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ツバメは麦畑へゆく②

家の外に出ると、多くの人がまるで蟻の大軍のように雪崩のように麦畑の方、つまり国境から離れた内地へ行こうと躍起になっていた。

カンカンカンカンと高台で甲高く鳴り響くのは鐘の音。


どこかで火事が起きているのか、煙の臭いが街中に立ちこめている。

そしてそれが微かに聞こえる悲鳴や怒号と共に私の五感を容赦なく締め付ける。




「ここまでとは…」

ニナ父さんはその様子に絶句している。



「ごめんなさい!全く気づけなくて…」


「いやツバメが謝ることじゃないよ。」


「ええ緊急事態の鐘の音を教えてなかった私達の責任でもあるのよ。」


ニナ父さんの表情と街の異様な様子を見て、ぐっすり眠っていたことに、とんでもないことをしてしまったのでは無いかと青ざめる私を二人は優しく許してくれた。


ニナも私の震える手をぎゅっと握ってニコッと天使の笑顔で私を見てくれる。


「ホントに…ホントにごめんなさい。」


「本当に気にしないで。それに鐘が鳴ったのも僕たちが知ったのもついさっきなんだ。それがなんでこんなに早く…」


そう呟いてニナ父さんは私達についてくるよう指示して、麦畑へ続く道を進んだ。


マール村に行くには、アルファンからまっすぐ続く麦畑に囲まれた大きな道の先に行く必要がある。

もちろんマール以外の多くの街が先にはあり、それを目指すため多くの人がそこへ目指して渋滞しているわけだ。


そんな群衆を見てニナ父さんははぁ…とこめかみに手をあて、ため息交じりに私達に問う。



「これは埒があかないな…裏通りの麦畑農業用の狭い小道を行こう。」




裏通りは本当に人気が無く、遠くで聞こえる喧騒と炎に照らされるレンガ造り街からは、私が今まで見てきた優しい様相をすっかり失い、どっしりと不気味に佇んでいる。


神妙な表情を浮かべながら歩いていると、前へ歩き振り返ったニナ母さんと目が合った。

 そして優しく微笑み何かを私に渡してきた。

「念のためよ。ツバメちゃんはこれを持っていなさい。」


「え、これって…」


そうニナ母さんから渡されたのは、柄に収まった30cm定規ほどの鉄の剣。

革製の鞘は所々擦りきれ、それが普段使われていないことを暗示している。


受け取った瞬間感じたずしりとした重みは、それが間違うことなき本物であることが読み取れ、思わず持つ手が震える。


包丁や彫刻刀とかなんかとは訳が違う。

人を殺すためだけに作られたものを私は今手にしているんだ。


「こんな…私無理です…」


「大丈夫、今は常駐の国兵さんたちが何とかしてくれてるから使う機会は無いわ。」


だから安心して?とニナ母さんは震える私の手を包み込むように握ってくれる。


「ま、お守りとしてはちいと大きすぎるかな?」

がっはっはぁ!と喧騒に負けない笑い声でニナ父さんが重ねて言えば、ニナ母さんもそれに首肯し同意した上で「それに…」と付け加える。


「大丈夫、ニナと貴女は私達大人が命を懸けて守るわ。」

ニナ母さんは微笑む。

前でニナ父さんもニッコリピースサインをニナと私に向ける。


「…」


心がきゅっとする。


なんで…なんでこの人達とこんな微笑みを浮かべながら言えるんだろう。

国境の街で、こういう事態がいつか起きるだろうと分かっていても怖いはずなのになんで…


その一方で私は…まるで駄目だった。

実感も湧かないしいまだにこれが夢だと思い込もうとしてる弱い自分が脳内を占拠してどこうとしない。


だってあまりにも急で…

さっきまでずっと寝てて…


そんな、そんな事態なの?


私がこんな…ちょっと前まで高校生だった私が持ったことのない武器を持たなきゃいけない位の緊急事態なの…?



何でこんないきなり…

無理だよ私は何も出来ない…



ここに来てから本当に色々と悩んだ。

何で私はこんな目にあってるのかって。

だけどこの街でニナ達に出会って一緒に過ごしてなんか私思ったより順応してるしエンジョイしてるし。

これはこれでこんな生活もいいじゃん!なんてほんわかした気持ちになれた。

元の世界に帰れる日まで、こんな日々が続いて欲しいなって思ってた。


祈るほど願ってた。

でもそれが甘かったってわけなの?


内側からくる緊張かプレッシャーか恐怖か何かで歩いてる感覚が無くなり視界も狭くなる。

動悸が激しくなる。


だから私は自らに迫る危険に気づくのが遅れた。


「危ない!!」

誰かの悲鳴に似た叫び声と頭上の巨大な衝撃音でハッと我に返る。


何かの砲撃でも受けたようにレンガの建物に風穴があき、その衝撃でそれらが崩れ始め、私達の上に降ってくる。



私は足がすくんで動けない。


動け、動けと頭で言うが体は言うことを全く聞いてくれない。


もう、ダメだ。


スローモーションに錯覚する落ちたレンガを見上げ、私は観念したように目を瞑る。



「諦めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


間際、私は凄まじい力によって前へ投げ出される。横にいたニナもニナ母さんも同様。


元いた場所に目を向けると、ニナの父が笑顔でピースサインを向けていた。

そしてその笑顔は山のような瓦礫と舞い上がる土煙によって見えなくなった。



二度と…見えなくなった。

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