死者の祝賀会
現代ヨーロッパ。メアリと名付けられた動く死体は、死霊術師グランとともにとある『戦争』に向かう。
それは世界に散り散りになった死霊術の原典を巡る戦いだった。
今現在この世界に存在する死霊術はすべてその原典からの派生で劣化、そしてある意味ではオリジナルを超える代物になっていた。
完璧な死者蘇生術を求める者、あるいは自らの一族が繋げた派生の強化、あるいは技術の独占。
求める動機は様々だ。
そんな各々の『成果物』同士を戦わせ、原典と『成果物』を賭けた戦いが彼らのする戦争だった。
渦中にいるのに部外者扱いのメアリは、自分の身体の元の持ち主がどのような人物だったのか、自分を蘇生させたグランの目的はなんなのか知りたくなり、戦争に身を投じていく。
メアリと名付けられた私は車窓からコンクリート造りの現代的街並みを眺め、聞きかじったことを思い出していた。
すべての生物は必ず死ぬ。
生まれたその時点で死に向かって進むのが『生命』という儚い事象である――。
死はいわば絶対の概念であり、それこそが世界のルールである。
ゆで卵が生卵に戻らないように、不可逆な現象が死だ。
ただ、それに抗おうとする者たちがいる。
不可逆の終わりに反逆する者たちのことを死霊術師と呼ぶのだと、私が目覚めたときにいた若い男、グラン・ヴァストは感情を感じさせない静かな声で言った。
死霊術、反魂術、死者蘇生術、ネクロマンシー……呼び方は様々あるが、要するにすべて死者を何らかの形で蘇らせる奇跡の魔術である。
死霊術師は死霊術に特化した魔術師だ。
別な分野を研究している魔術師もこの世界にはたくさんいるのだと言う。
聞かされた時に最初に思ったのは「魔術なんてファンタジーありえるわけがない」という率直な感想だった。
「――ありえちゃってるってのが信じられないわ」
身をもってその〝ファンタジー〟を知っている私としては、愚痴るように独り言ちるしかない。
魔術なんて存在してほしくない。だってこれは現代の話だ。
車窓から見える人々はみなスマートフォンの画面に夢中になりながら歩いているし、魔法なんて誰も信じていない。
そういうのはコミックやアニメーションの世界にしか存在しないとみんな思っている。
渦中にいる私でさえ半信半疑なのだから当たり前。
この国では珍しい黒髪の男、私の名付け親であるグランは、私の隣でノートパソコンのキーボードを軽妙に叩いているくらい、魔術とは無縁の様子だ。
つくづく私のイメージする魔術師とは違う。
私の知る現代の魔術師グランは黒いスーツに身を包んでいた。
魔法の杖は物騒に膨らんだ左腋の銃に、魔術書はパソコンに、四頭立ての豪華な馬車は運転手付きのロールスロイスに変わった。
私たちは招待客なので、ロールスロイスはその招待者のものだろう。
二十歳半ばのグランに買える物だとは思えなかった。
第一、こんな不愛想、どんな職場でも馴染めないだろうから出世できないだろう。
死霊術師を呼ぶのにロールスロイスを使うのは、車種名が「レイス」や「ファントム」、「ゴースト」であったりすることに起因した笑えないシャレなのかもと、ふと思った。
「ねぇ、グラン。この車、本当に死霊術師のお茶会に向かってるの?」
「…………」
「はぁ……いつも無口ね。そんなに私と話したくないの?」
「――話す必要がないからだ」
パソコンの画面から一度も顔を上げず、グランは冷たい声で言い放つ。
グランは一度言ったことを二度言わない。ちなみに一度目でも答えないほうが多い。
退屈だからと声に出してみた私の質問はもう一度聞いているから二度目を回答してくれない。
仏頂面以外の顔を知らないのではないかと思うくらい、グランは表情が変わらない男だった。
死体よりも死体じみている。
死霊術師のお茶会というのは私がなんとなく思った印象で、実際にはある種の戦争のための顔合わせなのだと言う。
死霊術には原典がある。
完全なる蘇生を可能とする秘術の書。
人間を同一人物として蘇らせる本当の奇跡が太古の昔に実現していたというのだから驚きだ。
だけどその原典は引き裂かれ散り散りになった。
その原典の欠片をもとに、現在死霊術師は様々な方法を取る。
今現在この世界に存在する死霊術はすべてその原典からの派生で劣化、そしてある意味ではオリジナルを超える代物になっていた。
完全なる蘇生のため、あるいは派生をさらに強化するため、各々が所蔵する原典を奪いあう戦いの場に私たちは向かっているのだ。
私メアリも、グランによって作り上げられた『成果物』の一つだ。
だから私はメアリであってメアリでない。
この身体は私の知らない他人のものだ。
空っぽの肉体に私という魂をねじ込んだ動く死体なのだ。
心臓も動いていないし肺も動いていない。
食事もしないし眠りもしない。
なのに脳が動いて身体が動くのは、それこそ魔術のおかげなのだろう。
窓にうっすらと反射して映るのは、金色の髪に色素の薄い蒼い眼の十代後半の美少女。
肌が白いを通り越して蒼白なのは、私が生きていないからだろうか。
それとも最初からなのか。
――どこかの誰かさん。あなたはなんで死んだの?
心の中に呼び掛けても誰も応えない。
私の中には記憶がある。
だから蘇生された瞬間から言葉がわかったし、語彙もあった。
ただ記憶を引き出す術を私はあまり知らない。
記憶の入った引き出しは確かにあるのに、開ける鍵がないのだ。
自分の中にいる誰かについて、私は知りたい。
死体並みに仏頂面のこの男のことも――。
「――原典を集めて、グランは誰を蘇生したいの?」
私が聞くと、グランはキーボードを叩く手を一瞬止めた。
しかし返答はなく、再びカタカタと音が鳴り始めた。
「だいたい、一応は戦いに行くんでしょ? こんなドレスでいいの? 走るのすらちょっと難しいと思うんだけど」
私に着せられたのは真っ黒なドレス。
顔の半分が隠れるレースのついた帽子も被せられていて、内心ちょっとうざったい。
この格好だとまるで葬式に行くみたいだ。
問題は、その死体がこの喪服じみたドレスを着ているという皮肉。
「今日は顔合わせだ。『成果物』同士の戦いは後日予定を決めて行われる」
「ふうん。私って戦えるの? 見た感じか弱い女の子にしか見えないんだけど……」
「戦うのは俺だ。造物主がサポートすることはルールで認められている。符術で動かす中国のキョンシーに代表されるように、術者不在だと機能しない『成果物』も多いからな。――お前の身体には傷一つつけさせやしない」
――自らの命をかけてまで誰かを蘇らせたいんだろうか。
この仏頂面の下にそれだけの熱意を持っているのだと思うと、止まっている心臓が少し痛んだ気がした。
♦
超高級ホテルの最上階を丸々一室としたスイートルーム。
そんな広い空間にいるのは私とグランを合わせてたったの四人。
ほかに呼び出された面々はまだ揃っていないようだった。
「あの人、ネットのニュースで見た……」
死体の私だってyoutubeで猫の動画を見たりする。
その中でたまたま見かけた人物が呼び出された会場内に座っていた。
普段あまり表に出てこないその人物がプライベートジェットで海外に行くと報道されていた。
彼が動くと世界が動く。
歩くだけで死体が増える死の商人だと、彼については好意的でない報道だった。
「アメリカの世界的兵器メーカーCEO、ニール・カラミティ。奴に限らず、ここに集まるのは表の世界でも名の知れた連中ばかりだ」
「そう、死霊術は金になるからね。必然表社会では目立つ。彼らはいいよ。不眠不休で働くし、銃弾がどんなふうに肉をえぐるのか、これ以上ないほどわかりやすいサンプルにもなる」
グランがニール・カラミティと呼んだ人物は、名前に反応してこちらに振り返りながら返答し、グランから私に視線をそらして微笑んだ。
甘いマスクとでも言えばいいのか、街を歩く女の子たちに向ければ立ちどころに黄色い歓声が上がりそうだと思った。
私の物より発色のいい金色の前髪を左右に分けた、見た目は二十代半ばの優男だ。実年齢まではわからない。
真っ黒なスーツに真っ黒なシャツ、真っ黒なネクタイに手袋をしていた。
組んだ両足の長さから推察するに、身長も相当高く見える。
「やぁ。僕はニール・カラミティ。君の名前は何と言うんだい? レディ」
「メアリと名付けられました」
プレイボーイじみた声の出し方や動作に私は内心嫌悪した。
どうやら私の身体の元の持ち主は、こういう軽薄な男が嫌いなようだ。
「それにしても良くできた『成果物』だね。死体でなければ僕の妾にしてもいいくらい美しい」
「はぁ……お断りです」
「これは手痛い。――それで、ただの牧師がどうしてこんなところにいるのかな?」
私が多少辛辣さを込めて言うと、ニールは軽く笑い、その後グランに冷たい視線を向けた。
どのような躾をしているのだとグランを責めたいのだとわかる。
皮肉めいた嘲笑をグランはいつもの真顔で受け止めていた。
こんな怪しげな場所だと、そのいつもが安心感をくれた。
――グラン、牧師なんだ。この顔で?
仏頂面でどんな説教をするのだろうと想像すると少しだけ笑えた。
グランはニールの問いには答えず、私をソファの方角へ指さして誘導する。
「カカカッ! ワシに言わせれば、たかだか四代しか続かぬ成金も部外者同然よッ!」
「ご老公、生きてらっしゃったのですか? 僕はてっきり枯れ木か、出来の悪い『成果物』でも置かれているのかと」
この場にいたもう一人、車イスに乗って微動だにせず黙っていた老人が、その矮小な体躯からは想像もできないほどの高笑いでニールを煽る。
当の本人であるニールは目を細め頬をひくつかせ、苛立ちを隠さない。
「中国の不動産王、ファ・ハオラン。名を変え戸籍を変え、三百年も生きている化け物だ」
「ワシが死霊術を求める動機は不老不死じゃからの」
ハオランと呼ばれた老人はもう一度大きな声で笑い、同じくらい大きく咳き込む。
死霊術師たちには変わり者しかいなかった。
死を操り生を冒涜する存在がまともなはずがない。グランが言っていた言葉を思い出す。





