馬鹿はストーカーをものともせず
選んで頂きありがとうございます。
俺、真城悠太にはストーカーがいる。それも"狂"がつくようなタイプの。
彼女との出会いは中学一年の夏休み明け。今は高校二年だから約三年くらいの付き合いになる。
夏休みが明けて一週間くらい経った頃、俺の下駄箱の中に『好き』と赤字で、白い紙が真っ赤に染まるほど書かれた手紙?がほぼ毎日入れられるようになった。
最初こそ宛名不明の猟奇的な恋文に思わず悲鳴を上げてしまうほどビビリ散らかしていた。それが一週間も続けば学内も騒ぎになり全校集会で校長から話が出るほどになってしまった。しかし犯人が名乗りをあげるわけもなく、それ以降も引き出しには真っ赤な紙が入れられ続けた。
あまりの恐怖に警察へ届けを出そうかとも思ったが、よく考えると手紙以外なんの実害も被ってなかった。
そんなこんなで俺は早々に抵抗を見せるのをやめ、その状況を日常として受け入れた──。
話は飛んで現在、冒頭でわかるようにストーカーは高校に上がってからも俺をマークしているようだ。
この三年で手紙に書かれる内容もただ『好き』から『貴方の全てを愛している』にランクアップしているし、なんなら単語の羅列ではなく、よく読むとしっかりした恋文になってきている。
友人たちは未だに気味悪がっているが、当事者は慣れたものだ。何せそれ以外実害がない。盗撮されていたとか、俺が口をつけたスプーンを回収されていたとか。いや、あるかもしれないけども。知らんのでノーカン。
おこがましい話だが、有名人ってこんな感じなのかな、なんて思いつつ学生生活中はストーカーとの付かず離れずの関係が続くんだろうなと楽観視していた。
そう、していたのだ。
動きを見せたのはその手紙の内容。
先ほども言ったが手紙の内容はある時からちゃんとした文になってきている。時期的には俺がその状況に慣れて手紙の内容を毎度確認するようになってから。よく考えると最近の内容は片思いの相手へ綴るものではなく、恋人へと送る内容へとシフトチェンジしていたような気がする。
前置きが長くなってしまったが、つまり『告白したいのでここに来てくれ』という呼び出しがあったのだ。大胆なことに。
流石の俺もその返答に焦る──事はなく、指定された場所へと一人訪れていた。
(にしても俺のスケジュール完全に把握してるの、なんか面白いな)
指定された公園で一人、俺は時間が来るまで彼女からの手紙を読み返していた。
『ゆうくん。私達そろそろちゃんと恋人っぽいことしないといけない気がするの。もう出会って五年と三ヶ月六日。こんな関係になってからはそろそろ三年経とうとしてるよ。私はいつもゆうくんだけを見ているけど、ゆうくんは私だけを見てくれてる? ううん。私だけじゃないよね。他も見てるよね。だから私は毎日毎日毎日毎日ゆうくんだけを見つめて、ゆうくんが変な事しないように、変なことされないように細心の注意を払って生きているの。なんで? なんで? なんで私だけこんなに辛い目に遭わなきゃいけないの? ただゆうくんを愛しているだけなのに。ゆうくんゆうくんゆうくんゆうくん。ゆうくんの名前だけでご飯5合食べれそう。愛してる。好きだよ。ゆうくんになら私の全部あげられる。何が欲しい? なんでもいいよ。心でも身体でも。一部でもいいんだよ? 脊髄欲しい? ゆうくんのためならなんでも。あぁ、話がそれちゃったね。私がどれだけゆうくんだけを思って生きているのかは分かってくれてるよね。私たちもう一心同体みたいなものだもんね。みたいなものだけじゃダメだけど。本当に一つにならなきゃいないよね。ゆうくんもそれを望んでるでしょ? ゆうくん。愛してる。愛してるじゃ足りないくらい愛してる。言葉じゃもう言い表せないよ。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるゆうくん明日ポテトナルドのバイト休みだよね?
明日18時、ゆうくん家側の小高い丘公園ブランコで待ってます』
(……)
正直人から恋愛感情を持たれるのが初めてだった。
生まれてこの方彼女なんてできたことがない。
理由の一つとして間違いなくこのストーカーが絡んでいるとは思うけど、それを差し引いても俺はこんな狂信者が生まれてしまうほど顔が整っていない。
せいぜい中の上がいいところだろう。
悲しい現実に思わず涙が出そうになるが、そこをグッと耐え、改めて手紙に視線を落とす。
「ラブレターって全部こんな感じなんかな」
これ以外知らない俺に答えはわからない。恋愛小説とかドラマとか、そんなのにも特に興味がなかったので知識もない。
深いため息を一つ吐き、軽く伸びをする。
日も暮れてきた。時計台の短針もそろそろ六を指そうとしている。そろそろかな。
「──ゆうくん?」
そんなことを思っていると背後から声をかけられた。
予想外の位置からこの名称。俺はずっこける勢いでブランコから立ち上がった。
この公園は周囲が林になっている。その向こうは山へと続いているためそこから人が現れることはまずない。
そしてこのブランコが位置しているのは公園の一番奥の角。つまり、声はありえない位置から聞こえたのだ。
なんとなく聞き覚えがある声に違和感も覚えたが、俺は一度生唾を飲み込みゆっくり後ろへと振り返った。
「か、楓?」
「やっほ。なにこんな場所で黄昏てんの?」
そこにいたのは色素の薄い髪をボーイッシュに切り揃えたジャージ姿の少女。幼馴染みの暁楓だった。
小中高陸上部に所属している割に育った胸を毎回邪魔だと言う彼女は、褐色の肌がそれはそれはお似合いのスポーツ少女だ。
彼女の表情はいつもの如く俺を小馬鹿にしたようなもの。
それに多少の安心感はあるものの、俺の背中を流れる冷や汗は止まることはない。
「た、黄昏てるわけじゃないけどさ。てかお前こそ、なんでここにいんだよ。それもそんな林ん中からさ」
「いやーいつも朝のランニング終わったらここによるんだけどさ、トイレにタオル忘れてるの思い出しちゃってさー」
ナハハー、とちょっと馬鹿らしく笑う楓の表情はいつも通り。チラッと視線を外に向ければブランコの側にトイレがある。
焦りすぎて視野が狭くなっていたんだな。
安堵の息を吐き出しながら、俺はもう一度ブランコへと腰をかけて彼女を笑った。
「忘れっぽいのは変わらんな。いい加減にしないといつかやらかすぞ」
「すでに大会でスパイクを忘れたことが…あったりなかったり」
「大馬鹿じゃん」
「「ハハハッ」」
いつもの会話にいつもの表情。
なんら変わった様子のない楓に改めて安心した俺は疑問を一つぶつけた。
「てかさ、なんでお前俺のこと昔みたいに呼んだんだよ。心臓飛び出るかと思ったけど」
「あー、あんたが最近例の奴に『ゆうくん、ゆうくん』て呼ばれて参るわとか言ってたからさ、ちょっと驚かそうと思って」
悪戯小僧のように笑った楓は勢いよく隣のブランコへと腰掛けた。
「私からしたらあんたがこんな時間までここで座ってんのの方が気になるけどなー。あ、まさか告白ですかな?」
「あー…まぁ、なんというかな」
恋愛関係に俺と同じく疎いはずの楓。そんな彼女の予想外に鋭い問いに思わず口が滑ってしまう。
冗談半分だったのだろう。おちょけておっさんのような顔をしていた楓の顎がアングリと落ちた。
「は!? 嘘々!? だ、誰があんたのこと本気で好きになったわけ!? ありえないでしょ! ぜっっっったい! 弄ばれてるだけだから!」
「いやいやいや! 酷すぎんだろ! お、俺だって告白の一つや二つくらい…」
「はいー出ましたー。一度もされたことないやつの一番言うやつー」
「うっせ!」
至近距離でブーブーと子供のようにブーイングしてくる楓を向こうへ押し返す。ブランコに跨った楓がゆらゆらと揺れている様は少しだけ笑える。がそれとこれとは別問題。男というものはここぞという場面で嫌でも嘘を突き通さねばならん時がだな…。
なんて高校生にもなって小学生のようなやりとりをしていると、向かいから見慣れた影が近づいてきた。
「楓ー、帰るぞ」
楓と同じく色素の薄い髪を乱雑にサイドテールにまとめた革ジャンの似合う女性。
タイトな服装を好むけしからん彼女は暁蘭。楓の実の姉。楓との違いは纏う雰囲気と背丈くらいで正直制服着て同じ髪型にされたら分からん気がする。そんな人だ。あ、ちなみに二つ上で学校の先輩になる。
蘭さんの登場に俺ら二人は同時に立ち上がったが、様子は全く違うものだ。
「蘭ねぇおっそー。私結構待ってたんだけど。」
「おっお疲れ様です!」
「うっせ。渋滞してたんだよ」
「嘘つきー! ここらこの時間そんなに混んでるとこ見たことないけど!」
俺らの前へとやってきた蘭さんは楓へゲンコツを一つ。それから俺へと向き直り豪快に頭を鷲掴みにされた。
「お疲れ悠くんー。元気してた? 最近うちに顔出さないし心配してたぞ」
「めっ滅相もございません! 元気も元気! 毎日爆走しております! ハハッ!」
ガシガシと乱暴に撫でられる頭はそこだけ大地震が起こっているように揺れ動き視界があっちゃこっちゃ。
流石に酔いそうなので勘弁してもらいペコペコと頭を下げておく。
簡潔に彼女との関係を話すのなら、王様と従者。それがピッタリじゃないかな。
始まりは幼稚園まで遡るので省略させてもらうが、蘭さんは昔から今までガキ大将的な人だとだけ伝えておく。そして俺がそのひっつき的な。
なんやかんやいい人ではあるが、いじめられっ子体質はいつまでも治らないものだ。
豪快な笑顔に圧倒されつつも、一度膨れっ面の楓へ視線を送りつつ話を続ける。
「ら、蘭さんが楓と一緒に帰るなんて、珍しいですね…」
俺の言葉に苦笑いを浮かべた蘭さんだったが、彼女が口を開く前に楓が彼女を押し除ける。
「蘭ねぇはなんか今日用事があったみたいだけど、私たちこの週末でおばあちゃん家行かないとダメでさ。ママから二人で帰ってきなさいーって言われたんだよね。学校で少し用事あるって言ってし、その間に公園にタオル探しに来た感じかな! 私は」
「いや、楓の動向はどうでもいいんだけど…」
「は!? なにそれ!」
やんややんやと言ってくる楓をさらりを交わす。お姉ちゃん大好きな楓が蘭さんの登場でテンション上がるのはいつものことだ。
微笑む蘭さんに倣い俺も大人の笑みを浮かべておく。
「何その顔! めっちゃうざー」
「まぁまぁ、もういいだろ楓。時間がないし早く行くぞ。あんま道草食ってるとママにまた雷落とされそうだし」
「はふぅ……わ、わかりましたー」
ヒートアップしていた楓へ痛恨の一撃。蘭さんからの首なでなでで沈静化された楓はトロンとした目で幽鬼のように公園出口へと踵を返した。
いつ見ても楓の扱いは蘭さんに敵わない。まぁ敵ったところで何の使い道もないけども。
そんなことをぼぅと考えていると笑っていた蘭さんが珍しくチョコチョコと俺の方へと寄ってきた。無言で右手を掴まれ何かを握らされる。
ま、まさか…白い粉!?
俺の焦りをよそに蘭さんは照れたような表情で俺の耳元に顔を寄せた。
「いいものやるよ。とりあえずポケットにしまいな。家で一人、ゆっくり見るんだぞ」
「は、はいぃぃ…」
思わず情けない声が漏れてしまった。
彼女に言われるがまま、何かをポケットにしまう。その様子を見つめていた蘭さんは嬉しそうに一つ頷くと俺の背中を力一杯叩いた。
「よし! じゃ久々に送ってやるよ。あんたも車に乗んな!」
「──ッ! ありがとうございますぅっ」
そんなこんなで二十三時。途中ストーカーを待っていたのを忘れてて血の気が引いたが、まあなんとかなるだろうと諦めた。そのことを楓に相談したところお経を唱えられた。
お風呂も入ってさっぱりした俺は、これまた忘れかけていた蘭さんからの頂き物を思い出した。
「一人で見てくれって言ってたよな…結局なんだったんだろう。本当に薬だったりして……流石にないか」
馬鹿な妄想に一人寂しく笑いを漏らした俺は掛けてあったズボンのポケットから頂いたものを取り出した。
それは小さく折り畳まれた紙切れのようだ。
おそらく限界まで折ったのだろう。見たことないくらい小さい。これだけが机に置かれていたらゴミかと間違えて捨ててしまうほどだ。
なんじゃこれ、と少し怪訝に思いつつ、俺はそれを 丁寧に開いていった。
中身は何のことはない。少しドキドキした俺の純情を返せと思ってしまったほどだ。
赤いそれに安堵のため息を吐き出し、俺はそれをさらっと読んだ。
そこには小さく、短くこう書かれていた。
『愛してる、ゆうくん』
最後まで読んでいただき有り難うございます。
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