六話
毎晩、床の軋む音で目が覚めた。廊下の隅は水浸しになった。影だけがゆらりと揺らめいた。小さな音を立て、弟の位牌が倒れる。命日まで、あと五日。
その五日で、弟は自分を連れて行くつもりなのかもしれない。少年は毎晩布団の中で考え、震えながら、何度も何度も足音に謝る。死ぬのはやっぱり怖い。どんな苦しい思いをするのか、どれだけ怖いのか。想像もできないほど恐ろしくて、奥歯が鳴ってしまう。
ある晩も、なかなか寝付けないでいると、階下から足音が聞こえた。
ぎい。ぎっ……。ぎい。
階段を、一段ずつ歩いてくる。少年はじっと、布団の中で小さくなり、息を殺す。いつものように、廊下を歩きまわる足音を聞く。
ぎいい。
少し違う音。彼はすぐに、頭を向けている扉が開く音だと勘づいた。
ざっ。ざっ……。
畳を、すり足で歩く音が聞こえる。
血の気が引いた。あれが部屋に入ってくることなど、これまで一度もなかったのに。
横を向いたまま動けずにいると、足音は頭の方で歩き回る。
ざっ……ざ。ざざ……。
心臓が早鐘のように鳴る。聞こえてしまうのではと、止めたくなるほど。誰かがすり足で歩き回っている。誰か、わかっている、あの子だ、弟だ。
彼は、頭の中で何度も何度も謝った。恐怖が頭のてっぺんからつま先までを冷たく冷やしていく。怖い。この部屋で、命のない弟の影と二人きりでいることが、途方もなく恐ろしい。
ごめん、ごめん。生きててごめんなさい。助けなくて、助けられなくて、ひとり、自分が生き残ってしまって。本当にごめんなさい。
足音が止んだ。ぴたりと、火が消えるように、途端消えてしまった。
それでも動けないまま、少しだけ体の力を抜いた。
ぴとりと、冷たいものが頬に触れる。垂れてくる。水だ。
目だけを動かして、天井の方を見た。
黒い影が、自分の顔を上から覗き込んでいた。たちまちぼたぼたと雨のように、影から水が降ってきた。
その冷たさに濡れながら、彼は気を失った。
目が覚め、枕元がぐっしょりと濡れているのを見て、全ては夢ではないのだと知った。




