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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
番外編②
96/204

それはとても危険な日

ハッピーバレンタイン!

今日は2月14日。なんとか間に合いました、バレンタインの番外編です!

包帯公爵夫妻のバレンタインデーはいかに……?

お楽しみいただけますように。

 アルフレッドは、見てはいけないものを見てしまった。

 そのせいで今、自分の屋敷だというのに物陰に身を隠している。


「メリーナ、これぐらいでいいかしら?」

「いいえ、もう少し頑張ってください」

「分かったわ!」


 ベスキュレー公爵家の調理場で、愛しい妻が白いエプロンを付けて、一生懸命何やらかき混ぜている。

 亜麻色の髪は邪魔にならないように後頭部でまとめていて、シエラの可愛い顔がよく見えた。


(天使か……っ!)


 アルフレッドは思わず叫び出しそうだった口元をとっさにおさえる。


「アルフレッド様、喜んでくれるかしら」

「当然ですわ。奥様が自分のために一生懸命作ったことを知れば、幸せすぎて気を失ってしまうのではないでしょうか」

「ふふっ、それは大げさよ」


 大袈裟ではない。

 今まさにアルフレッドは瀕死の状態だ。

 シエラがここ最近そわそわしていたり、アルフレッドにお菓子の好みを聞いてきたから、そうだろうとは思っていたのだが……。

 まさかシエラの手作りだとは思わなかったのだ。



 二月十四日は、バレンタインデー。

 どこぞの国王が推奨したせいで、ヴァンゼール王国では恋人に甘い愛を贈る日として貴族や平民たちの間で楽しまれている。

 ここでいう愛とは、菓子のことだ。

 自らの愛情を菓子という目に見える形で贈る。

 そして、その菓子を食べるということは、愛情を受け入れることとなる。

 バレンタインデーは、菓子職人たちの腕の見せ所だ。

 菓子の祭典も行われ、優勝した作品は、女神ミュゼリアに捧げられる。

 見た目、味ともに優れたものが、芸術として愛されるのだ。

 だから、アルフレッドの中では、バレンタインデーとは女神ミュゼリアに菓子を捧げる日で、恋人に贈る菓子は菓子職人が作ったもの。

 そういう認識しかなかった。

 両親が健在の時も、菓子職人に特別に作らせた菓子を贈り合っていた。


 だから、アルフレッドはこの日、シエラには仕事だと嘘をついて、王都で人気の菓子職人のもとへ菓子を取りに行っていた。

 いつもなら名残惜しそうに見送るシエラがいつになく笑顔だったから、不思議には思っていたのだ。

 しかしアルフレッド自身も、シエラを喜ばせるための菓子のことを考えていたから、あまり気にしていなかった。

 そして無事に菓子を受け取り、こっそり屋敷に戻ると、部屋にシエラの姿がない。

 ゴードンに聞くと、「奥様はとても大事な用事で不在です」と言われてしまった。

 そう言ったゴードンが嬉しそうに微笑んでいたので、バレンタインデーの菓子を買いに行ったのだと思った。

 それだけでも、口元がにやけていたというのに。


 購入した菓子を保管するために調理場付近を通りかかった時、シエラたちの話し声が聞こえてきたのだ。


「アルフレッド様は、クッキーやケーキがお好きなんですって。わたしと同じだわ」

「そうなのですね」

「甘いものがあまりお好きではないかしらって不安だったのだけれど、大丈夫そうでよかったわ」

「よかったですね。でも、本当に手作りされるのですか?」

「もちろんよ! アルフレッド様への愛をたっぷり込めるんだから!」


 アルフレッドは思わず身を隠していた。

 国王の密偵の仕事も行っていたアルフレッドは、こうして身を隠すことには慣れている。

 幸い、調理場で菓子作りを始めたシエラには気づかれなかったようだ。

 この熱くなった顔も、愛しさが溢れすぎて壊れそうな鼓動の音にも。


(バレンタインデー……なんて危険な日なんだ!)


 そうしてアルフレッドは、通りかかったゴードンに回収されるまで顔を真っ赤にしたり心臓を押さえたりしながら、シエラが菓子作りをしている様をこっそり見ていたのだった。


 * * *


 シエラは焼きあがったガトーショコラを見て、にっこりと笑みを浮かべた。

 久しぶりに作ったが、なかなかうまく焼けたのではないだろうか。


(アルフレッド様、早く帰ってこないかな)


 イベントごとに浮かれることのない夫だ。

 今日がバレンタインデーだということも、もしかしたら気づいていないかもしれない。

 シエラが作ったケーキを見て喜ぶアルフレッドを想像して、頬が緩む。

 優しいアルフレッドは、きっとどんなものでも喜んでくれるのだろう。


「奥様、旦那様はもうお帰りですよ」


 ゴードンがにこやかに声をかけてくれた。


「まあ! 本当に?」 


 シエラは早くアルフレッドに会いたくて、エプロンを付けたままだということも忘れて調理場を飛び出した。

 アルフレッドは執務室にいた。

 何故か包帯を巻いているが、これからどこか行くのだろうか。


「アルフレッド様、お帰りなさいませ」

「あ、あぁ、シエラ。ただいま」

「まだお仕事は終わっていないのですか?」

「いや、もう仕事は終わっている」

「では何故、包帯を……?」

「それは、その、耐えられそうになくて、いや、何でもない」


 アルフレッドは何かをごまかすように首を振る。

 あまりシエラの方も見ようとしない。

 何故だろうか。

 そう考えた時、自分がエプロンを付けたままだということに気づく。


(わたしったら、エプロンを付けたままアルフレッド様の前に……恥ずかしい)


 慌ててエプロンを脱ごうとすれば、いつの間にか目の前にいたアルフレッドに止められた。


「シエラ。私は、シエラに少し嘘を吐いていた」

「嘘、ですか?」

「あぁ。好きなお菓子を聞かれた時、私はクッキーやケーキだと答えたが、それはシエラが好きな物だからだ」

「えっ? じゃあ、アルフレッド様はケーキがお好きではないのですか?」


 何ということだろう。

 アルフレッドは優しすぎて、好物さえもシエラに合わせようとしてくれていたのか。

 では、焼きあがったガトーショコラはどうしようか。

 バレンタインデーに愛する夫に何も贈らないなんて、妻としてあり得ない。


「いや、そもそも好き嫌いというものがあまりない。だから、シエラが私にくれるものすべてが私の好物になる」


 アルフレッドの愛しい低音が耳元で響く。

 ぞくりと甘いしびれが全身に走り、シエラは腰が砕けそうになる。

 シエラを抱きしめて、アルフレッドはさらに言葉を紡ぐ。


「ありがとう、シエラ。君のおかげで私にはたくさん好きなものができた。でも、何よりも大好きで、愛しいのはシエラだ」

「アルフレッド様」


 ドキドキしすぎて、心臓が壊れてしまいそう。

 シエラはアルフレッドの腕の中で、顔を耳まで真っ赤に染めていた。


「シエラ、今日はバレンタインデーだ。君以上に甘いものを私は知らない。貰っても、いいか?」


 拒否権も、断る理由も、シエラには存在しない。

 だから、承諾の意味を込めて、シエラはゆっくりと目を閉じた。

 包帯越しに、アルフレッドの唇がシエラのそれに重なる。


「愛してる」


 バレンタインデーは、どんなお菓子よりも甘い愛の言葉に溺れる日なのだと、シエラの記憶に刻まれた。


 * * *


「あの、アルフレッド様。ガトーショコラを焼いたのですが、そちらも貰っていただけますか?」

「もちろんだ」

(天使すぎる妻が、可愛すぎて辛い。包帯だけで理性を抑えるのは無理だな)

「アルフレッド様、いかがでしょうか」

「……これは、世界一美味しいガトーショコラだ」

「ふふっ、アルフレッド様ったら。でも、ありがとうございます」

(あぁやっぱり、シエラは天使だ)

「可愛いシエラが作ったものは、芸術の女神に捧げることすら惜しいな。これからは、すべて私にくれると約束してくれ」

「分かりました。アルフレッド様も、わたし以外にそんな優しい笑顔を向けてはいけませんよ?」

「それを言うなら、シエラもだ」


 ……という終始甘すぎる会話を夕食の場で聞くはめになったゴードンとメリーナは、互いに目を合わせてくすりと笑ったのだった。


 包帯公爵夫妻のバレンタインデーは、甘く優しく過ぎていった。


お読みいただきありがとうございます。

安定のいちゃ甘夫婦だなと思いながら書きました。

せっかくのバレンタインなので、少しでも皆さまの心に甘いものをお届けできていたら幸いです。


現在連載中の「花の姿でお持ち帰りされた令嬢は、騎士様に恩返ししたい! ~何故か、花なのに溺愛されています~」が完結したら、包帯公爵の第三部の準備に入りたいと思っています!

いつ開始できるかは分かりませんが、またお付き合いいただければ幸いです。

(第三部開始まで、昨年末に完結した白雪姫や現在連載中の花令嬢も読んでいただけると嬉しいです)


今後ともどうぞよろしくお願いいたします!!


2021.2.14 奏舞音

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