第二話 遅すぎる春
目を覚ますと同時に、横に置いてある日記を手に取った。
そこには、今日から学校に行くことになったのだと、サラっと重大なことが書いてあった。
朝に読む習慣をつけておいて良かったと心から思いながら、制服に手を掛ける。
さて、どう自己紹介したものか。
リビングに行くと、そこには朝食が並べられていた。
両親も、今日は来亜の日だと知っているのだろう。挨拶もしない。
(まあ、仕方ないか)
"莉乃の"両親にとって、自分は娘の癌を治すのを邪魔する障害であり、娘の時間を半分も奪った忌まわしき人格なのだ。
まともに相手してもらえるなんて思っていない。
「······行ってきます」
呟くような小さな声を残して家を出る。
学校までの道のりは日記に書いてあった。
莉乃には友達がいる。
しかし、自分にはいない。
彼女の友人にどう接したものか。
その考えばかりが渦巻いていた。
(······どうしよう)
校門付近で、先生に声をかけられた。
聞けばその先生は担任で、教室まで案内してくれるらしい。
担任の藤城先生は、僕らの事情を知っているらしかった。
廊下からでも教室内の先生の声が聞こえる。
クラスが一瞬騒がしくなったので、僕が復活することが伝えられたのだろう。
やがて、僕―――というより莉乃を呼ぶ声がした。
戸を勢いよく開け、教室へと足を踏み入れる。
「皆さんお久しぶりです赤城莉乃です。色々あって今日から復活ですっ!これからもよろしくお願いしまーっす!」
莉乃っぽく元気にやってみた。
教室の様子を見る限り、成功だ。
――――僕こんなキャラじゃないんだけど。
僕の存在が知られるのは色々と不味いので、僕が表に出ている日は莉乃を演じることにしている。
幸いにも僕は莉乃から生まれた――元々は莉乃だった――ので演じるのに大して問題はない。
莉乃と来亜の学校生活は少し遅れてスタートした。
今日は五月下旬。僕らの遅すぎる春は、ようやく日の目を浴びたのだった。