プロローグ 呪いを恐れぬ青年
皆さまの応援のおかげで、『包帯公爵の結婚事情』のコミカライズが決定しました!!!
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暗く、深い“呪われし森”に、一人の青年が足を踏み入れた。
ヴァンゼール王国に住む者なら、いや、他国の人間であっても、この恐ろしい森に入ってはいけないことを知っている。
森の周囲は立ち入りを禁じる柵で覆われていたが、恐れを知らないその青年は鼻歌交じりに奥へと進んでいく。
日の光すら差さない森の中は、昼間だというのに薄暗い。
この森は、その名の通り呪われている。
かつて人間に裏切られ、無念のうちに死んでいった魔女たちの怨念が今もなお、人間を呪っている……はずだった。
この森で魔女の呪いを受けた者は、一人や二人ではない。
何百年も昔から、この森は人を呪っていたのだ。
しかし。
青年はいまだに呪いを受ける様子もなく、森の中を散策している。
それも、笑みを浮かべて。
「うん。ここは涼しくていいねぇ」
観光地に遊びにでも来たような軽いノリでそんなことを言ってのける。
魔女の呪いは、人間の負の感情が引き寄せるもの。
青年には恐れも怯えもなかった。
それどころか、彼はとある野望を胸に抱いていた――……。
「やはり、魔女には会えないか」
青年はため息を吐いて、その場に座り込む。
見上げた頭上には、生い茂る木々。
日の光は遠く、青年の姿はぼんやりと闇に溶けてしまいそう。
どこか心地よい暗闇に、青年は横たわり、目を閉じた。
そして、想像する。
この場所にかつて存在した魔女を。
「魔女よ、何故、今でも人間を恨み続けているんだ?」
ぽつりとこぼした青年の問いに答えるように、森の中を強い風が吹き抜けた。
まるで、彼を追い出そうとするように。
「今日のところは出ていくよ。でも、次は彼を連れてくるから」
――呪われた、【包帯公爵】を。
「そうすれば、きっと……」
にっこりと笑みを浮かべ、青年――かつて“魔女殺しの国”といわれたヴァンゼール王国の第一王子クリストフ・ヴァンゼールは“呪われし森”を後にした。