第13話 魔女殺しの国
身支度を整え、談話スペースでアルフレッドはシエラと隣り合わせで座った。
軽く朝食を食べながら、昨夜のエドワードとの話を伝える。
「――という訳だ」
「なるほど。わたしが聞いた噂話もまったくのでたらめという訳ではなかったのですね」
シエラは真剣な表情でアルフレッドの話を聞いていた。
そして、シエラ自身が舞踏会で聞いた噂話についても教えてくれた。
「あぁ、実際に王女の周りでは不気味な出来事が多くなっているらしい。だからこそ、人が多く集まる場所には行かずに自室にこもりがちになっていると。昨日の舞踏会では【包帯公爵】である私に興味を持って参加していたようだ。イザベラ王女は挨拶を交わしただけですぐ立ち去ってしまったがな」
「でも、変ですよね。噂ではヴァンゼール王国の呪いのせいだと言われているのに、呪われているはずのイザベラ王女様が【包帯公爵】に近づきたいだなんて……もしかして、イザベラ王女もエドワード王子と同じく呪いだとは思っていないのでしょうか?」
アルフレッドは妻の指摘に感心していた。
エドワードの話を聞いた時に、アルフレッドも同じことを考えたのだ。
王女自身、ヴァンゼール王国の呪いを信じていたならば、【包帯公爵】に近づこうなどとは思わないだろう。
ロナティア王国にまで【包帯公爵】の根も葉もない恐ろしい噂は届いていたのだから。
「その可能性は高いだろうな。だが、イザベラ王女はエドワード王子のことも避けていて、今回の件については何も話したがらないらしい」
「だから、わたしがイザベラ王女様の話し相手になれないか、と……?」
「シエラには面倒をかけてしまうが、イザベラ王女の周囲を調べる必要がある。同性であるシエラになら、何か話してくれるかもしれない」
「アルフレッド様のお役に立てるのでしたら、面倒なんて思いません。それに、きっと一番辛いのはイザベラ王女様です。少しでもわたしが助けになれたら嬉しいですわ」
今のイザベラの近くは危険と隣り合わせだ。何が起こるか分からない。
しかも新婚旅行中だ。
本来であれば二人で観光に出かけ、様々な景色を見、思い出を作っているはずである。
それなのに、アルフレッドに文句を言う訳でもなく、シエラはイザベラを心配している。
(私は天使を妻にしてしまったのかもしれない……)
アルフレッドは本気でそんなことを考えていた。
そして、絶対に呪いの原因と犯人を突き止めて、シエラとの幸せな思い出を作るのだと改めて誓う。
邪魔されてなるものか。
「ところでアルフレッド様。わたし、ずっと気になっていたのですけれど、ヴァンゼール王国は何故“魔女殺しの国”と呼ばれていたのですか?」
シエラがじぃっと虹色の大きな瞳でアルフレッドを見つめている。
好奇心が覗く美しい瞳に、アルフレッドは少しだけ口角を上げた。
「シエラは、ヴァンゼール王国の歴史をどれだけ知っている?」
「音楽史でしたら詳しい自信がありますが、国の歴史はあまり。ただ、“呪われし森”にかつて魔女狩りによって人間に殺された魔女たちの怨念が宿っている、という話は知っています……」
そして、知っていたからこそ、シエラは自分を呪うために十年前、“呪われし森”に入ったのだ。
呪いによって視力を失い、盲目となった彼女と“呪われし森”でアルフレッドは出会っていた。
運命の出会いだと感じているが、初めて出会った場所が“呪われし森”というのはいかがなものか。
アルフレッドは苦笑を漏らし、シエラの問いに答える。
「シエラが知らなくても無理はない。一般教養として学ぶ歴史に、“魔女殺しの国”については詳しく触れられていないからな。だが、そう呼んだのはヴァンゼール王国以外の他国だ」
魔女が存在したのは、今から数千年も昔とされている。
ヴァンゼール王国が建国される以前から、魔女は存在しているのだ。
人智を超えた力を恐れ、魔女狩りを行っていた人間は大陸中にいただろう。
だが、所詮は人間の力。
いくら人間の方が数が勝るとはいえ、不可思議な魔法を使う魔女に対抗する術はほとんどなかった。
だからこそ、魔女と人間の争いは数百年続いた。
しかし、あるときその関係に変化が訪れる。
「ヴァンゼール王国が、数百年続いた魔女狩りを終わらせたんだ」
「魔女狩りをやめたということですか?」
「それなら、魔女殺しとは呼ばれないだろう」
「では、すべての魔女を……?」
シエラはその先の言葉を呑み込んだ。口元を覆う両手が震えている。
「他国の人間は、そう思っている。ヴァンゼール王国の民でさえも。だが、実際に殺した訳ではない」
実のところ、アルフレッドも幼い頃に学んだ歴史だけでは知り得なかった。
しかし、アルフレッドは“呪われし森”で一人の魔女に出会った。
たった一人で、“呪われし森”に宿る呪いを解こうとしていた、哀しい魔女に。
「“呪われし森”は、魔女を閉じ込める鳥かごの役割を果たしていたんだ」
殺すのではなく、閉じ込める。
ヴァンゼール王国初代国王ラリアーディスは、簡単なようでいて最も難しい方法をとった。
「人間が魔女を閉じ込めることなんてできるのですか?」
シエラが不思議そうな顔で問う。
アルフレッドも、そんなことは不可能だと思っていた。
何の力もない人間には無理だ、と。
しかし、特別な力を持っていたとしたら……?
「ヴァンゼール王国の建国神話を覚えているか?」
「はい。初代国王が美しい織物を女神ミュゼリアに捧げ、加護を得たのですよね」
「そうだ。そして、ラリアーディス国王は大陸の平和のために、女神ミュゼリアの力を借りてすべての魔女を森に閉じ込めたんだ。けっして森から出られないよう魔女に対する障壁を作って」
そして、ラリアーディスは他国に向けて宣言した。
すべての魔女は滅んだ、と。
もう争う必要はない。
平和を取り戻したのだ、と。
「他国はヴァンゼール王国がすべての魔女を滅ぼしてくれたことを喜んだ。しかし、魔女を滅ぼせるだけの力を持つ国となると、それだけで脅威となる。だから、他国は“魔女殺しの国”と呼んでヴァンゼール王国を恐れたんだ」
「でも何故、ラリアーディス国王は魔女が滅んだなんて言ったのでしょう。閉じ込めた、といえばよかったのでは……」
「閉じ込めただけでは、他国の誰も安心しないだろう。逃げ出す魔女がいるかもしれない、とまた魔女狩りが行われるかもしれない。魔女狩りでは、実際には魔女ではない女性まで魔女の疑いがあるだけで殺されていた。ラリアーディス国王は、これ以上魔女狩りで命を落とす者がいないよう、魔女が滅んだことにしなければならなかったんだろう」
魔女狩りは、大陸の混沌と殺戮の歴史だ。
暗い闇のような時代に光を導いた初代国王ラリアーディスはすごい人物だとアルフレッドは心から尊敬する。
他国から魔女殺しと言われることを覚悟の上で、その重い枷を付けていた。
「しかし、ヴァンゼール王国の歴史書でもラリアーディス国王は魔女を滅ぼした王として記載されている。魔女の処刑場があの“呪われし森”で、だからこそ魔女の怨念が呪いとして残っているのだと……まあ、閉じ込められた魔女たちがあの森で死んでいった事実は変わらないがな」
アルフレッドが看取った魔女、グリエラの笑顔を思い出す。
優しい人だった。人を害するとされた魔女とは思えないほどに。
そういえば、グリエラの瞳もイザベラと同じ赤だった。
「アルフレッド様は歴史書に書かれていないこともご存知なのですね」
すごい、ときらきらした眼差しを向けられて、少しばかり居心地が悪くなる。
アルフレッドも、グリエラに出会わなければきっと知ることはなかった真実だ。
自分がすごい訳ではない。
しかし、グリエラと約束したのだ。
彼女が今の時代まで生きていたことは誰にも言わない、と。
かわいいシエラのためについ、喋りすぎてしまったが。
「あぁ、ベスキュレー公爵家の人間として、陛下に仕える臣として、多くを知る必要があったからな……だが、今話したことは他言無用で頼む」
「分かりました」
そうして“魔女殺しの国”と呼ばれた歴史について話したところで、メリーナがエドワードからの言伝を運んできた。