第35話 呪いを解く方法
アルフレッドが目を開くと、もうグリエラの姿は消えていた。
目の前には、深く、暗い森が広がっている。
もしかすると、この森も何らかの力が働いているのだろうか。
そうでなければ死んだはずのグリエラの幻には出会えなかっただろう。
「……グリエラがいつも謝っていた訳だ」
自分の強大な魔力が森を呪ってしまったから。
魔女たちの恨みを永遠のものにしてしまったから。
グリエラの心に人間への疑心がある限り、あの森の呪いは解けないのだろう。
「“魔女の呪い”は強力だが、決して解けないものではない」
アルフレッドとシエラの呪いは解けたのだ。
それは、呪うほど嫌っていた自分を、大切な人が愛してくれたおかげで許せたからなのだと思っていた。
しかし、それは近いようで違っていたのかもしれない。
本当の理由が分かれば、シエラの記憶喪失も、イザベラの周囲で起きる異変も解決できるはずだ。
そして、この森から出るヒントも得られるかもしれない。
アルフレッドは思案する。
“呪われし森”のはじまりは、愛する人の裏切り。
結ばれないと分かっていても恋をした。魔女と人間が共存できる未来を夢みて。
そのためならば同族を裏切ることになっても、自分を犠牲にしてもかまわない――なんて。
そんなのは建前だ。綺麗ごとだ。
きっと、本当は一緒に生きたかったはずだ。振り向いてほしかったはずだ。
聞き分けが良いだけの感情だけならば、呪いになどならなかっただろう。
グリエラの心の叫びは、本当の心は、どこに何を求めていたのか。
アルフレッドが内心で問いかけた時。
周囲の木々が風もないのにざわざわと激しく揺れた。
「アルフレッド様、ごきげんよう」
優雅な足取りで現れたのは、呪われた王女イザベラだった。
艶のある黒髪に、大きな赤い瞳。
陶器のような白い肌は黒いドレスで覆っている。
見た目は変わっていないはずなのに、今までの彼女とは雰囲気がまったく異なっていた。
別人が現れた、と言われた方が納得できるほどに。
「イザベラ王女、なのですか……?」
「ひどいわ。わたくしのこと、忘れてしまったの? キスまでした仲ですのに」
ふふふ、とイザベラが楽しそうに笑う。
その瞬間、傷ついたシエラの表情が思い浮かび、アルフレッドは叫んでいた。
「あれはキスではない。ただの事故だ!」
敬語も忘れるほどに頭に血が上り、イザベラを睨みつける。
「でも、あなたの可愛い奥様は夫であるあなたのことを信じられなかったのでしょう? だから、記憶を失ってしまったのよ。本当の愛なんて、きっとこの世には存在しないから」
「何が言いたいのか分からないが、私たちの愛は本物だ。たとえ、記憶を失ったとしても、それは変わらない」
はっきりと宣言すると、イザベラは急に無表情になった。
その赤い瞳には一切の感情もない。
「つまらないことばかりおっしゃるのね。この森から出ることもできない、ただの人間が」
ぞっとするほどに冷めた声。しかし聞き覚えがあった。
――魔女殺しめ。
このロナティア王国に来て、何度か耳にしたことがあるあの声だ。
「イザベラ王女様……あなたは、一体……?」
そう問いかけながらも、アルフレッドは気づき始めていた。
イザベラが“呪われた”王女ではないことに。
にっこりと赤い唇に笑みを浮かべて、イザベラは言葉を紡ぐ。
「わたくしは、魔女よ」
ざあっと強い風が彼女の黒髪を揺らす。
垣間見えた赤い瞳は強い恨みと、激しい怒りを宿していた。