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ツバメは何を望む

ニナの両親にも二つ返事でOKをもらってからの数日、私はすっかりアルファンの街に馴染んだ。


「おじちゃん!おはよー!!」


「おう!ツバメおはようさん!ちょっくら母さんと畑行ってくるからニナのこと少しよろしくな!」


「おっけー」

順風満帆で平穏な私の異世界生活。

運動部で毎日体を動かしてたからかな。

麦畑のお仕事の手伝いも、

お洗濯も、

ニナとの遊びも、

市場への買い出しも、

アルファンでの生活全てを苦もなくめっちゃ楽しく新鮮な気持ちで臨めた。


ほんと毎日がスペシャルって感じ。

チート能力が無くても、むしろそれが私と彼らアルファンの人達との距離を縮めてくれてるし、いい人生を謳歌してる自信もある。


特に私はニナと広場で遊ぶのが楽しかった。

広場は市場を開催していなくても人通りは多く賑やかななままだった。それに結構私みたいな…てか私は違うけど旅芸人さんもアルファンを訪れるみたい。


あ、そうそう。

旅芸人といえば不思議な人に出会った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


つい昨日、私はニナ一家と一緒に広場に来ていた。


何やら有名な旅芸人が来る、ということらしくて私達が来たときには広場は街中の人でいっぱいだった。

用意されたステージは遥か前方で、こんなに人がいたら150数㎝の私では確認することがまあ出来ない。


バスケやってても伸びないものは伸びないのだ。


因みにニナはニナ父さんに肩車してもらっているので得意気にステージを見ている。



「何来るのー?」


「スッゴい綺麗な人が来るんだって!」


「なんせあの大都市メトロポリスで満員御礼の大喝采を浴びたらしいぜ!」


「おいもしかしてそれって“舞姫カグラ”じゃないか?」


「そうそれだよその人!」


「でもなんでこんな街に来たんだろうな?」


「なんでも各地を転々と回ってるって話だぜ?」


広場中『舞姫カグラ』と呼ばれる女性の話で持ちきりだった。


サーカスみたいな感じなの?と聞けば

「いや、もっと華麗で綺麗で美しい!」

とニナ母さんの冷たい視線横目にキラキラしながら答えるニナ父さんを見ればまあ期待値が高いんだろうなって思う。


と次の瞬間、広場ざわめきから歓声へ変化した後すぐに静寂が訪れ、フルートのような笛美しい音色がアルファンに響きだした。

周りの人達は皆ステージに釘付け。ニナさえ目を宝石みたいにキラキラさせて食い入るようにステージを見ている。


え、ちょっと私も見たいんですけど!


「いよいいいっっしょ…」


ヒョイっと必死に人の隙間からこれでもかというほど背伸びして。爪先立ちでようやく拝めた。


超絶美女がそこにいた。

色鮮やかな衣装を身に纏い、長く艶やかな黒髪が動きと共にしゃなりしゃなりと華麗に揺れる。

そして美しいボディラインから織り成される綺麗な舞は私の視線を捉えて逃さない。

指先から足の先まで神経が行き通った舞姫カグラの踊りは、ほんの数秒で広場をたちまち魅了したみたい。


「やっば…やっば…」


おっと、何かあるとすぐに「やばい」と言ってしまう日本人の悪い癖が出てしまいやした。

まあそんなことこの際どうだっていい。

あんな女性になりたいと心から思うくらい一つ一つの所作が美しくてすごかった。


まあ勿論それも貴重な体験だったんだけど…問題はその後だった。


舞姫カグラ率いる一座の団体は、披露した後すぐに人混みを真っ二つに割き、その道を通り広場を後にした。

そしてその際私の前を横切った、その時だった。



「あら?貴女は―――――ここの人達と違うようね。」

ほんの一瞬だが彼女の瞳が私だけを捉え、そう呟いた。


「え」


気のせいだろうか。

瞳の奥には華やかさとはほど遠い仄かに薄暗い炎が灯っていた気がした。



はい回想終わり!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



なんて経験もした。ちょっと不思議でしょ?



「ツバメおねーちゃん!ごはんだってー!」


「はーい!」


物思い耽りながら家の前で空をぼんやりと眺めていたのも束の間、ニナに呼び出されてしまった。


快く貸してもらった服を着て、こうして私は新天地で日々を楽しく過ごしている。

また芸人に間違われるのはホントゴメンなので、セーラー服はポイっとしてシュッと畳んでペイっとしまってある。



ただ、生活は楽しいけど心残りはあったりする。

変にチキッてしまい、私は未だに別の世界から来たことを誰にも話せてない。

別に話したところで拒絶されるとは思わないけど、でもやっぱ怖さがある。

この平穏が少しでも消えてしまうのが怖い。

それくらい思いの外この暮らしを私はエンジョイしている。




そんな思いとは裏腹に街に長くいるだけ嫌な話も耳にしていた。


「どうやら近くの街が国兵たちの進軍の通り道になったみたいだね。」


夕飯の食卓でニナのお父さんからそんな話を聞いた。


「やっぱり魔の国…とですか?」


「そうだね。」


(つるぎ)の国』

アルファンではこの国はそう呼ばれていた。


数年前から剣の国は隣国の『魔の国』と諍いが起こり始め、現在は今にも戦争が始まりそうな嫌な空気が国全体を覆い、燻り始めているという。


何が原因で仲違いしたかとかも気にはなるけど、ニナ一家というか一介の国民が知るよしも無いらしい。

ただただ私達は何も出来ず、ひたすら上の采配に振り回されるだけなのはどこも同じだね。


「怖いですね」

思ったことをそのまま呟く。


「うん、ホントに怖い。そうなればここアルファンも他人事では済まされなくなるからね」


ニナ父さんは沈んだ表情で、ニナ母さんが入れてくれた食後のコーヒーを一口すすった。


そう、アルファンは剣の国と魔の国の国境に位置する街。


私も時々物騒な姿をした兵士が街を歩く姿を見かけたし、武具を商品として携え市場を闊歩する商人を何人も見かけた。

人通りが多い国境の街だからこそ、何となく穏やかな雰囲気にまじって黒々としたイヤーな空気が微かに香る。

ここ数日そんなモヤモヤをずっと私は感じている。


「ま!もし戦争が始まれば親戚がいるマール村に越せばいいさ!」

私とニナ母さんの暗い表情を見てか、突然朗らかな大声でガッハッハとニナ父さんが笑いだした。


「がっはっは!」

多分話が分かってなかった隣のニナもニナ父さんの真似をしてる。


―――天使かな。



「さあさあ!もう寝よう!明日も朝早いぞ!」

おっきな欠伸と伸びをしてニナ父さんは立ち上がり、ニナを抱えて鼻歌交じりに寝室へ向かった。


「そうね、ツバメちゃんももう寝ましょ?」

ニナ母さんもニッコリ微笑んで私を誘い共に寝室へと向かう。


本当に優しい家族に出会えた。


ニナ一家だけじゃない。


パン兄さんも。おじいさんおばあさんも。芸を所望してくる市場の人達も。


皆みんな本当に優しい。




床につき、窓から見える夜空を見る。


日本にいたときと何ら変わらずここの空も吸い込まれるほど青く、太陽が昇っては沈んでゆく。

そして月が幾多に瞬く星と共に夜を優しく照らすのだ。


そう、日本といたときと変わらない平穏。



だから私は布団を被って目を閉じる前、毎日天を――祈るのだ。



――――この平穏がずっと続きますようにと。








しかし今夜、私は知ることになった。



この世界が、いかに残酷であることを。



物語が、動き始めたことを。








結論から言おう。


私が過ごした街は、一夜にして焼け野原と化した。

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