第11話 夫の帰りを待つ
アルフレッドのいない寝台で、シエラはほうと溜息を吐く。
他国の舞踏会に招待客として出席するのは初めてで、とても緊張した。
それも、ザイラックからの密命を知っているから尚更、気は抜けなかった。
「アルフレッド様は大丈夫かしら」
エドワードに呼び出されてからもうだいぶ経つが、アルフレッドはまだ戻らない。
一体、アルフレッドに何の用があったのだろう。
(もしかして、密命のことに気づかれた……?)
第一王女イザベラの周囲で起きる不吉な出来事。
それらがヴァンゼール王国のせいにされている現状は、舞踏会の際中にシエラの耳はたしかに拾った。
――この前、黒猫の死骸が王女様の枕元に置かれていたのでしょう?
ネズミ、猫、豚、鶏……様々な動物の死骸が王女の周囲に現れるようになった。
その周期はまちまちで、どこに現れるかは予測がつかない。
護衛がいて誰も入れないはずの場所にも、突然現れる。
次はお前だ、と王女を脅すように。
――あぁ恐ろしい。“魔女殺しの国”が、我が国の資源を狙って呪いを仕掛けているというのはきっと本当なのよ。
ヴァンゼール王国にはロナティア王国ほど豊かな資源がない。
ロナティア王国を呪っても利益はないということは、少し考えれば分かることだ。
それに、何故ヴァンゼール王国に嫁ぐ王女を狙う必要があるのか。
しかし、人々はただ“魔女殺しの国”に怯え、噂に踊らされてしまっている。
――あそこにいる美しい青年は、【包帯公爵】という異名を持っているそうよ。なんでも、社交界に包帯姿でしか現れなかったらしいわ。でもどうして今は包帯姿ではないのかしら? もしかして、人間の皮膚を剥いで自分の肌に移植したのではなくて? ヴァンゼール王国の人はなんて残忍で恐ろしいのでしょう!
友好国で、交流も盛んに行われているからこそ、他国の噂であっても知っていておかしくはない。
【包帯公爵】の恐ろしい噂話だけが先行して、アルフレッドが悪く言われるのはシエラには我慢ならなかった。
しかし、自由に動き回れる訳でもなかったし、慣れない外国での舞踏会だ。
アルフレッドのためにも、これ以上何も言われないために大人しくしていたのだ。
(舞踏会で聞いた王女様の噂のこと、アルフレッド様に相談したかったのに……)
ぽすん、と枕を抱えてベッドに横たわり、シエラは目を閉じる。
起きて待っているつもりだったが、さすがにもう待てない。
「新婚旅行なのになぁ……」
シエラが少しだけささくれ立った心のままにこぼした時、扉が開く音がした。
「アルフレッド様!」
待ち人の登場にシエラは飛び跳ねるように起き上がり、扉まで駆け寄った。
いつもきっちりとまとめられている美しい金の髪が少し乱れていて、首元も緩んで鎖骨が見えている。さらに、頬を上気させ、シエラを愛しそうに見つめる海色の瞳は潤んでいた。
とんでもない色香だ。
「……な、な、なんでそんなに色気を出して帰ってきてるんですか⁉」
一瞬、アルフレッドの艶っぽい雰囲気にのまれかけたシエラだが、妻として毅然とせねばなるまい。
必死で理性を引っ張り出す。
「あぁ、遅くなってすまない」
ふらり、とアルフレッドがよろめいた。慌てて抱きとめ、シエラは気づく。
「アルフレッド様、酔ってます?」
「ちょっとな、王子に付き合わされた……でも大丈夫だ。かわいい妻のいる部屋までちゃんと戻ってきただろう?」
ちゅっと額に唇を寄せられ、ぎゅうっと抱きしめられた。
そのまますりすりと甘えるようにシエラに頬を寄せる。
普段は酒を飲んでも変わらないアルフレッドが、珍しく酔っている。
(きゃああああああ……かわいすぎるっ!)
こんなに素直に甘えてくるアルフレッドはそうそうみられるものではないだろう。
シエラは少しだけ、エドワードに感謝した。
しかしこのまま抱き合っている訳にはいかない。
「アルフレッド様、こちらへ」
一度水を飲ませて酔いを覚まそうと、シエラはソファを示す。
しかし。
「シエラ、そちらではない」
「え?」
「私たちは夫婦なのだから、夜は当然ここだろう?」
腰を抱かれ、アルフレッドにベッドまで連れて行かれてしまった。
色気ムンムンの夫に押し倒され、心臓はバクバクとうるさく喚く。
アルフレッドの開けたシャツから覗く鎖骨や、布越しにも分かる鍛えられた肉体を前に頭はパニック状態だ。
ずっと望んでいたことなのに、いざとなると緊張して、呼吸もうまくできない。
それに、アルフレッドは酔っている。
お酒の勢いで初めて肌を重ねるなんて。
明日になればアルフレッドは忘れてしまうかもしれないのに。
「いやあの、その前にアルフレッド様、お水を……」
だから、シエラは熱を持つ身体とは裏腹にアルフレッドを正気に戻すことを優先する。
「水などいらない。私は酒に酔っているのではなく、シエラに酔っているのだ」
愛してる、と耳元で囁かれては、かすかな抵抗も意味をなさなくなる。
シエラは覚悟を決めた。
「アルフレッド様、わたしを存分に愛してくださいませ」
目を閉じて、アルフレッドからのキスを受ける。
しかし、数度唇を重ね合わせた後、アルフレッドの身体がシエラにのしかかってきた。
「あの、アルフレッド様、少し重いですわ」
夫婦の営みについてド素人のシエラは、こういうものかもしれないと思っていたが、さすがに数秒も経つとおかしいと気づく。
耳元では、すうすうと寝息が聞こえてきた。
「え? 寝てる?」
ぐっと手に力を込めてアルフレッドの身体を押せば、ごろんと横に転がった。
完全に眠っている。片腕でシエラの身体を抱き寄せて。
「……もうっ、わたしの覚悟を返してください」
しかし、シエラの側で安心したように眠る夫の顔を見ていると、怒る気にもならない。
だって、愛しているのだから。
「ぐっすり眠ってくださいな。明日の朝、どんな言い訳をするのか楽しみですわ」
さらさらの金髪を撫でながら、シエラはくすっと笑う。