるので、素人とは思えない効果を発揮する。
「さすがポラリス様!! ああ、私も治癒魔法を受けたい……。おいそこの! 私の腕を切ってくれ!」
「ダメに決まっているでしょう! あなたも、絶対にやらないでくださいね」
アグネスの狂信っぷりが怖い。
常に聖女様と呼ばれるのは気が休まらないのでポラリスと名前で呼ぶように言ったけど、一周目と同じく敬称は取れなかった。
正直、彼女にまた蔑んだ目で見られるのかと思うと、今でも怖い。
常に近くにいて、母のように、あるいは姉のように優しくしてくれた、一番信頼していた女性騎士だったのだ。あれはキツかったなぁ……。
でも、今回はまだ出会ったばかり。
だから、いつか別れが訪れると分かっていても、今は仲良くしよう。別れが辛くならないように、距離を置きながらね。
「あ、ありがとうございました!」
「あ、ちょっと……」
ああ! アグネスが変なこと言うから、怖がって逃げちゃった!
せっかくお礼に金銭を要求しようとしたのにっ。今回の私はタダ働きをしない主義なんだよ。
聖女の仕事はケガ人の治療以外にもある。
その一つは、毎朝の祈りだ。
「……唯一神タイクーン様。どうか闇をお祓いください」
全部で十五分以上ある長い祈りの言葉をすらすらと読み上げ、最後にそう締めくくった。
これを日が昇ると同時に、神への挨拶として行う。とても眠いです。
私はこれを既に暗記していて、分厚い聖典を開かなくても諳んじることができる。聖典をめくるという動作も儀式のうちなので適当なタイミングでめくっているけど、意味はない。
一段低い場所で、両膝をつき両手を胸の前で結んでいた神官たちが、期待の眼差しで私を見上げた。
「タイクーン様はこうおっしゃっています。助け合い、耐え忍べば必ず救いがもたらされる、と」
「おお……!」
本物の聖女が現れたら、一年ほどで終息するよ! だいたい六年後くらい!
神様の声なんてものは私には聞こえないので、適当にそれっぽいことを言っておく。
毎朝やるのは大変だけど、慣れればどうってことない。
「最初から祝詞をよどみなく読めるなんて……普通は数年の修行を必要とするのに」
「さすが聖女様……」
褒めるよりもお金ください。
「言葉にしづらいのですが、最初から知っていた、とでも言いましょうか。きっと聖女として不足なく活躍できるよう、唯一神タイクーン様が託してくださったのでしょう」
「なんと……!」
聖女の演技も二周目なので堂に入っている。
また、作法も完璧だ。
「紅茶はお湯の温度や蒸らす時間などで大きく味が変わりますわ。一朝一夕で身に付くものではございませんから、焦らずゆっくりと……あら? あらあら? 完璧な味ッ! 今まで飲んだ紅茶で一番美味しい……ッ!」
あなたに厳しくしごかれたからね!
作法の先生は私が魔法でずるしながら入れた紅茶を飲んで、舌鼓を打った。
「あらあらあらあら! 飲む姿も美しいですわ。作法も完璧ですわね!」
そんなに褒められると照れちゃう。
追放後は作法の先生として雇ってもらえないかな? 罪人だから無理だね。
前世の苦労はなんだったのか、聖女の生活は初日から順風満帆だった。
いや、前世の苦労があったから、だね。
一度身に着けたことは、やれば思い出すものだ。
でも、十年前のことだから何があったとかはイマイチ覚えていない。日頃のケガ人とか事件なんて、闇が降りていた暗黒の時代では日常茶飯事だ。もう少し記憶力が良かったら、いろいろお金稼ぎにも使えたかもしれないのになぁ。
目下の目標は、聖女の責務を果たしながらお金稼ぎの方法を探すことである。
〇
「お前が聖女だな!! 聖女だっていうから母上のように美しいのかと思ったら、ちんちくりんじゃないか!」
いつも通り聖女として祈ったり癒したりしていると、突然現れた男の子に指を向けられた。
なんかめっちゃ失礼! 偽物だけど、今はちゃんと聖女っぽくしてるのに。
「あら、どなたかのご子息でしょうか」
王都の中央教会は、関係者しか入れない一等区と一般の人も入れる二等区、それにケガ人の治療、入院施設のある治療院に別れている。
私が普段いるのはもちろん一等区だ。聖女の力が必要なほど大けがを負った患者がいる場合だけ、治療院の特別室(一等区と直通で警備が厚い)に移動する。
だから、そこらのお子様が入れる場所ではない……。いや、傍から見たら私と同じくらいの年齢だけどね。
「斬ります」
護衛騎士のアグネスがかちゃりと鞘を鳴らした。と思った時にはもう剣を抜いていた。
私に無礼を働いた相手には容赦ないのである。くせのあるチャーミングな赤毛以外は、足先から頭の中まで堅物なのである。
これ、悪口じゃなくて事実なので。そんなちょっとポンコツなところも良いところだと思うよ、アグネス。
「おおお、オレを斬るのか!? オレはノーツ伯爵家の長男だぞ! 偉いんだぞ!」
「ご安心を。この国、いやこの大陸において聖女様よりも地位の高い者はおりません」
さすがに言い過ぎだし、たとえそうでも斬っていいわけじゃありません。
ふーん、ノーツ家の……って、思い出した!!
この子、私が聖女やってた時にたまにちょっかい出してきてた子か! 面倒だから無視&放置してたけど、追放されるまで時折つきまとってきた気がする。そっか、最初はこんなに小さくて可愛かったんだなぁ。
でも性格は小さい頃から変わらないね。
尊大で生意気。私が苦手なタイプ。
「なっ! ふ、ふん。そんなこと言ったら父上に言いつけるからな! 父上は偉いし、お金もいっぱい持ってるんだ」
「ポラリス様。少々持ち場を離れる許可を。教会を汚すわけにはいきませんので」
「ひいっ」
アグネスの目に殺意が宿る。うわ、本気だ……。
腰を抜かした少年の襟を掴んで、肩に担いだ。
さすがに子どもを見殺しにするのは目覚めが悪い。
……ん? ていうか今、なんて言った?
「待ってください。殺すのはなしです」
「……なるほど。治癒魔法の練習台にするのですね? 不肖アグネス、死なない程度に傷を付ける方法ならば熟知しております」
頼むから護衛変えてくれない?
「アグネス。その方は私などとは比較にならないほど高貴なお方です。今後もお付き合いがあるでしょうから、丁重にお願いしますね」
意訳すると『私の金ヅルを殺すな』である。
お金持ち! つまり将来のパトロン!
しかもノーツ家と言えば、ノーツ商会という国中に支店を構える大商会の親元だ。本物の聖女が現れて平和な世になったら、王国の経済を牽引する商会の一つでもある。
この子に優しくすれば、私の元にお金が転がり込んでくるに違いない……。
お金持ち大好き! 私にはもう、この少年が硬貨にしか見えない。
「さすがポラリス様です。このような下賤の輩にもお優しいとは……」
「そ、そうだ! 分かればいいんだ! ふん、弱そうな見た目の割にはよくわかってるじゃないか」
「貴様、ポラリス様の優しさに甘えてそのような暴言……」
何言われても気にならない。お金様が私を罵倒してくれてる!
この子、単純でなんだか扱いやすそうだし、私のお金稼ぎ計画の重要なポジションについてもらおう。ああ、前世の私。なんでこんな素晴らしい金ヅルを無視していたの?
「あなた、お名前は?」
「カイネル・ノーツだ。カッコイイだろう!」
「ええ、カッコいいです。ではカネヅ……カイネル。何か儲けバナ……ではなくて、隠し財産、も関係なくて、えっと、困っていることとかございませんか? 私、あなたの力になりたいのです」
「そ、そうか? いい心がけだな! でも今はないぞ」
「そうですか……あの、何か困ったことがあったらなんでも言ってくださいね!」
「お、おう。なんか変なやつだな」
私の勢いにちょっと引き気味の金ヅル君。
仲良くしようね。
私の安泰な将来のために!
〇
「ポラリス様……なぜ今日はこのような貧民街に? 高貴なポラリス様には似つかわしくありません」
「そんなことを言ってはなりませんよ。貧民街にも困っている方は大勢いらっしゃるのですから。暗黒時代が続き、貧しい方も増えています。私が不甲斐ないばっかりに辛い思いをさせてしまっているのですから、せめてケガくらいは治してさしあげたいのです」
「失礼いたしました。己の短慮を恥じる思いです。ポラリス様の神聖さの前では貧民街も貴族街も等しく醜悪ということですね」
何この護衛、話通じない。
今日は視察と称して貧民街を訪れていた。
貧しい方にも癒しを……世の中の状況を知りたくて……とかなんとか、適当に理由をでっちあげてお偉いさんを説得した。
邪神の影響を知るというのは大切なことなので、渋々ながら許可された。
もちろん護衛はアグネスを含め十人以上いて、なかなかの大所帯だ。貧民街の中で真っ白な鎧を着た集団が歩いているのだから、目立つことこの上ない。
「皆さん、ケガを負っている方がいましたら、無償で治療いたします」
彼らに払えるとは思えないし、そもそも治療費は教会への寄付という形で査収されるので、私には入って来ない。
ならば本当に慈愛の精神でやっているのか? と問われれば、もちろん否だ。
私の目的は、教会の外に協力者を作ること。
屋敷は監視がきついので、大量の金銭を隠し通すのは難しい。なら、追放に備えて外の人に持っていてもらえばいいのだ。
それには、多少後ろ暗い人間の方がありがたい。だって、追放される時には私は大罪人だ。
相互の利益によって動く協力者を数人確保したい。お金を預けるだけでなく、教会内部にいる私と協力すればお金稼ぎもできるかもしれない。何も考えてないけどね。
「ケガしてる奴は今すぐ出てこい! なに? ケガをしていない? 安心しろ、私が腕を切り落としてやる。ポラリス様の治療を受けられる機会なんてもうないぞ!? 羨ましい……」
なんかガラ悪い人いるなー。まさかアグなんとかっていう私の筆頭護衛騎士ではないと思うけど。
ていうか、衛兵とは管轄が違うとはいえ騎士が大勢やってきたら、悪い人たちは隠れちゃうんじゃない?
まあ騎士なんて恐れない胆力の持ち主じゃないと、私の協力者にはなれないよね。
「聖女様! お願いします! うちの息子が!」
「落ち着いてください。私が必ず治しますから。息子さんはどちらに?」
「家で寝ています。数日前から熱が下がらなくて……!」
痩せこけた女性が私の前に出て懇願した。
貧民街の暮らしは大変だ。私も追放されたあと、ここではないけど貧民街で暮らしていたからよくわかる。仕事はない。食糧もない。そんな状況では、まともに生きていくことすら困難だ。
当然、まともな医療なんて受けられるはずがない。
「案内してください」
私は治癒魔法だけは得意だから、大抵の不調は治せる。私の魔法にかかれば死者すらも走り出すと評判だ。いや、死者は無理だけどね?
協力者を探すついでに、病気くらい治してあげよう。
様々な材料を継ぎはぎ作った簡素な小屋に案内された。
入口の前で、女性が立ち止まる。
「あの、狭い家ですので、聖女様おひとりで……」
「わかりました」
まあ、騎士たちまで入れるスペースはなさそうだよね。
「ポラリス様!?」
「大丈夫ですよ、アグネス。皆さんも、そこで待っていてください。何かあれば呼びますから」
「いくらポラリス様のご命令でも、それは従えません。私だけでも同行します」
「……そうですね。では、アグネスはきてください」
いくら狭いと言っても、二人くらいなら入れる。
護衛がいなければ恩を売りつつ協力者のお願いもできそうかなーと思ったけど、仕方ない。
女性に後に続いて、家の中に入る。中央には男の子が寝ていた。朽ちかけの板の上に藁を敷いて寝ているような状況で、お世辞にも環境が良いとは言えない。
「ママ……」
「よく頑張りましたね。今助けます」
「だれ?」
私はケガであれば大抵治せるけど、病気については万能とは言えない。
流行り病や毒など外的な要因のものであれば治療可能だ。しかし、栄養失調が原因の場合、一時的な回復はできてもまたすぐぶり返してしまう。
私は長年の経験でそのあたりは見破れる。
「あれ……? なにか様子が……」
「――シッ」
少年の傍らにしゃがみ込んで布団を剥ごうとした、その瞬間。
跳ね起きた少年が、ナイフを手に突撃してきた。
「ポラリス様――ッ」
アグネスの叫び声が後ろから聞こえる。でもこの距離じゃ、まず間に合わない。
私は咄嗟に両手を前に出して、身を庇った。ナイフが深々と手のひらに刺さり、激痛が走る。
「貴様!」
「アグネス、待って!」
剣を手にいきりたつアグネスを静止する。
……ふう。たしかに痛いけど、ケガなんて貧民街では日常茶飯事だったしね。ナイフを引き抜いて、自分に治癒魔法を使った。おびただしい量の血を流していたはずの傷は、まるで最初からなかったかのように塞がった。零れた血も消滅する。
「ポラリス様? どいてください。その不届き者を斬りますので」
「なぜですか?」
「なぜって……刺されたのですよ!?」
「刺されてませんよ。ほら」
手をひらひらと振って、無傷をアピールする。
詭弁なのはアグネスも分かっているけど、私の意図を掴み損ねているのか口を噤んだ。
呆然と立ち尽くす少年に、改めて向き直る。
「なっ、んで」
虚ろに言葉を漏らす彼は、腕が一本しかなかった。
まともな治療を受けられず傷が悪化し、腕が欠損するなんてことは貧民街ではよく聞く話だ。彼もその類だろう。
そんな身体では、ただでさえ稼げないこの世の中で仕事が見つかるはずがない。
唯一の望みは、悪事に身を染めること。
そのタイミングで降って湧いたように現れた金持ち……つまり私だ。大方、人質にでも取ろうと思ったのかな。
どう考えても成功の見込みはないと思うんだけど、冷静な判断をできるほどの余裕もないのだろう。だって、次いつ来るかわからないから。
「その腕、私に見せてください」
「え?」
「エクスヒール」
腕がない? それなら生やせばいいんだよ。
聖女なら……今だけは聖女の役職についている私なら、それができる。
私の魔力が浸透すると、傷口から肉が盛り上がってきた。それはゆっくりと腕の形になっていき、五秒後には指先まで綺麗に生えていた。
「奇跡だ……」
少年は呆然と呟く。
ふふふ、嬉しそうだね?
でもね、私の治療は高いんだよ。だって私は偽聖女! お金のためにしか動かない!
悪事に身を染めてしまった不幸な少年。そしてそれを助ける私。状況はお誂え向きだ。
協力者にぴったりの人材である。
私は彼ににっこりと微笑みかけた。
「私はケガをしておらず、あなたは健康な体を持つ子ども……そうですね?」
「あ、ああ。うん。えっと、すみませんでした。僕、酷いことを……」
「いいえ、私が聞きたいのはそんな言葉ではありませんよ」
「ううっ……ありがとう、ございます。僕、戦争で腕をなくして、もう人生終わりだと思ってた。これで、普通に生きていける」
違う。私が聞きたいのは、治療費は一生かけて払います! とか、僕が一生手足となって働きます! とか、そんな言葉だ。
でも、悪い気はしないね。
「ええ、そうです。しかし私は、意味もなくあなたを治したわけではありませんよ? わかりますよね」
アグネスの手前、言い訳ができるように言葉を選びながら告げた。「治してあげたんだから言うこと聞いてね?」という意味である。悪い子ならこのプレッシャーに気づいてくれるよね!
「もちろんです!」
少年は両手を握りしめて、元気よく答えた。
「僕、勉強も剣術も頑張って、騎士になります! 聖女様にもらったも同然のこの命、聖女様のために使います!」
あれー?
なんか思ってたのと違うよー?
そんな善良な道ではなくて、悪事の片棒を担いでほしいだけなんだけど?
「ああ、聖女様……こんな私たちにも道を示してくださるなんて……私はなんと愚かなことを」
お母さんも感極まって泣き出してるし。
「さすがポラリス様。たしかにこのような下賤な者でも、ポラリス様の盾くらいにはなるでしょう。この世の人間は全てポラリス様のもの。となれば、ただ殺すのではなく命が擦り切れるまで使い倒すということですね」
アグネスって貴族学校でちゃんと学問を修めているはずなのに、なんでこういう思考になるんだろう。
三者三様の言葉。しかし一様に尊敬な眼差しをしている彼らに見つめられ、私は聖女の微笑みを浮かべる。
「私は聖女ですから、全ての民を救いますよ」
どうしてこうなったぁあああ。と、内心で叫びながら。
私の金策計画は、まだまだ始まったばかり。
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