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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 8 残党狩り  作者: 石渡正佳
ファイル8 残党狩り
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奇跡の記録

 Uターンゲリラの地域が拡大し、これまでは不法投棄に適した谷津がなかった犬咬市の水田地域にもゲリラ事件が頻発した。伊刈のチーム四人は調査しながら撤去し、撤去しながら調査する八面六臂の多忙さとなった。一現場に時間はかけられず、調査開始から原因者究明、撤去まで一週間というスピード解決を図った。伊刈たちはゲリラ現場撤去率百パーセントという奇跡の記録を続けた。まさに鉄壁の迎撃ミサイル防衛網だった。チームをリードする伊刈はこれぞ獅子奮迅の働きだった。

 おもしろい現象が同時に起こっていた。違法な穴の捨て料が上昇を始めていたのだ。二万五千円を維持してきた県内の不法投棄の相場は三万円、三万五千円、四万円とじりじり上昇し、ついに五万円を超えた。流出元から一発屋のダンプが受け取る処分代は十万円で横ばいだったから、一発屋運転手の手取りが減って不法投棄のうまみが薄くなった。相場の上昇は捨て料のかからない捨て逃げゲリラに拍車をかける一因となっていた。

 照稲町の不法投棄はまだ続いているのか役場の向後課長からまた通報があった。

 「今度は枯草沼で不法投棄なんだよ。鳥撃ちが見つけたんだ。ムリを承知であと一回だけ頼まれてくれないかね」

 「しかたないですね」

 伊刈は長嶋を連れて現地に向かった。枯草沼は野鴨猟のシーズンに大勢のハンターが訪れる周囲数キロの湿地帯だった。

 「いったいどうなってんでしょう」向後課長が心配そうに尋ねた。

 「大丈夫ですよ。もともとこの町は不法投棄の適地じゃないんだから長続きはしないと思います。もうちょっとの辛抱で沈静化しますよ」伊刈が楽天的な観測を述べた。

 「そうだといいけど」

 「とにかく調査に集中しましょう」

 枯草沼はかつてはため池として維持されてきたが、農業用水が整備されてからは水利の管理がおろそかになり、今はほとんど干上がって葦が生育する湿地帯になってしまった。それが野鴨の格好の営巣地になっていた。

 向後課長の車の先導で現場に向かうと、沼のほとりの未舗装の農道のど真ん中にダンプ二台分の産廃がゲリラ投棄されていた。どちらも建設系の廃材のようだった。伊刈と長嶋の到着を役場の担当者が待っていた。伊刈の指示でさっそく調査が始まった。潮干狩りの熊手を貸してあげると便利だと歓声が上がった。ダンプ三台九十立方メートルの産廃はたちまち掘り崩されて平らになった。収集した証拠の調査方法は伝授済みだったので伊刈と長嶋は役場に任せて引き上げた。

 「伊刈さん、やっと調査が終わったよ」二日後、向後課長が伊刈に連絡してきた。

 「撤去させられそうな感じですか」

 「それがなかなか大物がかかってね」

 「大物とは?」

 「大手のハウスメーカーだよ。オザワホーム、長門ハウジング、白鳥建設といった社名が出たんだ」

 「確かに大手ばかりですね」

 「オザワホームの課長がね、これから現場まで来るっていうんだ。立ち会ってくれないかね」

 「今からですか」

 「頼むよ。地元の土建屋ならいんだけど、ああいう大手は俺は苦手なんだよ」

 「しょうがないですね。ほんとに今回かぎりですよ」

 伊刈は一人で照稲役場に向かい、オザワホームの西山課長と面会した。年齢は四十代前半、いかにも大企業の中堅エリートといった印象だった。

 「当社の責任で片付けさせていただきたいと思います」西山は開口一番、無条件で撤去を申し出た。産廃業者でも大企業でも撤去することで一日も早く幕引きを図りたい気持ちは同じだった。

 「オザワホームが不法投棄したのではないですから調査に協力してくれるだけでいいと思いますよ」伊刈は勝手に申し出を辞退してしまった。

 「とおっしゃいますと」西山課長は首をかしげた。

 「片付けてくれればこの現場はきれいになりますが、棄てた業者を特定して撤去させないと再発防止効果がありませんよ。調査が終わるまで待っていてください」

 「それはそうですが棄てた業者がわかるんですか」西山は狐につままれたような顔をした。

 「おい伊刈さん、そんなに安請け合いして大丈夫なのかい」町の向後課長が横から口を挟んだ。

 「しっかりした大企業の証拠が三社分も出ているんですから共通の産廃業者を特定するのは容易ですよ」

 「それはそうだけどよ、せっかく片してくれると言ってんだからお言葉に甘えたらどうだい」

 「今回はそれでいいでしょうけれど、またやられますよ」

 「それは困るな」

 「だったらちゃんと棄てた業者を特定しないと」

 「それは理屈だけどよ」

 「西山さん一週間待ってください。それで解決できると思います」

 「わかりました。そうおっしゃるのならご連絡をお待ちします」撤去しなくてよいと予想外の指導を受けた西山は煮え切らない様子で役場を後にした。西山にとって役所でこんな待遇を受けたのは初めてのことだった。いつもはハウスメーカーの管理がずさんだから悪いんだと頭ごなしにしかられるのだ。

 照庭町役場職員の独力の調査で枯草沼に不法投棄した業者が特定された。伊刈の期待どおりだった。犯人は照稲町の隣町の八鹿市のダンプ運転手だった。地元のダンプでは逃げも隠れもできない。運転手の押切は役場の指導に従ってすぐに現場を撤去した。

 「すごいねえ。ほんとにあんたはプロだね」向後課長が心底感服したように伊刈に言った。

 「違いますよ。役場のみなさんが全部調べたんですよ」伊刈はガラになく謙遜した。

 「あんたがいなけりゃムリだったよ」

 「今までは県外ダンプが多かったのに今度は地元のダンプでしたね。ゲリラにも変化が出てるようです。県外ダンプが撤収し、ほかに行き場のない地元ダンプが取り残されているんですよ」

 「それじゃあまだ不法投棄が続くのか」

 「押切が撤去させられたことはもう地元に知れ渡ってます。とくに照稲は調査が厳しいって事も地元の噂になってますよ。だからたぶんもうやられませんよ」

 「ほんとか」

 「またやられたとしても手抜きをせずにやった業者をちゃんと特定して指導していれば犬咬みたいになることはありませんよ」

 「犬咬は指導が温かったってことか」

 「ええそうだと思いますよ。市ではなく県が担当している時代に悪くしてしまったんです。最初が一番大事なんですよ」

 撤去完了の報告を受けたオザワホームの西山がぜひ伊刈に会いたいと照庭役場ではなく犬咬の環境事務所にやってきた。一件落着したのだから来なくていいのに大企業は律儀なものだと思った。

 「正直当社の工事で出した解体物が不法投棄現場で発見され行政に呼び出されたことは初めてではございません。しかし撤去しなくていいと指導されたのは初めてです。しかもこんなに早く犯人がわかって撤去が終わったのも初めなんです。つくづく感心しました」

 「簡単なことですよ。一つの証拠だけではどこかで偶然混ざっただけだと産廃業者は否認します。でも多数の証拠から複数のルートを追っていくと途中でルートが一つに収束するポイントが浮かび上がってきます。複数の場所から排出された無関係な廃棄物がどこで一台のダンプに荷合わせされたのか答えは明らかです。複数のルートが交差するところが不法投棄ルートへの流出ポイントなんです。今回は証拠が多かったですし大企業のものが主体だったので流出ポイントを特定するのは簡単でしたよ」

 「すごいですね」西山は伊刈の説明になおさらびっくりした。「どうして今までみなさんそれをやらなかったんでしょうか。難しいことなんですか」

 「誰だってできます。今回だって調査したのは役場ですよ。私はやり方を教えただけです。今からだって遅くないです。みんなでやればいいんですよ」

 「証拠からルートの交差するポイントを追っていくのはまるで松本清朝の点と線の論法ですね。こんな話は私だけで聞くのはもったいないです。住宅団体の会合でお話ししてもらうことはできませんか」

 「かまいかせんけど」

 「それじゃ、ぜひお願いします」西山は伊刈の手腕を何度も賞賛して帰った。

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