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産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 8 残党狩り  作者: 石渡正佳
ファイル8 残党狩り
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化石採取

 「遠鐘さん、先生をやってくれないか」パトロールのさなか伊刈が思いついたように言った。

 「え、なんの先生ですか」遠鐘がびっくりしたように伊刈を見た。

 「化石採集の講師だよ」

 「どうしてですか。古生物学に目覚めちゃいましたか」

 「証拠収集の訓練だよ」

 「は?」

 「遠鐘さんが証拠発見率が高いのは化石探しの経験があるからでしょう」

 「そんなことはないと思いますけど」

 「謙遜しなくたっていいよ。管内で化石を探すとしたらどこがいいかな」

 「本気ですか」

 「もちろん」

 「だったらいろいろありますよ。たとえば長渡漁港ってご存知ですか」

 「知ってるよ。イルカウォッチングの観光船が出てるとこだろう」

 「漁港の北側の岩礁にけっこう落ちてますよ」

 「化石が落ちてるの」

 「そうです。路頭とか掘るより効率的ですし安全ですよ」

 「どんな化石?」

 「サメの歯とか結構ありますね。きれいなやつなら五千円くらいで売れますよ」

 「すごい。あとはどんなのがあるの」

 「う~ん、たぶんアンモナイトとかありますね」

 「そんな古い地層なの」

 「あのへんの岩礁は更新世の百万年前くらいの砂岩と礫岩ですね」

 「アンモナイトは中生代だろう」

 「礫の中にアンモナイトが入ってるんです」

 「化石が礫になって堆積してまた岩になったってこと」

 「そうです。さすがですね。それを何度か繰り返してるんで、礫の中に古い化石があるんですよ」

 「アンモナイトはいくらで売れるかな」

 「たぶんいいのがないでしょうね。ちょっとでも欠けてると売れませんよ。どっちみちアンモナイトは珍しくないんです。アサリにみたいにいちばんありふれた指標的な生物ですから」

 「いつやろうか」

 「引き潮のときがいいですよ。時間調べておきます」

 「なるほど、やっぱり専門家だなあ」

 二日後の水曜日は格好の化石採取日和だった。しかも昼時から引き潮だった。伊刈のチームは早いランチを食べたあと半日だけ現場調査を休んでサメの歯が落ちているという岩礁に向かった。いまは侵食によって海没してしまったが、かつて犬が波を咬んでいるように見える岩があったという犬咬岬の灯台が北に見えた。県道沿いの駐車場から灯台まで仲見世風に立ち並ぶお土産屋は、かつて首都圏有数の観光地として繁盛していたころの名残を辛うじてまだとどめていた。岬から海岸沿いに立ち並ぶホテル群を振り返ると日本の未来の発展を信じて疑わなかった高度経済成長期の夢にタイムスリップしたような錯覚に陥った。このあたりの海岸線は三十度傾いた硬い地層が太平洋の荒波に削られて複雑な岩礁になっていた。海底にも複雑な岩礁が続いているため漁船が近付けない難所だった。そのおかげで海底の生態系は豊富だった。ところどころに洗濯岩と呼ばれる平らに洗われた岩があって、侵食面がのこぎりの歯のようにギザギザしていた。そこから化石を含んだ礫がこぼれ落ちるのだ。

 「結構ありますね、これがサメの歯ですよ」遠鐘はいきなり足元の白い破片を拾い上げた。ちょっと目には貝殻にしか見えなかった。言われて見れば鋭い歯にも見えた。

 「半かけなんで売れませんけどいちおいうとっておきますね」遠鐘はサメの歯の破片をポケットにしまった。

 「古いものなの」

 「いいえ何万年とか、そのレベルだと思います」

 「それじゃ化石じゃなくて骨だね」

 「そうですよ。ああこれアンモナイトだ」遠鐘は足元の石ころを拾い上げた。伊刈にはどう見てもただの石ころだった。

 「見ててください」遠鐘は化石採集にかかせない専用のハンマーで手の中の石ころを叩き割った。見事に真っ二つに割れた。

 「ほら、これです」伊刈が石ころの割れ目を覗き込むと確かにアンモナイトの模様が見えた。

 「これは一億年クラスです」

 「すごい」

 「こんなの珍しくないですから」遠鐘はアンモナイトが入った石ころを棄ててしまった。

 「僕にはムリそうだ」

 「慣れたらすぐわかるようになりますよ」

 「遠鐘さ~ん」波打ち際から喜多が遠鐘を呼んだ。何か見つけたらしかった。

 化石採集の言いだしっぺだった伊刈は早くも諦めてしまって適当な岩を選んで座りこんだ。季節は春なのに海は冷え切っていて、何もしないでいるとたちまち凍えてきた。足元にはなまこの死骸が落ちていた。よく見るといろんな生物がうごめいていた。大西敦子を連れてきたら化石ではなく生きている生物の話を聞けたかもしれないと思った。三時間ほど化石探しを続けていると潮がまた満ちてきた。ときどき大波がきて足元を洗うようになった。

 「引き上げようか」伊刈が号令した。

 収穫はサメの歯の破片が三枚だった。売り物になる完全なものは一枚もなかった。

 「この一番きれいなのは穴を空けて皮ヒモを通したら立派なペンダントになりますよ。喜多さんが見つけたんですから彼女にプレゼントしてはどうですか」無骨な遠鐘にしてはしゃれたことを言うなと伊刈は思った。

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