第21話 知りたいのは
「お嬢様、ハーブティーをご用意しましたわ。少しは気分も落ち着くかと」
メリーナが優しく微笑んで、目覚めたシエラのためにハーブティーを淹れてくれる。
モーリッツは演奏の練習を抜けてきていたらしく、すぐに戻っていった。
「ありがとう」
モーリッツが言っていたことは本当なのだろうか。
確かめることが怖い。しかし、聞かないことには何も分からないままだ。
「ねぇ、メリーナ。わたしの、その……旦那様は、わたしが忘れてしまったことを怒っているのかしら……?」
自分で口にしながら、なんだか泣きそうになってきた。
もし自分だったら、大好きな人に忘れられるなんて耐えられない。
シエラは、ひどいことをしてしまっている。
「いいえ、怒ってはいませんわ。お嬢様のことを心配しすぎて会いにくることもできないほどですので」
メリーナの言葉に棘を感じた。
しかし同時に、やはりシエラが結婚したあの人は優しい人なのだと分かる。
「……本当に、わたしと離婚したいと考えているの?」
「何故それを……モーリッツ様ですね。余計なことを」
小声でメリーナが珍しく悪態をつく。
本当なのだ。それを知って、少なくない衝撃があった。
「お嬢様は、どうしたいですか? 結婚の事実はありますが、旦那様はシエラ様のために離婚した方が良いとお考えです。しかし、お二人はただの政略結婚ではありませんでした。アルフレッド様との結婚を望んだのは、お嬢様です」
「わたしが?」
「はい。シエラお嬢様は昔からずっと、ただ一人の人しか想っておりませんでしたから」
少し呆れ気味に、メリーナが微笑む。
シエラ自身がこの結婚を望んでいた。
モーリッツから聞いた、ミュゼリアの加護を得る歌姫だったから結婚を望まれた、という話よりもしっくりきた。
そして、昔からずっと、ということは、シエラの初恋の人はアルフレッドなのだろう。
だからこそ、初恋の記憶も思い出せないのだ。
しかしどうして、それほどまでに想い続けた人のことを自分は忘れてしまったのだろう。
できることなら、今すぐにすべて思い出したい。
それにより、自分が傷つくとしても。
「わたしから、会いに行っては迷惑になるかしら……」
「お嬢様の体調は大丈夫なのですか?」
「メリーナが一緒に来てくれれば、安心できると思うの」
「それはもちろん、ご一緒しますけれど……」
医者に言われたことを考えているのだろう。
しかし、シエラにとってはそれ以上に大切なことがある。
「お願い、メリーナ。知りたいのよ、わたしが愛した人のこと」
ダメ押しの一言に、メリーナはにっこりと頷いた。
「お嬢様ならそう言うと思っておりました。あらぬ方面へ気遣いをする不器用な旦那様に、会いに行きましょう」
そうして、シエラは夫アルフレッドに会いに行くために身支度を整えた。