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嫁に喰われたくないので、最強のドラゴン目指します

前世で病に倒れ、ドラゴンへと生まれ変わりを果たしたアルディエール。ドラゴンになるのは予想外だったものの、生まれ変わりの際に「強い身体」と「慕ってくれるお嫁さん」を願ったおかげで、今世こそは長生きして幸せな人生、もとい竜生を謳歌できる! そう思っていたのだが、幼馴染のドラゴン、リュミリアといよいよ一夜を共にしようとしていた時、ドラゴンの雄は交尾の後に雌に食べられてしまうことを知る。生きるか彼女かの選択を迫られた彼は、生きることを選択し彼女の元から立ち去る。自分を追ってくる彼女に食べられないために、彼は人間に紛れて逃走を繰り返しながら、反撃のための力を蓄えていく。そうして最強のドラゴンを目指していく中で、かつてドラゴンの雄は食べられていなかった事実を知る。食べられないため、そして愛する彼女と添い遂げるため、彼の命を懸けた逃亡劇が始まる。

 性的共食い。この言葉を知っているだろうか?

 カマキリやクモの雄が交尾中、もしくはその後に雌に食べられてしまうという話は有名だ。

 この共食いで栄養を補給することにより、雌はより多くの卵を育てることができるといわれている。

 性的共食いとは、こうした生殖行為の一部としての共食いのことである。


『ねえ、アル。今日さ……私の住処に遊びに来ない?』


 ふたりで狩りと水浴びを終えて、橙の木漏れ日が斜めに差し込み始めた森の中。

 それじゃあ帰ろうか。そう言う空気を振り払うように幼馴染のリュミリアが声を掛けてきた。


『ごめんね、急に言っちゃって。その、別にまた今度でもいいんだけど……』


 前世では全く経験しなかった状況に、俺はしばらく固まっていた。

 それを見た彼女は、俺が困っていると勘違いしたのか、尻尾(、、)を自身の足に絡めて消え入るような言葉を続ける。


『だめかな?』

『ううん、大丈夫。リュミリアが良いならお邪魔させてもらおうかな』

『やった! 嬉しいな』


 俺がようやく口にした言葉に、リュミリアは腕を振り上げ全身で喜びを表現していた。

 全身を堅牢なエメラルドの鱗が覆い、翼の生えたトカゲのような生き物が、牙を剥き出しにして立ち上がっている様子は、前世の俺が見たら恐らく卒倒しただろう。

 ただ、俺も同じく赤茶の鱗のドラゴンに生まれ変わったからか、彼女の姿は少女が無邪気にはしゃいでいるように感じた。正直、とても可愛い。


『ほら、コッチだよ! 案内してあげる!』

『ちょっと、あんまり引っ張らないで』


 ああ、前世の色のなかった十五年の病床生活も合わせると二十五年。ようやく俺にも彼女が出来るのだろうか。

 俺は全く感じたこともない春の匂いに心躍らせながら、俺より一回り大きな彼女に手を引かれて歩みを進めた。



 彼女の住処である洞窟は、俺の住んでいた場所からは少し離れた場所にあった。

 森の中の洞窟だった俺の住処とは違い、ここは大きな岩山に空いた空間を利用して作られていた。床もしっかりしていて風通しが良く、ふたりで入っても十分なほどの広さ。

 ドラゴンの屈強な身体に甘んじて適当に寝泊りしていた俺とは随分と差があるようだ。


『……リュミリアがこんないいとこに棲んでたなんて』

『そうかな? まあ、こう見えても私は一応オサの娘だからね、体裁は気にしてるつもり』


 俺が洞窟の中を感心しながら眺めていると、彼女が尻尾を揺らしながら奥の寝床に向かう。

 そこには柔らかそうな細い枯草がまとめて敷いてあり、リュミリアがごろんと身体を横たえてもまだスペースに余裕があるようだ。


『……ほら、こっちに来てアル』

『あ、あぁ』


 彼女が寝転がったまま隣をぽんと叩いて、俺を住処の奥へと誘い込む。

 俺はまるで花の匂いに寄り付く蜂のように、ふらふらとその隣に座り込んだ。

 出来るだけ平静を装っていたが、いわゆる「おうちデート」なこの状況に加え、鋭い嗅覚は住処に漂う彼女の匂いを敏感に感じ取っていた。


『ふふ、嬉しいなあ。アルが私を選んでくれて』


 既に俺の心臓は破裂寸前だというのに、リュミリアがお互いの間に開いていた微妙な隙間を一気に詰めて、身体を密着させてきた。

 何か言わなきゃいけない気がするが、口から出るのは情けない唸り声ばかり。


『ねえ、アル。もっと仲良くなろ? いいでしょ?』


 彼女は俺の隣に寄り添って、前足を掴み尻尾で腰を巻き取ってきた。

 知識として知らなくたって分かる。ドラゴンの繁殖期にあたるこの時期に、若い雌雄のドラゴンが同じ洞窟にふたり。やることは決まっているはずだ。

 緊張で動けなくなっている俺に、リュミリアはさらに首筋に噛みついてゆっくりと俺を仰向けに押し倒していく。

 やや強引な感じだが、彼女との対格差では抵抗しても無駄かもしれない。それに、俺は別にこういうのも嫌いじゃない……。



『ああ。もうお腹空いてきちゃったよ』


 身を任せよう、そう思っていた俺の耳に不穏な言葉が飛び込んできた。

 お腹が空いた? それはその……性的な比喩か? でも彼女はそんな言葉回しをするようなドラゴンじゃない。素直に思ったことを口に出すタイプだ。

 俺はさっきまでとは別の固唾を飲み込み、妙な予感を打ち消すようにあくまで冗談めかしに言葉を返す。


『ま、まさか食べるわけじゃないよな?』

『食べるよ?』


 当たり前のように一蹴されてしまった。既に俺の背中は柔らかな枯草のベッドにあり、俺の両前足を押さえたまま彼女が俺の腰に跨っている。

 逃げられない。そう思った瞬間、俺は暖かい寝床なのにも関わらず背筋が凍る気分だった。


『待って!? 食べられるなんて聞いてないんだけど!』

『知らなかったんだね。でも、一緒になれるならいいでしょ?』

『や、やめてくれ! 俺はまだ死にたくない!』


 彼女の下で必死にもがくが、まるで抜け出せる気がしない。

 俺が愚かにも花だと思っていたのは食虫植物で、俺はそれにまんまと騙された虫というわけだ。

 リュミリアはそんな俺の様子を見て、自身の身体よりも鮮やかなライトグリーンの瞳で俺を見下ろしてきた。


『私に食べられるのは嫌なの……? アルは、私のこと好きじゃない?』

『いやいや、なんでそうなるんだよ。リュミリアは好きだけど、俺はまだ死にたくないだけだ』

『そんなの矛盾してるよ』


 彼女は前かがみになって俺の顔を至近距離で覗き込んでくる。その表情は一切の違和感もない、困惑した表情だった。


『好きならツガイになって、交尾して子供作るでしょ? でも食べなきゃ子供は作れないよ』

『こ、子供が居なくたってツガイにはなれるだろ』

『子供が作れないツガイって……そんなのただの友達じゃない?』


 性多様性のカケラもない発言だが、それは俺が前世の記憶を持っているからに過ぎない。

 ドラゴンには知性があるとはいえ人間とは違って動物的な部分がある。彼らにとってツガイとは子孫繁栄のための手段であり、結婚することが目的となり得る人間の感覚は通用しない。


 彼女は、全て本気で言っているのだ――


『リュミリア、どうしても俺を食べるのか?』

『子供が元気に生まれてくれるためにも必要なの。大丈夫、私に任せてよ。ちゃんと気持ちよくしてあげるから……』


 リュミリアは身体を前に倒して俺に全体重を掛けてくる。

 甘い言葉と一緒にずっしりと身動きを封じられ、鼻先や首筋に湿った舌の感触があった。

 竜の本能のせいか、そのまま彼女のなすがままになりたい、そんな破滅的な欲望が俺の中で――主に俺の下半身で頭をもたげて始めていた。


『ダメだ……やっぱり俺、死にたくない』


 このままではリュミリアに二つの意味で食べられてしまう。

 せっかく記憶を持ったまま転生させてもらったのに、こんなに早く死んでしまうのはごめんだ。

 前世からのやりたいことだってたくさんある。その中に女の子とのあれこれもあるわけだが……死んでしまうのならやらない! いや、やらないは言い過ぎた、もっと長く生きてから最後にやる!


『ごめんリュミリア!』

『えっ』


 俺は申し訳ないと思いつつも、喉の奥で竜気を活性化させる。竜気は生き物の力の源で、魔法の原動力にもなるエネルギー。ゲームで言うMPみたいなものだ。

 それを喉に集めるというのは、つまり魔法で炎や水を吐き出すブレス攻撃の予備動作のことで。


『ちょ、ちょっとアル! やめてっ』


 当然、彼女もそれを知っているため、少しだけ俺に掛けられていた体重が軽くなった。

 次の瞬間、俺は目をぎゅっと閉じてから喉の活性竜気を解き放った。瞼の裏が白く焼け付き、リュミリアの驚いたような声が洞窟に響く。


『リュミリア、本当にごめん! 俺のことは忘れてくれ。お前なら、きっといい奴を見つけられるから』

『アル! 待って!』


 夕闇に沈む洞窟内で太陽のような閃光を直視した彼女は、突然視界を奪われて混乱したのか俺のことを簡単に解放していた。

 俺は死に物狂いで立ち上がると、勢いよく洞窟から飛び出して走り出す。


『アル! アルディエール! 私、あなたのこと忘れないからね!?』


 振り返れば、俺が逃げ出したことを感じ取ったのだろう、リュミリアが目を拭いながら洞窟から顔を出していた。


『だって私、アルのことが大好きだから! あなたも、私が好きなんでしょう!?』


 ずきり、と心が痛んだ。彼女とは、物心ついた頃から一緒で、喧嘩もしたことが無かった。あんなに必死で悲しそうな彼女の声を聞いたことがない。

 気を抜けば、逃げ出す足が止まってしまいそうだった。


 でも、生きたい。だから行かなければ。その気持ちの方が強かった。どれだけ逃げても無駄だった病魔に比べたら、今の俺には逃げるための足があるし、今はまだ飛べないが翼もある。


『私、ぜったい諦めないから! アルの気が変わって私とツガイになってくれるまで、どこまでも会いにいくから!』


 俺はずっかり藍色が広がった星空の下、鬱蒼とした森の中へと飛び込んだ。


 一心不乱に走っていれば、いつの間にか彼女の声は聞こえなかった。

 俺は涙でぼやける視界が鬱陶しくて、強引に腕で目元を擦る。さっきの閃光ブレス、俺もくらっていたようだ。

 しゃくり上げる呼吸は無理に走り続けたせいにして、これでよかったんだ、そう自分に言い聞かせる。


 リュミリアは「どこまでも会いに行く」と言っていた。おそらく、どんな手段を使っても俺を食べにくるつもりだろう。

 ああ、今世は病気じゃなくて、リュミリアに追われることになりそうだ。

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