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最強制圧スキル『無限に臭くなれる』を得て異世界召喚された俺は、争いに満ち溢れたこの世界で戦場を浄化《臭く》していく

作者: 三上仁詩季

初短編になります。楽しんでいただけたら幸いです。

 魔国領、最果ての地――


 草木も枯れ果てた死の大地と呼ぶに相応しい荒野の一帯に、殺意の塊と化した二つの軍勢が、互いを牽制するように相対していた。


 漆黒の鎧にその身を包んだ禍々しき黒の軍勢、その最奥から禍々しい瘴気を身に纏った美丈夫が腕を振るうと、黒の軍勢は左右に割れるように統率の取れた動きで一本の道を開ける。

 黒染めの人波の奥から姿を表したその男は正に魔王と呼ぶに相応しき圧倒的な存在感とプレッシャーを放ちながら、睨み合いを続ける両軍の中間地点まで歩みを進めるとゆっくりと口を開いた。


「この戦が始まれば最早引き返す事は叶わぬ。人間か魔族か、どちらか一方の種族が滅び消え去るまで血の雨は止まぬであろう! それでも引き返す気は無いか? 人間の勇者よ!!」


 対するは白の軍勢、人間軍最高指揮官にして人類最強の男、精霊と契約を交わし神の祝福を授かり邪竜すらも滅した人類の至宝、その身を聖なるオーラに包んだ白銀の騎士が、ざわめき立つ自軍を制して単身魔王の元へと歩み出る。


「抜かすが良い、滅びるのは貴様等魔族と決まっている。その身から放つ瘴気によって世界の三分の一を死の大地へと変えた忌まわしき種族よ。今日、この日を以て歴史上からその名を消し去り、人類復興の礎としてくれる!」


「成る程、今まで殺し合うばかりで禄に話し合い等した事が無かったが、貴様等愚かなる人間共は、自らの祖先が研究と称して死滅させたこの大地の責任と罪までを、我々魔族に擦り付けて戦争を仕掛けてくるか」



 勇者と呼ばれた白銀の騎士、アダルはその美しい顔立ちを怒りに歪ませながら「何を世迷言を……」と吐き捨てて魔王を睨みつける。


「大方死滅したと見限って我ら魔族を迫害し追いやったこの地が、この数百年の時を経て僅かながら息を吹き替えし緑が芽生え始めた事に目ざとく感づいて、大義名分の元全てを奪い尽くそうと浅知恵を働かせたといった所か……良いだろう、最早救いようの無いその蒙昧なる愚劣さ、人間という種族の滅びを以て救済としてくれよう!」


 両者の間に緊張が走る。魔王と勇者が互いにその腰に下げた魔剣と聖剣に手を掛けた。


 人間と魔族、永きに渡る憎しみの連鎖が複雑に絡まった両種族、その命運を掛けた最終戦争の火蓋が切って落とされる。誰もがそう思い固唾を呑んだその瞬間――――



「な、何者……ぐあああああッッッ!」


「た、助けッ! ぎゃあああああ!」


「「「う、うっぷ……ウォロロロロロロロ――」」」


 ――魔王軍と人間軍、荒野を挟んで遥か数キロ先まで展開し、睨み合いを続けていたその陣形の片翼先端地域にて()()()()の兵士達の間に恐怖と混乱に満ちた悲鳴が響き渡っていた。


「おのれ! 謀ったか魔王め!!」


 勇者アダルは聖剣を抜き怒りの形相で魔王に斬りかかる。


「違う、我が軍も襲われている。何者かが介入しておるのだ。竜族か、はたまた神族か……おのれ無粋な真似を」


 迫り来る聖剣を己の魔剣で払い除けながら、魔王ヴィデオは忌々しげに呟くのだった。


 勇者と魔王がその剣を交えてしまった――開戦の合図となる一合が交わされた事により、両軍は交戦状態へと移行していく。


 開戦されたが最後、どちらかの種族が滅びを迎えるまで止まる事の無い、終末戦争の火蓋が切って落とされた――


 筈だった――


「ククク……この人魔大戦最終決戦に介入して来るとは酔狂にも程があるわ。我こそはこの戦争において、魔王軍最右部隊翼指揮官を命じられし凶魔四天王が一人、“鉄仮面”のアスト……ヴォロロロロロロロロロ――!」


 だがしかし――――


「フンッ、アストロンがやられたようだな。しかし! 奴は四天王の中でも最弱!! どこの馬の骨とも知れぬ介入者如きに敗れるとは魔王軍の恥晒しよ! この我輩、“氷河鬼”アセアゲス様が冥府へと送って差し上げ、ゲボボボボボボボボボッ!!」


 憎悪の油を注がれた戦火の灯火は――


「お主、見たところ人間の様子。四天王を二人も始末してくれるとは頼もしい働きよ。儂は勇者の仲間の一人、”大賢者”ワイズマン。さあ人の子よ、共に戦お……オエェェェエエエエエ」


 瞬く間に鎮火され戦場を鎮めていくのだった――――


「お、おのれぇええ! 師匠の敵!! 我こそはワイズマンが一番弟子にして勇者アダルが親友。”魔導王”サイト! いざ尋常にッ――――」(バタリ)


 ()()()()()の男の出現によって――――――



 ◇



「先の事は案じず眠れ……この戦争――俺が救い(臭い)をくれてやろう――――」


 俺、大阿久(おおあく)秀也(しゅうや)は屍累々といった様子の戦場を我が物顔で闊歩していた。ちなみに屍累々と表現はしたモノの、コイツ等は誰一人殺していない。

 俺の特別なスキル、その効果の影響を受けて一時的に気を失っているだけだ。殺すとウチのお姫様が悲しむもんでな。


「全くどいつもこいつも……勝手に名乗りを上げるなり俺に一言も喋らせないまま気を失いやがって……」


 目の前では人類軍の戦士が剣を振り被ってこちらに走り出しては崩れ落ちている。

 遠くに目を向けてみれば魔王軍の魔法使いが遠距離から魔法を詠唱しようと、大きく息を吸っては嘔吐して意識を失う。


「あのお姫様も無茶言うぜ。たった一人でこの戦争に赴いて戦争を止めてきてほしい。だなんてよ――」


 魔法の圧倒的威力、範囲、命中率にその立場を剥奪されて戦史の表舞台から、弓矢という物理飛び道具が失われたこの剣と魔法の世界において――


「分かっている、分かっているんだ。俺なら()()も可能だって事は……だけどよぉ――」


 ――この俺が異世界召喚と同時に授かった体質、『無限に臭くなれる』という祝福(呪い)は紛れもなく最強不殺の制圧スキルだった――


「――俺だって傷付くんだよぉおおおおッッッ!!」


 

 秀也の魂の叫びが荒野に反響する――――



 ◇



 高校一年の春、新しい生活の始まりを予感させる桜舞い散るこの季節、この俺、大阿久秀也(おおあくしゅうや)もまた、名も知らぬモブキャラの新入生達と同様に、これから始まる高校生活という三年間の青春を前に心躍らせる何処にでも居る普通の高校生の一人だった。


「なあ秀也、部活はどうする? 俺はキメたぜ。テニス部に入部して青春の三年間を謳歌するんだ!」


「僕は断然バイト派だな。お洒落な喫茶店でバイトを始めてお金を貯めながら年上のバイトの先輩と恋に落ちるんだ!」


 放課後のチャイムが鳴り響く教室の中、窓際列後ろから二番目の席に座る俺の元に、中学時代からの腐れ縁、親友(バカ)二人がやって来て話しかけてくる。


「秀也は当然部活だよな? 俺と一緒に甲子園を目指そうぜ!」


 それは野球だ馬鹿め、テニスの全国大会は甲子園球場では行われない。


「何言ってるんだよ。秀也は俺とバイトでエッチな美人な年上のお姉さんとお知り合いになるんだ!」


 勝手に決めるんじゃない……というかバイト先で知り合う年上のお姉さんが皆エッチで美人だとでも思っているのかコイツは。


「「さぁ! 秀也のご注文は、どっち!?」」


「勝手に二択にするんじゃない。俺はまだ決め兼ねてるよ。大体まだ部活だって体験入部期間、バイトに至っては許可が出るのは一学期の期末テストが終わってからって話だったろうが」


 俺は溜息混じりに席を立つと二人を置いて歩き始めた。


「あれ? 秀也どこ行くの?」


「どうせ暇なんだろ? ゲーセン付き合えよ、ゲーセン」


 呼び止める二人の声に振り向くと、俺は一言返事をするのだった。


「悪いな、今日は()()()()()があるんだ」


 そういって不満を垂れる友人二名を教室に置き去りにすると、俺は足早に学校を後にするのだった。


 大事な予定――そう、今日は期待の新作ギャルゲーム『異世界☆メモリアル~何処にでもいる普通の男子高校生な俺が異世界召喚されてハーレム築いちゃいました~』の発売日なのだ。


 中学時代からの親友二人にも隠し通している秘密――そう、この俺大阿久秀也(おおあくしゅうや)は所謂隠れオタクだったのだ。



「有難うございました――」


 贔屓にしているゲームショップで新作ギャルゲー『異世界☆メモリアル~何処にでもいる普通の男子高校生な俺が異世界召喚されてハーレム築いちゃいました~』を購入する事に成功した俺は、手に入れたばかりの新作ソフトを大切な宝物を抱えるようにして帰路に着くのだった。


 待ちに待った新作だ。俺は帰り道、『異世界☆メモリアル~何処にでもいる普通の男子高校生な俺が異世界召喚されてハーレム築いちゃいました~』を袋から出して手に取ると、歩きスマホもビックリの集中力で食い入る様にパッケージ裏を見つめながら歩いていた。


「楽しみだな~『異世☆メモ』! 発表からずっと待ってたもんなー。有名絵師に超豪華声優陣、今夜は徹夜だぜー」


 本当に、本当に楽しみだったのだ。この時の俺の視界は100%否、心さえも120%『異世☆メモ』のパッケージに奪われていた。


 だから気が付かなかったんだ……俺の歩く進路先の地面が、見た事も無いほど神秘的な青白い光に包まれていた事に――


 その光の中心部に、如何にも怪しげな魔法陣が浮かび上がっていた事にも――――



 ◇



「やりました! 異世界召喚の術……成功です!」


「伝説の異世界召喚、本当に成功させるとは……」


「一体どれ程強力な祝福を授かっているというのだ……想像も付かん……」


 喧騒とした辺りの様子に気が付き目を覚ますと、俺は見知らぬ神殿の様な場所に寝かされていた。

 身体を起こして辺りを見回すと、神秘的な雰囲気を醸し出す神殿の中で俺を取り囲む様に美男美女達がヒソヒソと何かを話している様子だった。


 耳を傾けてみれば「あれが伝説の……」とか「まさか本当に……」等と僅かに言葉の端々は聞こえてくるが会話の全容までは分かる気がしない。

 

 更に俺の視界に映り込む人々、目の前にいる若者から老人に至るまで信じられない程の美男美女で揃えられた彼等の顔からは、嫌でも目に入ってしまう長く尖った耳が生えていたのだった。そう、これではまるで――


「――まるでエルフじゃないか」


 そう、これから帰って異世界召喚モノのギャルゲーを楽しむ予定だった俺は、今まさに本物の異世界、それもエルフの王国の神殿に召喚されていたのだった――――



 ◇



 それから先は話が早かった。


 俺を召喚する事に成功した金髪エルフの美少女の名はサモナ。彼女はエルフ王国の王女であり、かつて世界を救う旅をしていた勇者一行のパーティーメンバーで”大召喚士”の二つ名で呼ばれていたという事。


 人類軍と魔王軍の小競り合いは、魔王軍の侵略に対する人類の生存を賭けた正当防衛である。という大義名分が実はまやかしである事に気付いたサモナは、勇者一行に説得を試みるも信じてもらえなかった事


 それどころか、サモナが真実に至った事に気が付いた人間国の権力者から命を狙われる羽目になり、命からがら故郷であるエルフ王国に逃げおおせて来たという事。


 傍観の姿勢を取る事を決定したエルフ王国の方針にどうしても素直に頷く事が出来ず、権力者達の反対を押し切って伝説の『異世界召喚の術』を行い奇跡的にも成功させた事。


 そして召喚により現れた俺には、神の奇跡とも言える程の強力な力、”世界の祝福”が与えられている筈だという事。


 その力を使ってどうかこれから引き起こるであろう、人間と魔族の戦争を止めて、どうかこの世界を救ってほしいという事。



「無理矢理召喚した上に勝手なお願いだと言う事は百も承知です。ですがどうか、この世界を救っていただきたいのです。その為でしたら私、()()()()()()()()()どうかお力をお貸し下さい」



 …………


 ……ん? 今()()()()()って言ったよね?


「それじゃあ俺の彼女になって欲しいな~なんて――」


「元より私はショウヤ様に身も心も差し上げる所存でございます」


 マジか……金髪エルフの美少女が俺の彼女に、しかも何でもし放題。その上俺には”世界の祝福”があるらしいから戦争を止めるのも楽勝だろうし。


「わかった、この世界俺が救ってみせるよ!」


「本当ですか? ショウヤ様、ありがとう御座います!」


 サモナが俺に抱きついてくる。密着した彼女の身体ごしに感じられる鼓動はとても早く、それでいて力強く感じられて、心なしかサモナの顔はどこか火照っているようにも見える。これは……


「そ、それじゃあ、俺の彼女になった証拠――という訳じゃないけど、誓いのキ、キッスを……」


「は、はい……」


 彼女の潤んだ瞳がそっと閉じられる。俺は逸る気持ちを抑えてサモナの魅力的な唇を見つめると、意を決して自分の唇を重ねようと顔を近づける。


 嗚呼、父さん、母さん。俺は今日――異世界で、大人の階段を登ります――



 ――チュッ。




















「オロロロロロロロロロッッッ!!!」


 その後、俺の異世界ライフに付いてまわる”世界の祝福”いいや、”呪い”が始めて発動した瞬間だった――


 こうして俺のファーストキスはゲロの味、という二重の意味で苦い思い出として黒歴史と化するのだった――――



 ◇



 それから先は自分の祝福『無限に臭くなれる』力との戦いだった。


 ショウヤ様、取り逃がしたサモナを仕留める為に、秘密裏に差し向けられた人間の軍勢が王国へと向かっております――


「何だ貴様は、人間か? 人間ならば我々に協力してサモナ王女を差し出セロロロロロロロッッ――」


 王国南東の聖なる森に古代龍エンシェントドラゴンが住み着き、エルフの女性を供物として捧げよ、さもなくば滅ぼすと――


『貴様、人ノ子カ? 特別ナ能力ヲ授カッテイル様子ダガ、数千年ノ時ヲ生キル我ノ敵デハ……アバババババババババババッ!!』


 魔国領とは遠く離れた辺境の地で、人間の国同士が戦争を始めようとしております――


 それはもう、勝手に争わせておいてもいいんじゃね?


「貴様、戦争を邪魔立てするか!? 私こそガボボボボボボボボボボボッッ――」


 言わせねーよ?



 俺の祝福『無限に臭くなれる』力は文字通り、無限に臭くなる事ができる能力だった。

 それはもう、物理とか魔力とか加護とか、あらゆる法則すらも超えて、好きなだけ範囲を広げた上で範囲に入った対象に、この世のモノとは思えない臭みを押し付けて一瞬で意識を刈り取る事が出来るという世にも恐ろしい力だった。


 更には範囲も無限なのだが、臭さも無限であった。大抵の人間はちょっと力を開放すれば一瞬で意識を奪えるのだが、中には魔力やら、能力やらで多少は抵抗(レジスト)してくる輩もいたりする。


 しかし残念ながら、俺の臭さは無限なのだ。どんなに力を高めて抵抗(レジスト)を試みた所で限界はある。無限の臭さの前では抵抗など無意味なのである。ちなみに息を止めた所で体中の穴という穴、粘膜という粘膜から侵入して確実に気絶させる絶対性。


 更にこの力、どれほど臭みを強めた所で決して命を奪う事はない、意識だけを綺麗に刈り取るのだ。

 そして、目を覚ました相手に向かって俺はニッコリと微笑むだけで良い。誰一人殺す事なく制圧し、無血の交渉が完成するのだ。


 正に最強の制圧スキルである。


 戦い(と呼べるのだろうかコレは?)を繰り返すに連れて俺は祝福の力を自在に操れるようになっていく。


 数多の敵を退け、幾度の争いを止め、むせ返るような血の匂いが充満した戦場を”浄化(臭く)”していく内に、いつしか俺はこう呼ばれるようになっていた――




 ――《戦場の浄化人(エ臭シスト)》と――――



 ◇



 そして時は流れて今に至る――


「生物の呼吸を侵食するとは、げに恐ろしき能力よ。しかし風の力を操る四天王、”暴虐風”テンペスト様の前では無力よ――!」


「ここから先はこの”剣姫”アンジェリカが行かせないわ! か、勘違いしないでよね! べ、別に勇者の為なんかじゃないんだからッ――!」


「ホッホッホ、気合があれば人という生き物はどんな苦痛でも耐え抜くことが出来るのです。この”気合王”――」


「加勢するぞ、テンペスト! 私こそが四天王最後の――」
















「「「「オロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロッッッ!!!!」」」」



 虚しい――


 人類軍と魔王軍の生き残りを賭けた終末戦争だと忠告されて、満を持してエルフ王国から送り出されたと言うのに……余りにも歯ごたえがなさ過ぎる。


 そして歩みを進める事数十分――、俺はこの戦争の象徴とも言える二人、勇者と魔王――アダルとヴィデオの前に立ち塞がった。


「くっ! 何という臭気……神の祝福を持ってして意識を保つのが精一杯だ!」


「我が深淵と繋がりし瘴気すらも侵食してくるとは、恐るべき臭気よ……さては貴様が最近噂となっておる《戦場の浄化人(エ臭シスト)》だな!?」


 止めてくれませんかね? 人の臭いを闘気とか瘴気みたいな格好いい単語と並べて真面目に語ってくるの。


 あとその《戦場の浄化人(エ臭シスト)》とかいう呼び方も俺嫌いだかね。認めてねーからね!


「大勢の命が失われた、俺達は最早引き返す訳には行かぬのだ!」


 いやいや勇者さん、周り見てみ? 誰一人死なせてねーから。大丈夫! 今なら全然引き返せるからッ!


「勇者の言う通りよ、例え憎き人間と手を取り合ってでも貴様に屈する訳にはいかぬ!」


 おい! 手を取り合うなら戦争を止めろや!!


 俺は話の通じる気配が一向に感じられない代表(バカ)二人に対して、段々と今は懐かしい親友(バカ)二人を思い出してイラっとすると臭い(ギア)を一段階上げる。


「「ぐ、ぐあああああああ」」


 範囲も戦場全体まで広めた。最早この場に立っているのは俺と勇者と魔王の三人のみである。


「「まだだ……」」


「「まだ終わるわけには行か(ないん)ぬのだー!!!!」」


 最早一体、何がお前達をそこまで奮い立たせるんだよ。もう良いだろ? 戦争の時間はもうおしまいだよ。楽になっちゃいなよ?


 大体なんでお前ら俺という共通の敵を目前にした事で、お互い認め合って共闘しちゃってるの?

 強敵とかいて強敵(とも)と読んじゃう感じなの? ねえ、馬鹿なの? 死ぬの?


 俺は戦争(全て)を終わらせに掛かる――


 しかし、その時――


「「うおおおおおおおお!!!!」


 ――奇跡は、起きた――――


「なんだ、この力は? 俺達人間の力と、魔族の、力……?」


「人間と魔族、二つの種族を超えた想いが結束の力となって我々に流れ込んでくる――」


 辺りを見回せば先程まで倒れていた筈の人類軍、魔王軍が双方聖魔入り乱れた光に包まれて起き上がっている。


「魔王に力を――」


 人間の騎士が口にする――


「勇者に勝利を――」


 魔族の兵士が心から願う―


 彼等両軍の兵士達を包んでいた光が更なる輝きを以て勇者と魔王に集約されていく――


「「「「人類と魔族(我ら)に共存と反映をッッッ――――!!!!」」」」


 勇者と魔王がその身に影を宿し光を放つ――――!


 えぇーッ!?


 俺は希望と自信に満ち溢れたキラキラとした眼でこちらを見つめて来る勇者と魔王を白い目で迎え撃つ。


 それはちょっと違うんじゃないだろうか?


 何か”人類と魔族(我ら)”とか言っちゃってるし……


 先程から「頑張れ」「負けるな」と俺達三人を取り囲んで応援を飛ばしてくる両軍の兵士の存在にも苛立ちが加速していく。


「今ならば負ける気はせぬ! 行くぞ、アダル!!」


「応、ヴィデオ!!」


 遂に名前呼びまでしちゃったよ。もう解決だよね? 解決しちゃったよね? この戦争問題。

 俺はこの異世界に召喚されてから最も深くて気分の重い溜め息を着くのだった。


「覚悟! 人類と魔族(我ら)が敵よ!!」


「《戦場の浄化人(エ臭シスト)》、その首貰い受ける!!」



「「うおおおおおおおおおおお!!」」



「「おおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」





































「「「「「「「「「「オロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロッッッ――――」」」」」」」」」」


 

 戦場の中心で手を取り合ったまま意識を失い地に伏せる勇者と魔王――


 その周囲を囲うように倒れる両軍の兵士達――


 荒野一面を覆い尽くす戦争の傷跡とも呼ぶべき吐瀉物――


 こうして俺の手によって浄化(臭く)され尽くした人類軍と魔王軍による戦いの結果は、奇跡的にも死者0名というある意味不気味とも取れる結果と臭いだけを残して、その歴史上からは”無かった事”とされて幕を閉じるのだった。

 


 ◇



「――という訳で、その後恒久同盟を結んだ人類と魔族達は、数百年が経った今でも、手を取り合って仲良く平和に暮らしますとさ……めでたし、めでたし」


 白髪の老人がそのおとぎ話と呼ばれる昔話を終えると、集まって話に耳を傾けていたこども達が一斉に騒ぎ出した。


「面白かったー」


 エルフの少年が耳をパタパタさせて喜んでいる。


「また、お話聞かせてねー」


 人間の少女は瞳をキラキラさせてお礼を言ってくる。


「でも、それっておとぎ話だろ? 学校じゃそんな事なかったって教わったぜ!」


 年上の魔族の少年は少し生意気そうに知識をひけらかす。


「ねえねえお爺ちゃん? その《戦場の浄化人(エ臭シスト)》さんはその後どうなったの?」


 老人はうーん、と首を捻りながら答える。


「何百年も昔のおとぎ話じゃからのう……一説には元のいた世界に帰ったとも伝えられておるし、別の説では”世界の祝福”を受けた事により寿命が延びて、その後エルフの王女様と結婚して末永く幸せに暮らした。とも言われておる」


「でも本当だったら可哀想な話だよねー。世界を救った英雄なのに歴史上では無かった事にされちゃうなんてー」


「まあ、その話が本当で戦争があったとすると人類側が大分悪者になっちゃうからなー」


 魔族の少年は少し意地悪そうに人間の女の子にちょっかいを掛ける。

 人間の女の子が涙目になってしまった。


 老人はそんなこども達の様子を見てニッコリと微笑んだ。

 彼は知っているのだ、少年も人間の少女を嫌って意地悪を言っている訳では無い。少年期特有の好きな女の子にはつい意地悪をしてしまうというアレであると。


 そして老人はこども達の質問に対して、最後に笑いながらこう締め括るのだった――


「そうじゃのう。まさにその男は人々の歴史から忘れ去られるように、『臭い物に蓋をされた』という訳じゃな」


本日の新着短編を眺めていたら今日がバレンタインデーだという事に気付きました。

バレンタインモノの短編小説の中に本作が一際異臭を発しながら悪目立ちしていて申し訳なくなりました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『無限に臭くなれる力』というところが、あまり見かけない感じで良かったです。 ある意味最強かもしれないと思いました。 また、締めくくり方もユニークで印象的でした。
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