第34話 ”呪われし森”のはじまり
魔法の包帯のおかげで、アルフレッドは“呪われし森”を出ることができた。
グリエラの最期を、アルフレッドはたしかに看取ったはずだった。
だからきっと、今目の前に見えているのは本物のグリエラではないのだろう。
モーリッツに連れられて出口を見失った深い森の中で、アルフレッドはそう結論付けた。
『ごめんね、アルフレッド』
記憶に残るままの姿で、グリエラは涙を流す。
呪いを解けなかったことを、彼女は最期まで謝っていた。
「グリエラ、もう私の呪いは解けたんだ。謝らなくてもいい」
アルフレッドがグリエラを責めたことは一度もなかった。
呪いをこの身に受けたのは、アルフレッド自身の問題だからだ。
何度そう言っても、グリエラがその言葉を受け入れることはなかった。
幻覚だとしても、罪悪感に押しつぶされそうな魔女の泣き顔を見るのは辛い。
アルフレッドは自身に巻き付けた包帯をそっと取る。
身体は透明ではない。
シエラに出会い、愛を知った。自分自身を少しでも好きになれた。
だからもう、グリエラが悲しむことはない。
誰も悪くないのだ。謝らなくていい。
『いいえ。私のせいで、あなたは大切なものを失ってしまう』
しかし、グリエラは大きく首を横に振る。
「……シエラに何が起きているんだ? 教えてくれ。“魔女の呪い”とは、一体何なんだ?」
たとえ本物のグリエラではなくても、シエラを救うための情報が欲しい。
アルフレッドは藁にも縋る思いで、幻覚のグリエラに問う。
答えてくれるだろうか。
グリエラはゆっくりと近づいて、アルフレッドの目の前に手のひらをかざした。
アルフレッドは思わず目を閉じる。
『“魔女の呪い”とは、私の罪と過ち、そして愛の記憶……どうか、あの子を止めて』
言葉の意味を問う前に、アルフレッドの脳内に何かの映像が流れてきた。
魔女と人間の争い。人間の王との出会い。親友との別離。
人間と魔女が共存する理想郷。愛した男との永遠の約束。
(これは、グリエラの歩んできた人生か……)
グリエラは、ヴァンゼール王国初代国王ラリアーディスと愛し合っていた。
そして、二人は誓い合った。人間と魔女の争いを終わらせよう、と。
ラリアーディスは女神ミュゼリアの加護を得た。
グリエラは彼との約束を信じて、魔女の一族をとある森へ誘導した。
女神の封印の力が発動し、魔女たちは森の外へ出られなくなった。
封印の要となったのは、グリエラだった。
グリエラは魔女の一族でも稀有な――不老長寿の魔女だった。
人間より長い寿命を持つ魔女とはいえ、年齢を重ねれば魔力は失われ、人間と同じように死を迎える。
しかし、グリエラの魔力は底なしで、二十歳を過ぎた頃からその身体は若々しいまま時を止めた。
グリエラを封印の要とすることで、魔女たちを閉じ込める鳥かごは完成したのだ。
それは、愛する人に利用されたも同じこと。
両親に失望され、親友に嫌われ、同胞に恨まれた。
グリエラを殺せば封印が解けるはずだ、と何度も殺されかけた。
しかし、グリエラの魔力に満ちた森の内部で彼女に危害を加えることはできなかった。
無尽蔵なグリエラ以上の魔力を持つ魔女は存在しなかった。
だから、誰も森から出ることはできなかった。
何もできずに、恨み言を吐いて死んでいく。
死という概念があまりに遠いグリエラは、すべての魔女たちを看取った。
グリエラはたった一人、魔女たちの怨念ばかりが満ちた森の中に残された。
誰もいなくなって初めて、グリエラは謝罪の言葉を口にした。
そして、愛する人への恨み言を。
――ここは、あなたと私の理想郷ではなかったのですね。
その言葉は呪文となり、森全体に広がった。
これまでに死んでいった魔女たちの怨念にも力が宿った。
魔女を閉じ込める鳥かごが、“呪われし森”となった瞬間だった。