トートの黙示録《アポカリプス》
『南区画16番街より本部、32体発生。ただちに五名の派遣を要請。住民を避難させる余裕はある』
『セルエント少尉、四人を連れて至急南区画へ向かって頂戴』
『御意』
『こちら北西区画総合庁車。先の戦闘について応援の派遣、感謝。地域全住民の無事を確認』
『無事でなにより。いつでも要請を』
自走式二輪にまたがった状態でたった今、撃ち取ったばかりの生命体の破片と、飛び交う無線に相変わらずだなと思う褐色の肌の少年。
あいつらが憎い。
自分が生まれる前にはすでに地球に飛来し、祖父母をはじめ多くの人類を喰い殺した未知の生命体。ヒト以上の個体数に増殖してなお、解明されないやつらの実態。
『……――割り込みすまない。東区画15番街から南西に34マイル、B峡谷周辺に1100体ほど出現、東区画に向けて進攻中と。補給所付近で抗戦するためにトトメスの息子の派遣を緊急要請する』
指名に"よし、来た"と心の中で口笛を吹く。加速した相棒にしっかりと掴まった少年、ニールの髪がなびいた。道端では親とはぐれたのか、路頭に迷っている子供たちが数人、座り込んでいた。
それを傍目に見て、本部に戻るといつも抱きついてくる無口な妹、アオイをふと思いだしてしまった。
彼女の両親は、彼女の目の前で喰いちぎられた。血はつながっていないが、それでも、たった一人の幼馴染みとして守ってやらねばという想いしかない。
ほんの一瞬だけ年相応の少年らしい顔をしたニールだったが、すぐに数十メートル先に奇妙な形をした生命体が待ち構えているのに気づき、顔を引き締めた。
緊急減速し、担いている銃をいつも通り相手の動源に向けて照準を定める。
引き金を引くと小気味のいい音とともに生命体に弾が吸い込まれ、散っていく。一瞬にして跡形もなくなった。
捕まえようとすれば喰われるし、動源を撃てば塵となって消えてしまう。
そんな厄介な生命体相手にトトメスの息子――五歳から銃を握り、十歳にして人類を救う救世主の称号を得た少年は、ふぅと一息つきアクセルを強く踏んだ。
ニールが目的地、B峡谷に到着したとき、組織人しかいなかった。
どうやら陥落一歩手前だったらしい。
建物のわきに二輪を止めたニールを、たまたま通りがかった責任者が呼び止めた。
「よく来てくれました、トトメスの息子殿」
「いえ、こちらこそ頼ってくださり、ありがとうございます」
白髪の責任者の徽章は藤の花に大きい星が三つ。
どうやら"オーディンの弓矢"の総司令官がわざわざお出ましのようだと、ニールは心の中で渋面を作る。本部に戻って土産話を聞いたうちの司令官は、どんな顔をするだろうと思いつつも、差し出された手を握りしめる。その手からは悪意を感じられない。
「本当はアイリの近況を伺いたいところですが、奴らを屠ってからの楽しみにしましょう」
好々爺はニールの内心などお見通しだったらしい。旧北欧地域を拠点とする"オーディンの弓矢"を抜けて、旧豪州北西部を拠点とする"イシスの両翼"に所属する、酒好きの女司令官の話を肴にしようと言い出されてしまった。
面倒ごとに巻き込まれたくなく、また後でと振り切ったニールは、案内役の兵士に連れられ天幕に案内してもらうと、中にいた兵士たちに敬礼をされた。すでに全組織でトップに立つトトメスの息子となって五年。いまだに慣れないこの感覚を肌でひしひしと覚えながら、説明を受けた。どうやら本当に危険な状態だったらしい。よくここまで保てたかと、感慨深く思ってしまった。
天幕を出るとすでに日が傾きかけていたが、生命体たちの活動時間に制限はない。
段々と近づいてくる敵に対して、そのまま掃討作戦に入った。
茜色に染まる空の下に次々と奇妙な姿の生物たちが集まってきた。奴らに向けて電子銃を構え、魔力を込め、そして引き金を引く。
それを呼吸のように、意識せずに繰り返していく。
やがてヴィスサンたちがその場ではすべて消え去った。どうにかしてここを手放さずに済んだ。
「本当はハトシェプストも一緒に討ち取れればいいんだが」
天幕に戻る前、闇色に染まりつつある空を見上げながらニールは呟く。
ヴィスサンの根源はハトシェプストと呼ばれる妖女。
太古から転生を繰り返し、地球に災いをもたらすものたちを野に放った魔物。彼女も今、地球のどこかにいるはずなのだが、それを成体になった彼女が顕現するまで確かめるすべはない。しかし、そのときにはおそらくこの地球は滅ぶ。被害を少しでも食い止めるには、閉鎖的な組織同士でいがみ合っている時ではなく、全人類が協力し合って、ヴィスサンを一体でも滅ぼすしかない。
アオイのためにもと決意を新たにしたニールは天幕に入る。
挨拶のために司令官を捜したが、その姿がなかった。どうやらあの司令官はこの地が安泰ということを確認するとさっさと本営に戻ったようだった。いかにも高官らしいなと思ったが、毎回のことであり、気にすることもなく、さっさと引継ぎだけ終えて、自分も本部に戻ることにした。
長い一日だった。
ちょっとだけ星を眺めようか。そう思って自走式二輪を止めた彼は、空を見上げる。
南半球に位置するこの場所ではほ座やらしんばん座、とも座が揃って見えるが、りゅうこつ座のカノープスが、ひときわ目立って見えた。
「明日もいいことありますように、なんてらしくねえな」
さ、本部に帰ったら報告が待っていると気を引き締め直してもう一度、エンジンをかけようとした瞬間、いきなり視界が反転した。
突然すぎて理解が追い付かないニールだが、宙を舞っている感覚と口の中に入ってくる砂埃、聞こえてくる轟音で、自分が何かによって吹き飛ばされたのだとぼんやりと理解した。
多分、あと三秒後に地面と接触し、肩か、腰かを痛めることになるだろう。
まあいいか。回収してもらっていつも通り治療室に運ばれるだけだ。
もちろん、この“災害”が発見されれば、の話ではあるが。
そう判断した彼は目を閉じたが、襲ってくるはずの痛みが来なかった。
その代わり、柔らかい何かで自分は覆われている。
目を開けると、今までで一番大きい胸が目に入ってくる。見上げると、さらさらとした腰までなびく黒髪
、一度だけ見たことのある雪のような白い肌が場所に似合わず綺麗だと感じてしまった。
「なんていうところを見るのよ」
助けてくれたらしいヒトは、ニールの頬をつねった。
一見冷たく聞こえるが、柔らかい声音は自分を落ち着かせてくれる。ありがとうございますと言って、立ち上がろうとするが、そのままでいてと押し留められる。ついでに大きいお胸も押し付けられた。
「私は医療アンドロイド、第十九代アカネ・K。ずいぶん前の旧日本地域に存在したオリジナルを元にして作られているから、こんな女性の型をしているけれど、本来の性別はないわ」
そう言って、ニールの頭から腹、足まで手をかざすアカネ。何やってるんだろうと思っていると、頷いて、大丈夫そうねと微笑む。
「私はあなたの上司、アイリ・ニイヅマの招聘に応じて、本日付で本部直属の看護ユニット主任になりました。ちょうど今、向かおうと思っていたんだけれど、あなたが吹っ飛ばされるのを見て、駆け付けてあげたのよ。ほら、第一印象は重要っていうじゃない? うん、体は大丈夫そうね」
マシンガントークに、はぁと曖昧に頷いてしまったニール。
しかし、彼女が今したのが治療の行為の一環で、手をかざすだけで相手の体を見ることができるという優れモノなのだということも理解した。
ぼんやりとしていたニールだが、アカネの顔がいきなり近くあることに気づき、後退る。
「妹のために怪我をいとわない馬鹿にちょっとだけ救出料としてこれをあげる」
そうウィンクして、アカネはニールの額に口づける。何やってるんだと押しとどめようとするよりも、素早いその動きに、ニールは押し倒されてしまった。しかし、アンドロイドのキスはただのキスではなかったようで、唇が触れるとともに脳内に映像が送り込まれてきた。
蒼玉のような瞳を持つ黒髪の少女が、必死に茶髪の青年を引き留めようとしていた。青年の顔は見えないが、雰囲気からして二人は何か、どうしても離れ離れにならなければならない理由でもあるのか。
彼女の願望をそっと潰すように、そっと彼女の手を放した青年は、無言で彼女から離れていく。
この映像の持ち主は、どうにかして二人をくっつけたい。
そんな想いがその映像から伝わってくる。そして、なぜか自分のことのよう感じてしまったニール。
あれはいったい誰なのか、自分なのか、それとも別の人なのか。少女はアオイの事なのか。いつか自分たちもあんな風に別れる時が来るのか。それとも……――
ぼんやりとした頭で目の前のアカネを見ると、その顔は真っ青になっていた。寒くないはずなのに、ソレの唇が震えている。
「あなた、いったい何者なの? その記憶はオリジナルの“私”と接触のあった魂を持つ人しか正しく見ることができないはずなのに」
彼女から放たれた問いかけに、ニールも答えることができなかった。
そして、彼も思ってしまった。
自分もアカネに関わるものだというのならば、自分の正体を知りたいと。





