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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
新婚旅行編

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第14話 王女との昼食

「しかし本当にこの姿で大丈夫なのだろうか。私としてはありがたいことだが」

「包帯姿のアルフレッド様も素敵ですわ! それに、イザベラ王女様が包帯姿でも良いとおっしゃったのですから、きっと大丈夫ですよ」


 いつもの包帯姿で、アルフレッドはイザベラの部屋へと向かっていた。

 イザベラの話し相手に、と言われた妻シエラとともに。

 エドワードからの言伝は、早速イザベラに会って欲しいというものだった。

 王女の一日の予定は空いているから、一緒に昼食でもどうだろうか、と。

 そして、アルフレッドが包帯姿の方が落ち着くというのであれば、包帯姿でかまわない、とイザベラも了解しているのだと。

 昼食を食べるのに何故、正餐室ではなくイザベラの部屋なのかというと、ここ最近の不吉な出来事のせいだ。

 大勢の使用人が給仕に控える室内で、いきなり給仕をしていた者が倒れたり、運ばれてきた料理に黒く変色したネズミが浮かんでいたり、何度か問題が起きたらしい。

 そうして、イザベラは自室で安全に過ごすことに決めたのだという。


「失礼いたします、イザベラ様。ベスキュレー公爵夫妻をお連れいたしました」


 案内の使用人がノックをして、室内の主に来訪を告げる。

 昨夜の夜会で一度言葉を交わしたあの時は、かなり冷たい印象だった。

 しかし、エドワードから何があったか話を聞いた後なので、アルフレッドはあの時の彼女の冷たい態度も致し方ないと感じていた。

 だから、今日もおそらく好意的には迎え入れてもらえないだろうと覚悟していたのだが。


「……ずっと、待っていましたわっ!」


 失礼します、と室内に入った瞬間に柔らかな衝撃がアルフレッドを襲った。

 次に認識したのは、自分が抱きしめられているということ。

 甘く香るのは、薔薇だろうか。

 誰に? というのは、抱きしめた本人がアルフレッドに顔を向けてきたからすぐに分かった。

 艶やかな長い黒髪に、きらきらと輝く赤い瞳。

 ロナティア王国第一王女、イザベラだ。

 なんとも幸せそうな表情で、アルフレッドを見つめている。

 混乱からハッと我に返り、アルフレッドはぐっとイザベラの肩を押す。


「あ、あの、イザベラ王女、いきなりどうしたのですか?」


 相手は友好国の王女。

 それも、今は友好関係にヒビが入りそうな危うい状況だ。

 アルフレッドは内心驚くも、丁寧な姿勢は崩さずに問う。


「だって、わたくし【包帯公爵】様のファンなんですもの」


 少し恥じらいながら、イザベラがもじもじと自身の指を絡めている。

 昨日の冷めた態度とは大違いだ。こちらが素なのだろうか。

 それに、【包帯公爵】のファンってどういうことだ。

 アルフレッドの隣で、シエラは眉間にしわを寄せて複雑な表情を浮かべていた。


(あぁ……これは絶対に怒らせてしまったな。何故もっと早く気配を感じて避けなかったのだ、私は!)


 アルフレッドが最も恐れていることは、シエラに嫌われることだ。

 彼女を幸せにすることが自分の幸せである。

 それなのに、シエラに不快な思いをさせてしまったかもしれない。

 ヤキモチを妬いてくれているのかも、と思うとそれはそれで胸がきゅっとなるが、嫌われては元も子もない。


「イザベラ王女様、その気持ちは大変ありがたいのですが、突然抱きつくのはおやめください。あなたはロナティア王国の王女様で、我が国のクリストフ王子の大切な婚約者です。良からぬ噂に繋がってはいけません。それに、私には愛する妻がいますから。彼女に誤解されたくないのです」


 落ち着いた声音で話し、アルフレッドは隣のシエラの肩を抱き寄せた。

 アルフレッドが大切に守り、愛し抜くのはシエラただ一人。


「……わたくしが軽率でしたわ。つい、嬉しくて、興奮してしまったの。お二人は新婚旅行の際中でしたのに。シエラさん、本当にごめんなさいね」


 イザベラはシエラに向き直り、謝った。

 アルフレッドに怒るでもなく、素直に謝罪の言葉を口にしてくれた。


「いえ、驚きましたけれど、わたしは気にしていませんわ」


 シエラがやんわりと微笑んだ。

 アルフレッドだったら、もしシエラに見知らぬ男が抱きつきでもしたら腸が煮えくり返る思いだろう。

 こんな風に笑って許せる自信はない。

 やはり、アルフレッドの妻は天使だ。


「本当に? それならよかったわ。わたくし、シエラさんとは仲良くなりたいと思っているのよ」

「ありがとうございます。わたしでよろしければ、仲良くしていただけると嬉しいですわ」


 そうして、最初にちょっとしたアクシデントがあったものの、室内のテーブルに落ち着く頃には何事もなかったかのように穏やかな空気が流れていた。



 薔薇の刺繍が施されたテーブルクロスの上には赤やピンクの薔薇が飾られ、磨き上げられた銀のカトラリーとナプキン、大皿などが準備されている。

 クロッシュのカバーを被せられた料理が、使用人の手によって運ばれてくる。

 新鮮な魚をトマトで煮込んだアクアパッツァ。

 そして、オリーブをたっぷり使った海鮮パスタ。

 海に面し、新鮮な魚介類がとれるロナティア王国ならではの料理が並ぶ。


「ふふ、こんなに大勢で食事をとるのは久しぶりだわ」


 にっこりと、イザベラが笑みを浮かべる。

 大勢、といってもアルフレッドとシエラの三人だけである。

 それでも、ここ最近一人で自室にこもりきりだったイザベラにとっては大勢なのだろう。


(しかし、ここでもし何か起きれば、ヴァンゼール王国の呪いだ、という噂に真実味が増す。もし、ヴァンゼール王国との関係を崩したい者がこの中にいるのなら、ここで何か仕掛けてくるはず……)


 イザベラとシエラはにこやかに接しているが、アルフレッドはいつ何が起きるか気が気ではなかった。

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