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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
新婚旅行編
73/204

第33話 魔女との出会い

 アルフレッドがグリエラと出会ったのは、〈ベスキュレー家の悲劇〉の直後だった。

 マーディアル・ベアメスの陰謀により、ベスキュレー公爵家が手掛けた船が爆発したあの日。

 両親の機転によって船の爆発からは救われたが、アルフレッドは海に投げ出されていた。

 偶然か、必然か。流れ着いたのは“呪われし森”のすぐ側にある岸だった。

 爆発の衝撃と、両親を失ったことのショックと、無意識に生きようと海の中をもがいたせいで、身心ともに疲れ切っていた。


 ――僕がいなければよかったんだ。


 心から強く、消えてしまいたいと願った。

 ずっしりと重い鉛のような後悔と自責の念が、“呪われし森”に宿る魔女の怨念を引き寄せた。


「あらあら、どうしてこんなところに貴族の少年が倒れているのかしら?」


 岸辺にぐったりと倒れていたアルフレッドを見つけ、助けてくれた女性こそ、最後の魔女グリエラだった。

 グリエラの住んでいた小さな一軒家で、アルフレッドは一週間ほど寝込んだ。

 時々熱に浮かされながら、グリエラの姿を見た。

 波打つ黒い髪には白いものが混ざり、同情を宿す瞳は血のような赤。

 実年齢は分からないが、見た目は六十代前半の姿をしていた。

 ぼんやりと魔女かもしれないと考えていたが、恐怖を覚えることはなかった。

 アルフレッドに触れる手はとても優しく、あたたかかったから。

 そして、グリエラの看病によってすっかり回復した時に、自分が透明人間になっていることを知ったのだ。


「とても辛いことがあったのね」


 そっと、見えないアルフレッドの手をグリエラは握った。

 グリエラには見えているのだ、アルフレッドの身体が。


「ごめんなさいね、こんなことになってしまって」


 魔女の赤い瞳から、透明の雫がぽたぽたと落ちる。

 アルフレッドは内心でひどく戸惑った。

 突然、身体が透明になってしまったのだ。

 自分でも見えないこの身体とどう向き合えばいいのか。

 いっそのこと、自分も両親のいるところへ行きたい。

 一人だけ生き伸びて、透明な身体でこれからどうしろというのだ。

 この時のアルフレッドは十五歳。

 社交界デビューも済ませ、貴族社会で成人として認められてはいたが、一人で受け止めるにはあまりにも大きな問題だった。

 そうして一晩中悩み、アルフレッドは死ぬことを決意した。

 父が遺した、ベスキュレー公爵家を継いで欲しいという言葉がずっと、耳の奥に残ってはいたけれど。

 グリエラに看病の礼を言い、魔女の家を出た。

 さすがに他人の家で自殺などできない。

 どうせ姿は透明なのだ。

 グリエラから離れれば、アルフレッドの遺体は誰にも見つかることはないだろう。

 開き直って、アルフレッドは真っ暗な“呪われし森”の奥へ奥へと進んでいった。


 ――……ふっ、うぇ、ごめんなさい……っ!


 誰もいないはずの森の中で、少女の泣き声が聞こえた。

 聞き間違いだろう。そんなはずはない。

 まさかと思いながら近づいたその先には、泣きじゃくる少女――シエラがいた。

 どうしてこんなところに少女がいるのか。

 自分のことは棚に上げて、アルフレッドは心配になった。


「わたしのせいで、おかあさんが……ひっく、うぅ、もう会えなくなっちゃったの」


 だから、自分は罰を受けなければならないのだと。

 同じだと思った。

 今まさに自分を責めて死を選ぼうとしているアルフレッドと。


「でも、こわい……。なにも、みえない」


 アルフレッドと同じように、強い負の感情が魔女の呪いを引き寄せてしまったのだろう。

 少女は視力を失っているようだった。

 途切れ途切れにこぼれる少女の話から、まだ彼女には帰る場所があることを知った。

 この少女は自分とは違う。

 光ある場所に返さなくては。強く、そう思った。

 目の見えない少女を歩かせられない、とアルフレッドは小さな少女の身体を背負う。


「大丈夫だよ、きっと大丈夫だよ」


 アルフレッドはもう、帰る場所も分からない。


(僕はもうどこにも戻れない。でも、君は呪いに負けないで幸せになって……)


 その願いが通じたのか、アルフレッドは無事に少女を森の出口まで連れて行くことができた。


「……私は、あなたにも生きていて欲しいわよ」


 シエラが無事に“呪われし森”を出たことを確認して、アルフレッドが安堵の溜息を吐いた時――グリエラがすぐ側にいた。

 すべてを悟っているような優しい微笑みに、アルフレッドは目頭が熱くなった。


「元々は私の同胞が悪いのだから。私が、きっとあなたを元の姿に戻してみせる」


 ごめんなさいね、と彼女は眉根を寄せる。何かを、堪えるように。

 そうして、アルフレッドの呪いを解くためにグリエラは尽力してくれた。

 グリエラと過ごす日々は穏やかに流れていった。

 けっして、アルフレッドは自分を許すことはできなかったし、グリエラもそれを分かっていた。

 彼女も、自分自身と、魔女たちが遺した呪いを許してはいなかったから。

 だからこそ、グリエラはアルフレッドの呪いを解こうと必死だった。

 魔女が犯した過ちの、罪滅ぼしとして。


 しかし、五年が経っても、呪いを解くことはできなかった。


「ごめんね、私のせいで。でも、どうか、幸せになってね」


 呪いを解くよりも先に、グリエラの魔力と寿命が尽きる時がきてしまったのだ。

 グリエラは最後の力を振り絞り、特別な魔法を施した包帯をアルフレッドに授けてくれた。


いつも読んでいただきありがとうございます。

奏舞音です。


7月からはまた週2回更新に戻します!!

しかし、まだ7月更新分でも新婚旅行編終わりそうにありません……。

序盤からプロットとは違う方向に走ってしまい、思い描いている結末に届くためにはまだ少しかかりそうです。

どうしても”呪われし森”の魔女たちの話が書きたくなってですね……;


新婚旅行といえない展開になっているのは重々承知なのですが、これからもお付き合いいただければ幸いです。


よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに旅行先じゃなくてもーとは思ったり(笑) でも!呪われし森は重要! これは寄り道じゃない!(笑)
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