九話
小石が水を切り、向こう岸の川原へとたどり着いた。
通りかかった自転車の男が足を止め、ほうと感嘆のため息をついた。
「すごいね」
その言葉に、石を投げた少年ではなく、隣にいる彼の同級生が、興奮した声を男に返す。傍にいる白犬は、ぱたぱたと尻尾を振っている。
「すごいだろ!」
自転車を止め、川原に降り、男も鑑賞に加わった。彼は、きゅっと唇を引き結び、対岸に視線をやると、小石を滑らかな手つきで川に放った。水の上を駆けるように小石が跳ね、向こうの地面へ飛び上がる。
それを賞賛する彼の同級生が帰った後も、男はいつもの様に、川原に腰を下ろして、彼に尋ねた。
「さっきの子は、友だちかい」
ぽちゃんと、水面に波紋が浮く。
「……クラスの」
緩む頬を隠すように、少年は犬の頭を撫でて、男を視線で振り返った。
「……教えてくれって。水切り」
短く言うと、彼は屈んで平らな石を探す。犬も真似るように周囲の小石に鼻を近づけ、男は腰を上げて伸びをした。
「きみは、上手だからね」
その台詞を受けた少年は、夕日の赤を受けて、困ったような笑みを見せた。人に見せる笑顔というものに、慣れてはいないが、嬉しいという感情がそこにある印だった。
「弟に、会った」
片膝をつき、犬の首元の毛皮を撫でてやり、少年が言葉を空気に溶かす。
「あいつ、恨んでなんかなかった」
犬の額に、自分の額をくっつける。
あれから、去年の秋に、川の上流で行方不明になっている人がいるというのを、彼は両親に聞いて知った。その人は、寂しくて仕方なくて、誰かに見つけて欲しいと思っていることを彼はよく知っていたので、山で詰んだ花で花束を作り、家の前の橋から川へ投げ、手を合わせた。どうか、悲しい人が、生まれませんように。悲しい人は、もう、悲しい目に遭いませんように、と。
影の気配は、もうどこにもない。それと同時に、弟の気配も。犬がどこかを見て嬉しそうに尾を振ることもなくなった。だが、よく知っている。弟は、今も自分と一緒にいる、どれだけ時間が経っても、辛く苦しいことがあっても、弟は、ともは、同じものを見てくれているのだと。
「優しい子だったんだろう」
男の言葉に、少年は頷いた。
「もう、大丈夫」
そして少年は水を切る。弟が、傍にいるあの子が喜ぶように。
観客の声に、彼は、まだ上手ではない笑顔を向ける。だが、それらは、これから練習していけばいいのだ。幸福は、これから一緒に見つけたらいい。
夕日が彼らの影を長く伸ばす。少年は、水を切る。白犬は、嬉しそうに周りを駆けている。変わらない日々、変わらない幸せが、映えている。




