貌の無い殺人
企業所属のVTuberである瀬田茜は、同僚の浅黄みゆを殺害する。
諸事情により、みゆの代役を務めたこともある茜は、浅黄みゆのアバターであるミューとして配信中に襲われたと偽装する。
さらに茜のアバターであるエステルも同時刻に配信していたと見せかけ、アリバイ工作は完璧だと思われたのだが……。
私は死体の隣で配信を始める。目の前の画面で二次元の少女が揺れている。
「はろぉ。明るく輝く希望の星、アルカナ・クラスタ3期生ミューでぇす!」
死人となった同僚の声を模して喋り始める。この日の為に用意した台本、タイムテーブルは完璧だ。
息継ぎ、イントネーション、言葉の選び方。画面に映るコメントに対する反応など。今まで何度も代理でやらされてきたことの精度を上げるだけで良かった。
他愛もない話を続けながら、私はスマートフォンから自分のパソコンをリモートで操作する。液晶の小さな画面ではもう一人の私が配信を始めた。女教皇のエステルとして。
予め録画しておいたソレは、ゲーム配信の体であたかも生放送をしているように見せかける。コメントの傾向も数年間の蓄積である程度予想がついている。時々、別アカウントからコメントを行い、動画のエステルに拾わせる。
ふと目に入った2人の視聴者数の差にため息が漏れそうになる。チャンネル登録者数はかろうじて勝ってはいるが、ソレは単に年数の差だ。数年間やってきたエステルと半年足らずのミューではその勢いには雲泥の差がある。
私、エステルはアルカナ・クラスタの1期生だ。VTuberという存在がサブカルチャーとして定着する前からやってきた古参だ。地道に積み上げてきたという矜持がある。会社員を続ける傍ら、鳴かず飛ばずの時期も配信を続けた。分身である2Dアバターも有名イラストレーターというわけではないし、キャラを動かすフェイストラッキングも旧式だ。それでも、なけなしの給料を配信環境の為に費やしたし、防音の為に引っ越しも何度も行った。配信用のマイクもスタジオ機材に比べれば見劣りすれど、そこらの配信者には負けないと自負している。
だが、それでもミューの才能には勝てないとも思っている。
エステルには女教皇という設定がある。それがトークの幅を狭め、VTuberの魅力とされる中の人の面白さを抑圧してしまっている。デビュー当時はロールプレイを守る配信者が多く、今現在のように設定を破壊しつつもキャラの体面を取り繕う流れが浸透していなかった。だが今更、キャラを壊すようなことはしたくない。それが私の意地だった。
一方でミューはデビュー早々キャラ設定を投げ捨て、マイペースで気分屋というアイコンを確立した。
また、3期生という後発だからこそのノウハウ蓄積やマネージャーの採用。予算が増えたことによる有名イラストレーターの起用。さらに案件やコラボ企画などの外部への浸透性や知名度の確保など、アルカナ・クラスタが企業として配信者をサポートできる環境が整備されたというのも大きい。
配信開始から約30分。ミューを殺してから1時間。頃合いだ。私は一度だけ、彼女の死体を見る。
声質が似ていたから。キャラデザインが近かったから。私は真面目にやってきたのに、この子は適当にやってるだけで私以上の成果を叩き出す。口の悪いファンに言わせれば、私は彼女の下位互換だそうだ。
後輩だからと甘やかした私も悪いのだろう。録音環境が悪いからと、私がミューのボイスを撮り、いつの間にか代理で動画を出したりもした。何もしなくてもお金が入るなら、誰だって堕落する。
それも、もう終わり。
さぁ、一人芝居を始めよう。
ガタッと椅子を揺らす。
「だれ?」
振り返りながら私はミューの声を維持する。もちろん、背後には誰もいない。
予想どおり配信のコメント欄は心配と戸惑いの声が寄せられる。
「え、ちょっと、きゃあ!」
ミューから中の人である浅黄みゆの声に崩し、ドタドタと音を立てる。まるで、配信中に襲われているかのように。
彼女にプレゼントしたマイクの性能を意識しつつ声を上げる。荒れる息。叫ぼうとして口や首を抑えつけられたかのような途切れる声音。
配信環境に無頓着な彼女は数百円のイヤホンマイクやスマートフォンのマイクを使い、その音質はネタとして扱われていた。さすがにそれを看過できず私はお下がりではあるものの数万円のコンデンサーマイクを譲っていた。今度は集音性が良すぎて、生活音や環境ノイズがネタされたが。
それが今、役立っている。演技を続け配信画面を確認。
『ヤバい』『通報しろ』『強盗?』
予想通りの反応。
少し重めに足音を立て、机やタンスを開け放っていく。物漁りのように中身を荒らす。
その間に、エステル側の配信を確認。時間通り、エステルはうっかりゲーム画面をフルスクリーンにしてしまっている。これでコメントは見えなくなる。誰かコメントでミューのトラブルを伝えても反応できない。以前から時々やっていたことなので、おそらく誰も気にしない。
浅黄みゆのスマートフォンが明滅を繰り返している。マネージャーからだ。私はソレを無視し部屋を出る。アパートの下に止めたバイクにまたがり、裏道を走り抜けた。
先日引っ越したばかりのマンションまで約10分。住人用の非常階段を駆け上がる。エステルの動画が止まるまでに戻らねばならない。
息を整えて、配信画面を切り替える。全画面表示というミスにさも今気付いたかのように装い、動画のエステルからリアルタイムのエステルに引き継ぐ。
「ごめんなさい、またやってしまいましたね……」
そう言いながら、コメントに反応していく。
『ええんやで』『ノルマ達成』『それよりもミューちゃん』『ミューちゃんが』
自分が引き起こしたこととはいえ、話題がミューに支配されてるのは不快だった。この配信はエステルのなんだと言いたくなる。ああ、この調子ならSNSもミューがトレンド入りしているだろうな。
死んでもあの子は話題をかっさらうのか。
「ミュー様に何かあったのですか?」
改めてコメントで語られるミューの事件。他のメンバーが連絡しても繋がらない。野次馬の視聴者が集まっている。など、情報が錯綜していた。
このタイミングで着信通知。
「すみません、ミュートします。マネージャー様から連絡が」
マイクを消音し、通話に出る。
「エステルさん、ミューさんが!」
マネージャーの切迫した声。ミューは最近のアルカナ・クラスタでの出世頭だ。私のように人気が低迷しているわけでもないし、配信の受けもよい。そんな彼女がトラブったとなれば、焦るのも分かる気がした。私が事故ってもここまで心配してくれるだろうか?
「警察には?」
自分が思ってた以上に冷たい声が出た。
「まだです。心配ではあるんですけど、大事にはしたくないというか。深夜ですし上の判断が仰げなくて。それで、その……」
トントントンと、テーブルを指で叩く音を響かせる。彼の歯切れの悪さに苛立っているように。もちろん、対応が遅れることを見越して夜半に彼女を殺した。
「近所に住んでいて、かつ浅黄さんと面識がある私に様子を見てきて欲しいのですよね? ミューに何かあると困るけど、ボイス売り上げも配信収益も低いエステルなら何があっても大丈夫だと」
「そこまでは……」
言い淀むマネージャーを無視する。
「合鍵も預かってますから。配信も止めないといけないんでしょう?」
強引に押し切って私は通話を終えた。そして、リスナーに詫びて配信を中止する。ミューのところへ行くなどは伝えていないが、勘のいい視聴者は気づくかもしれない。
どうせ、みゆの配信上に声を乗せる予定だからバレるのは時間の問題か。
マンションの正面玄関から出る。唯一の防犯カメラ地点にあえて映るようにして、足早に通り抜ける。
再び、みゆのアパートへ向かう。
ドアをノック。反応は無し。
「ミューさん?」
私は敢えて素の声で呼びかける。このアパートならドア越しでも声がマイクにかすかに乗るはず。
ノブを回す。鍵はかけていない。
「入りますよ」
室内へ入り込む。先ほどと変わらない部屋の状況。盗人が荒らしたような惨状に戸惑いの声をあげるか少し迷う。結局、彼女の確認を優先した。
フローリングの床が小さく鳴る。本当にこの部屋はボロい。もう少し、防犯や防音を意識してほしかった。今更か。
「みゆさん!」
パソコンの横で死んでいる浅黄みゆに驚く声を上げる。慌てて駆け寄るように演じつつ、配信画面を確認。
私の動きをトラッキングして、画面の中のミューが少しだけ動いた。
『誰だ?』『女だ』『多分、エステルじゃね?』『素の声出てる』『ミューちゃんは無事か?』
「あ、えっと。コホン。エステルです。皆様、ミュー様のことご心配でしょうけれど、ひとまず切らせて頂きます」
素の声からエステルの声に切り替える様子を意図的にマイクに乗せる。動揺しているが平静を装っている、そんな風に。
並行して配信を閉じる操作を行い、パソコンをシャットダウンする。
ふぅ、と息を吐く。マネージャーに連絡を入れよう。
「どうでした?」
「死んでる、と思います」
殺したのは私から間違いない。電話越しに絶句しているマネージャーに訊ねる。
「事情聴取があると思いますが、どこまで話していいですか?」
「ええっと、Vtuberであること、所属企業などはお話ししていいです。ですが、浅黄さんがミューであることは伏せて頂ければ。おそらく、うちの弁護士と相談することになると思いますので」
ペラペラと何かの資料を確認する音が聞こえる。対応マニュアルのようなものがあるのだろう。不運だと思う。こんな深夜にあちこちに連絡を入れないといけない彼は。
「了解しました」
私は通話を終了し、警察を呼んだ。
アリバイ構築、完了。





