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シルバー・クリスマス

作者: 仁羽 孝彦

 自室の扉を開けるとこの国では珍しい白銀の髪を持った少女とちょうど鉢合わせになっていた。


 突然目の前に現れたから驚いてしまったのだけれども、彼女も同じようで、僕の姿を認めると、少々驚いたように飛び上がり、そして恥ずかしげに顔を隠すように何か小さな紙で口元を覆っていた。突然のことにパニックを起こしたのだろう、いつものように


「あ……」


とか


「うぅ……」


とか(つぶや)いて固まっていた。


「どうしたの?」


 最初に落ち着いた僕の方からそう声をかけると、彼女はハッと気を取り直して、一度深呼吸をし、それから


「よし」


とでも言うように気合を入れなおしてから僕の顔を見た。


「あ、あの!その……。今度のクリスマス・イヴ、夕方から……、一緒に遊園地……。いいですか……?」


 徐々に声が小さくなっていったのだけれども、僕の耳はちゃんと拾ってくれていた。


「空いてるけど、受験生でしょ?大丈夫?」


 そういうと


「あぅ」


と声を漏らして縮こまってしまう。


 高校受験を控えている彼女は、推薦入試ではなく、一般入試で受験する。だから本当は勉強に専念するべき立場だ。ただ、毎日まじめに勉強をしている彼女のことだから、たまの息抜きがしたいのだろう。その口実探しをしているように見えた。


 僕は少しだけ考えるそぶりを見せてから


「いいよ」


と告げる。すると少女はぱぁっと笑顔で明るくなった。


「ありがとう、お義兄(にい)ちゃん!」


 そう言って僕の義妹(いもうと)、麗子はルンルンと鼻歌交じりに自分の部屋へと帰っていった。


   ※   ※   ※


 城田麗子、十四歳。中学三年生。僕の義妹(いもうと)だ。 “義妹(ぎまい)” と書くわけだから、血のつながりはない。父さんの再婚相手の娘さんだ。初めて出会ったとき、僕は中一、彼女は小六でお互いおどおどしながらもなんとか


「よろしくね」


と言い合った。突然現れた義妹だから僕は僕でどう付き合えばいいのか分からず戸惑い、麗子も麗子で突然現れた義兄(あに)の僕との向き合い方に迷っていたことだろう。


 そんな麗子には独特の特徴がある。


 それは綺麗な銀色の髪。


 麗子の祖母はヨーロッパ系のアメリカ人だそうで、彼女と同様に銀髪の持ち主らしい。


 普通の日本人とは違う髪の毛だから、子供の頃はそれでからかわれることもあったそうで、内気になってしまった時期もあったけれども、中学生に上がると周囲の同級生たちも少しずつ大人になっていくようで、からかうようなことは減り、彼女も少しずつ自信をつけていった。


 そのうち僕に対しても少しずつ自信を持つようになり、最初の頃は挨拶しあうことも少なかったけれども、今では予期しない遭遇でもなければ、お互いにおどおどして挨拶することもなくなった。


 思春期だから思うところはあるけれども、やはり義兄妹(きょうだい)でありたいと互いに思ってるから、お互いを傷つけないように気を(つか)いつつ、四年かけて歩み寄りあった。まだほんの少し距離が開いている気がするけれども、それは義兄妹でなかった十二年分の空白があるからだと僕は考えてる。


 むしろ、向こうから遊びの誘いをしてくれたのは大きな変化だと思う。これまでは父さんやお義母(かあ)さんが間に入らないと一緒にお出かけするなんてことはなかったから。


 この変化に僕は少し嬉しく感じてクリスマスの日が訪れるのを楽しみにした。


   ※   ※   ※


 イヴ当日、授業を終えると麗子の中学校の最寄り駅まで急いで向かった。寄り道になるから制服のまま向かうのは本当はよくない。特に麗子は中学生なのだからなおのこと。ただ、せっかくのクリスマス、せっかくのお出かけ。家に帰る時間も、着替える時間ももったいないから、そこで待ち合わせて、そのまま遊園地に向かうことにした。


 夕飯も遊園地で済ませる予定だから、事前に父さんとお義母さんにお小遣いを多めにもらってる。麗子と楽しみ、無事に家に送り届けるのが義兄としての自分の責務だと思ってる。とはいえ、そこまで片意地を張る必要もないと思う。二人だけで遊園地に行くのは初めてで、麗子は楽しみにしているのだから、彼女に楽しい思い出を作ってもらうために、僕も楽しもうとは考えてる。


 駅に辿り着き、改札へ向かうと、既に麗子が改札の中に入っていた。僕の姿を認めると、パッと明るくなって走り寄ってきた。


「お義兄ちゃん!行こう!」


 クリスマスだからだろうか?普段は恥ずかしがり屋の麗子はまるで魔法にでもかかったかのようにいつになく気分を高揚させているように見える。僕の手を取り、目的地へと向かう電車に乗った。


   ※   ※   ※


 乗り換えを含めておおよそ一時間ちょい。目的地の遊園地に近づくと、今日のクリスマスイベント目当てのお客さんで、駅の周辺は混みあっていた。その中に僕たちが交じって、入口へと向かう。冬至を過ぎたばかりなので、空はとっくに薄暗く、(あた)りはイルミネーションでキラキラと輝いていた。


「うわぁ。綺麗……」


 麗子も目をキラキラとさせて、イルミネーションを眺める。そしてスマホを取り出してカシャカシャと写真を撮った。


「ねえねえ、お義兄ちゃん。一緒に撮りましょう?」


 まだ入り口にも差し掛かっていないのだけれども、一度立ち止まり、イルミネーションを背景に、自撮りカメラで写真を撮った。麗子はすっかりハイテンションで、写真を撮るときに、僕に身体をくっつける。そして、撮った写真が綺麗に写っているか、確かめていた。


「どう?」


「うん!ちゃんと撮れてます!」


 顔をニコニコさせて、ごく自然に僕の手を取り、そして手を引きながら、入り口をくぐる。手を引かれてるので、当然僕もすぐ後ろからついていく。


 入園口の中もイルミネーションで輝いていて、広場の真ん中にはもみの木がどんと構えており、輝きを見せながら、多くの来園客に囲まれて写真を撮られていた。麗子もその一人にご多分に漏れず、カシャカシャとスマホで撮っていく。それから近くにいるお客さんに頼み、僕ら二人のツーショットを撮ってもらった。


「ありがとうございます!」


 カメラ写りを確認しながら、そのお客さんにお礼を言うと、今度はスマホの画面を僕に見せて微笑(ほほえ)む。


「どうです?綺麗に写ってると思いません?」


「ああ。ちゃんと写ってるね」


 そう言うと満面の笑みを浮かべて、その写真をお義母さんたちに共有していた。


「ふふ。夜の遊園地でツーショット写真は初めてかもしれませんね?」


 麗子の言葉に


「そうかもね」


相槌(あいづち)を打つ。


 これまで家族四人で遊園地に行くことはあったが、写真を撮るときはだいたい四人一緒だった。会話をするとき、父さんとお義母さんと僕の三人だけで話すか、僕と入れ違いで麗子が三人で話すことがほとんどで、僕ら二人だけで喋ると言うことは滅多にない。そのため、ツーショット写真は少なかったし、撮る機会があったとしても、お互いに表情が強張(こわば)ってしまうことがよくあった。


 それが今回は、自然と笑顔を浮かべることができ、自然体で写れている。普段とは違って緊張をほぐしている麗子に釣られて、自分も表情が(やわ)らいでいるみたいだ。


「ささ。ご飯、アトラクション、お買い物。やること沢山ありますからね。どんどん回っていきましょう!」


   ※   ※   ※


 僕は回る順番を麗子に任せた。


 メリーゴーランド、お化け屋敷、ジェットコースター。


 ジェットコースターでは自動撮影カメラで写真を撮られ、現像されたそれを見て、麗子が迷わず一枚買った。両手をあげてジェットコースターを楽しんでいる僕たちの姿がくっきりと写っていた。


 アトラクションの待ち時間も含めると、その三つを回るだけでも、随分と時間を食う。七時半を回っていたので、最寄りのレストランに入り、夕飯をとった。


 食事中、ついつい受験のことを聞いてしまった。すると麗子は頬をプクリと膨らませて抗議した。


「もぉ!受験勉強のこと忘れるために遊びに来てるんですからね?」


 僕は


「ごめんごめん」


と言って謝った。


「まあ、多分大丈夫かなぁとは思います」


「志望校は僕のとこだっけ?」


「はい。一緒の高校に通えるといいなって。ちょっと偏差値高めだから、心配なんですけどね」


 苦笑いを浮かべる彼女に


「僕でも受かってるんだから大丈夫だよ」


と言ってあげると、


「お義兄ちゃんは私よりも成績が悪いってことはないじゃないですかぁ!」


と再び頬をプクリと膨らませた。


「それに当日、風邪とかインフルエンザとかにかかって、思うように結果を出せないなんてこともあるかもですから、油断大敵です」


 ふん!と気合を入れるように鼻息をたてる麗子。中学校の制服を着たままの彼女のその仕草はとても可愛らしいものだった。


「来年、麗子の先輩になれること、期待してるよ」


 麗子はにっこりと微笑みながら


「はい!楽しみにしててくださいね!」


と言った。


   ※   ※   ※


 閉園時間が近づく中、最後に僕たちはショッピングをする。両親は邪魔になるからとお土産を欲していなかったので、自分たちの分だけ買うことにした。ぬいぐるみやキーホルダー、限定のお菓子など。何を買って帰ろうかと見て回ったが、男の僕も両親と同意見で、何か買ったとしてもかさばるだけのように思えてしまった。今は買い物目的というよりも、麗子とのウィンドウショッピングに価値を置いている気がする。


「ねぇ、お義兄ちゃん。このぬいぐるみとか、私の部屋に飾るの、どうでしょ?似合うと思います?」


 対する麗子は自分のお土産を買っていく気満々であるかのように棚のぬいぐるみを凝視する。僕は


「似合うんじゃない?」


と言うと、


「そっか」


と微笑みながら、そのぬいぐるみを棚に戻してしまった。続いて別のぬいぐるみを棚から取り出し、


「こっちはどうかな?」


と聞いてくる。


「そっちも似合うよ」


と応えると再びニコニコと笑みを浮かべながら棚に戻した。


「買わないの?」


「んー。買いたいんですけど。とても似合うものは何かないかなぁて。お義兄ちゃんも一緒に探してください!」


 麗子の言葉に、僕は若干面倒くささを感じていた。女の子の部屋にあうようなぬいぐるみって言うのが一体どういうものなのか想像につかなかった。余程のものでない限りは、だいたいのぬいぐるみは女の子の部屋にあう気がする。というよりも、ぬいぐるみの違いとかよさとかがあまりピンとこない。けれども麗子からしてみればその違いを非常に敏感に感じているようで、


「どれも一緒じゃん」


とは軽はずみに言えそうになかった。


 ただ、楽しそうにしている麗子の姿を見ると、自然と笑みがこぼれ出てくる。何が楽しいのかまでは共有できなくても、彼女のはしゃぐ姿を眺めているのは好きなようだった。


   ※   ※   ※


 閉園時間ぎりぎりまでお店の中に居たのに、麗子は結局何も買わなかった。ぬいぐるみもお菓子もキーホルダーも。どうして買わないのか尋ねてみると、


「また来たときに買えばいいですから」


とニコニコと微笑んでいた。


「それに買い物しなければ、お義父さんとお母さんからもらったお小遣い、そのまま繰り越せますから。あ、今言ったことお母さんたちには秘密ですよ?」


 ニシシと悪だくみを考えているかのような笑みを浮かべる。普段、恥ずかしがり屋で、大人しく、素直そうな雰囲気を見せる彼女なのに、まるでクリスマスの雰囲気に飲み込まれているかのように、目一杯はしゃいでいた。


 その様子に僕は


「分かった」


と笑いながら応える。それを聞いて麗子は満足そうにうんうんと頷いた。


 多くの来園客に交じって、僕たちは家路に就く。クリスマス・イヴだからだろう。男女二人組の姿が多く目立つ。


 ふと、隣にいる麗子の姿を見る。黒髪の僕と違って、白銀の髪を持つ義妹。周りから見れば、きっと義兄妹とは分からない。きっと周りと同じカップルに見られているかもしれない。そんなことを考えていると視線に気づいた麗子が微笑みながら顔をあげた。


「どうしました?お義兄ちゃん?」


「やっぱり今日はカップル客が多いなって」


「そうですね。クリスマスですから」


「そんなカップルの群衆の中に埋もれる僕たちは?」


「義兄妹ですね」


「ちゃんと義兄妹に見られてるかなぁ?」


「うふふ。周りの人からすれば、きっとどうでもいいんじゃないでしょうか。だって、お義兄ちゃん、隣にいるカップルが、恋人同士なのか、兄妹なのか気にします?」


「……気にしないな」


「そ。だから、私たちも気にされない。大丈夫!私たちはちゃんと義兄妹だよぉ」


 麗子はそう言いながら僕の腕に抱きついた。一番最後に普段とは違う口調で楽しそうにそう呟く麗子を見て、僕はなんだか心がポカポカと温まった。


   ※   ※   ※


 翌朝。リビングで朝食を食べていると、寝間着姿の麗子が欠伸をしながら現れた。


「おはよう」


「ッ!?お……、おはよう……ございます……」


 麗子は恥ずかしそうに縮こまりながら、僕の隣の椅子に座る。クリスマスの魔法は解けてしまったようで、いつもの恥ずかしがり屋の義妹に戻ってしまった。それは僕にとってはとても寂しいことだった。でもまぁ、相手は思春期の中学生。僕にとっての理想を押し付けるわけにはいかない。


 黙々とマーガリントーストを食べていると横から二の腕をちょんちょんと突っつかれた。犯人は勿論のこと麗子だ。どうしたのかと思いながら横を見てみれば。


「き、昨日はね……。そのね……。ありがとね……」


 もじもじしながらそう言った。


 その可愛らしい姿に思わず小さく噴き出してしまった。そんな僕を見て麗子は恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。


「わ、笑わないで……ください……」


「うん。ごめんごめん。こっちこそありがとうね。誘ってくれて」


 そう言うと、小さくコクリと頷き、お義母さんが持ってきた紅茶を小さくすすり始めた。


「またチャンスがあったら、二人でお出かけしようか?麗子は受験生だから、一緒に初詣に行く?僕の高校に入学できますようにって」


「ッ!はい!」


 満面の笑みを浮かべる僕の義妹。


 実兄妹のようにふるまうには、まだ距離が離れているけれども、そんな笑顔を時折見ることができるのなら、今の距離でも充分幸せだと感じていた。


 勿論、もっと互いに近寄りあえるのならそれに越したことはない。


 誰から見ても実の兄妹だって思われるくらいに仲良くなれるなら、本望だ。


 そのお願いを、今度の初詣のときにまとめてお願いしてしまおう。

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