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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
新婚旅行編

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72/205

第32話 古の魔女の恋


 酷い裏切りだ。彼女は憤っていた。

 怒りは炎となり、森を焼き尽くさんとする。

 しかし、その森は赤々と燃える炎にも涼しい顔をして佇んでいた。


「何故、何故こんなことに……っ!」


 許せなかった。だから人間なんて信じられない。

 人間を滅ぼそうと決めた先祖の考えに、彼女は大きく賛同していた。

 多くの同胞が殺された。そして、それ以上に多くの人間を殺してきた。

 しかし人間は減らない。元々の数の分母が違うのだ。

 時に人間と交わり、その数を増やしてきたが、魔女の系譜はただ一つ。

 数は増えても、魔力は年月と共に失われていく。

 純粋な魔女の一族は、族長の血脈だけだ。


「私の大切なグリエラを利用した、あの男だけは絶対に許さない!」


 グリエラは族長の娘であり、彼女の親友。

 そして、一族の中でも稀有な力を持つ魔女だった。


 ◇


「私、恋をしたの」


 白い頬を赤い瞳と同じぐらい赤く染めて、グリエラが言った。

 親友の突然の告白に、私はぽかんと口を開けた。


「……冗談、じゃないわよね?」

「もちろんよ。冗談でこんな恥ずかしいことは言わないわ」


 誰よりも強い魔力を持ち、誰よりも優しい心を持つ親友は、昔から恋というものを夢に見ていた。

 しかし残念ながら、族長の娘という立場のグリエラに、自由恋愛などできるはずもなく、一族の中で強い男と結婚する未来が用意されていた。

 だからこそ、私は冗談であってほしかったのだ。


「本気なの?」

「えぇ。でも、彼とは結ばれないってちゃんと分かっているのよ」


 グリエラの切なげな表情を見て、嫌な予感がした。

 最近、グリエラはよく一人でこっそり出掛けるようになっていた。

 以前は、どこに行くにも親友の自分と一緒に行動していたのに。

 最後に一緒に行ったのはどこだったか。

 激化する人間との戦争のために、人間側の視察を任されていた時だ。

 あの時は、グリエラと一時だけはぐれてしまい、かなり焦ったのを覚えている。


(……まさか、グリエラの恋した相手って)


 口にするのも怖かった。


「親友の、あなただけに教えるわ」


 しかし、グリエラは真っすぐに私を見つめて言った。

 親友の私たちの間に、これまで秘密はなかったから。


「私が好きになった人は、ラリアーディス様」


 私は息を呑む。

 それは、人間の王の名だ。

 族長たちが危険視し、その命を狙っている男。


「グリエラ、目を覚まして。その男は私たちの敵よ」

「でも、彼は私が魔女だと気づいても、何もしなかった。それどころか、街を案内してくれたのよ。すごく、楽しかったわ」


 ラリアーディスがいかに優しく自分を気遣ってくれたか、グリエラは頬を緩めて話す。

 一方私は、どうすればグリエラの中にある恋心を消せるだろうか、ということばかりが頭の中を巡っていた。


「私たちは互いに愛し合っているけれど、けっして結ばれることはない。でも、ラリアーディス様が言ってくれたの。私たちの愛が、魔女と人間の争いを治める光になるはずだ、と……」

「……グリエラは騙されているのよ。今更、魔女と人間が仲良く手を取り合えるはずないじゃない! どれだけの仲間が死んだと思っているの!? 私の父も、兄も、人間に殺されたのよ」

「人間だって同じよ。それなのに、この先もずっと殺し合いを続けるの? それで私たちは救われるの? 人間は魔力を持たないけれど、知恵がある。私たちに対抗する武器を作りあげて、戦争を始めた頃よりもずっと私たちは苦戦を強いられているわ。戦争は、お互いのためにもう終わらせるべきなのよ」


 族長の娘として、優しい彼女が戦争に苦悩しているのは知っていた。

 しかし、私は魔女を悪魔の使いだ、邪悪な存在だ、と決めつけてくる人間が大嫌いだった。

 それに、家族が殺された。

 何の力も持たないくせに、数だけ多くて煩わしい。

 人間が滅ぶことが、私たちの平和だ。


「……私、グリエラの夢物語にはついていけないわ」


 いつでも味方だと笑い合った親友に、私は初めて背を向ける。


 ――ベラっ!


 自分の名を呼ぶ声が聞こえたけれど、私は振り返ることなくその場を去った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本人同士は良くても周りが許さない典型的なパターンですね… 悲恋ですなぁ…
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