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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
新婚旅行編
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第6話 心躍らない舞踏会


「ヴァンゼール王国、ベスキュレー公爵家夫妻ご入場!」


 招待状を渡すと、名が読み上げられた。

 きらびやかな王広間には、すでに大勢の人々が集まって談笑している。

 当然ながら、他国の貴族であるから誰が誰かは分からない。

 素顔を晒しているアルフレッドは無意識のうちに身体に力が入る。


「アルフレッド様、大丈夫ですわ。わたしなら、声を聴けば分かる人もいますわ」


 そんなアルフレッドの腕に手を添えて、シエラが小声で囁く。

 シエラはロナティア王国の舞踏会でも歌を披露したことがある。

 その際、ロナティア王国の貴族とも挨拶を交わしている。

 魔女の呪いで視力は失われていたが、シエラは一度聴いた声は忘れない。

 その優れた聴力をアルフレッドのために発揮しようとしてくれている。


(シエラにばかり負担をかける訳にはいかないな)


 堂々としていなければ。

 アルフレッドは顔に笑みを浮かべて、シエラをエスコートする。

 その美しい笑顔に、年若い令嬢から貴婦人まで、感嘆の吐息を漏らした。


「アルフレッド様、みんなが見惚れています。もう少しその色気を抑えられませんか?」

「皆が見つめているのはシエラではないか? 私以外の男の目に映っているのは想像以上に耐え難いものだな。でも同時に、私の妻が可愛いことを皆に自慢したい気もする」

「アルフレッド様、その笑顔は反則ですわ」

「シエラも、可愛すぎるぞ」


 デコルテの開いたドレスは花の装飾がかわいらしく、美しい亜麻色の髪は複雑に編み込まれ、花飾りで華やかさが増している。

 舞踏会用の化粧も、シエラの美しさを引き立てていた。

 入場して早々、二人だけの世界に入り込んだベスキュレー公爵夫妻に、周囲の人間はそっと道を開けていた。

 しかし、そんな二人の甘い空気に迷いなく突っ込む勇者が現れた。


「シエラじゃないか!」


 アルフレッドの隣で、シエラが反応した。


「……モーリッツ?」

「あぁ! シエラ、もしかして俺が見えているのか?」


 嬉しそうに弾む声の主は、頷くシエラの隣に存在する夫の姿は視界に入っていないらしい。


「不思議だわ。モーリッツがちゃんと男の人になってる」

「そりゃそうだろ。シエラが最後に見た俺は十歳くらいだったからな。でも、そうか。視力が戻ったのか。本当によかった」


 こげ茶の長髪をリボンで一つに結び、紫の瞳はシエラだけを映している。

 豪奢な刺繍が入った、劇団の衣装のような正装で現れたその男とシエラが知り合いのようだ。


「シエラ、こちらの方は?」


 内心苛立ちながらも、アルフレッドは笑みを浮かべたままシエラに問う。


「ごめんなさい、アルフレッド様。紹介が遅れました。彼は、わたしと同じく父の楽団に所属していた、モーリッツ・ハシュレーですわ。彼のヴァイオリンの腕は本当に素晴らしいんですよ」


 シエラの言葉に裏はない。本当に何もやましいことがないのだろう。

 しかし、紹介された男の方は違っていた。


「申し遅れました、モーリッツ・ハシュレーと申します。シエラとはクルフェルト音楽楽団で苦楽を共に過ごした仲間です」


 明らかなアルフレッドへの敵意とシエラへの恋心が、モーリッツの瞳には宿っていた。


「私はシエラの夫、アルフレッド・ベスキュレーです。楽団の時には妻が世話になったようですね」

「アルフレッド様、わたしはモーリッツに世話なんてされていませんわ。むしろ、わたしの方が世話をしてあげていたようなものなのですよ」

「何だと。俺がシエラの特訓に付き合ってやったこともあっただろう」

「ちょっと! それを言うならモーリッツだって」


 普段とは違うシエラの様子に、アルフレッドの胸に黒い靄が広がる。

 モーリッツの年齢はシエラとそう変わらないだろう。

 それに、こんなに気安くシエラが喋るのをアルフレッドは初めて見た。

 アルフレッドに対しては敬語で、呼び捨てで呼ばれたことなどない。

 それに何より、アルフレッドが知らない二人の思い出を目の前で語られることに、激しく心が荒れていく。


「エドワード王子、イザベラ王女のご入場!」


 アルフレッドが苛立ちを爆発させる寸前、王子と王女の入場が告げられた。

 それにより、モーリッツは「また後で」と早口でシエラに伝え、その場を去った。


「アルフレッド様、申し訳ございません。でもまさかこんなところでモーリッツに会うなんて驚きましたわ」


 その声に嫌悪感はなく、好感さえあった。

 久しぶりに会えた楽団の仲間なのだ。積もる話もあるかもしれない。

 しかし、あの男は駄目だ。確実にシエラに好意を寄せている。

 気に入らない。夫である自分といるよりも砕けたシエラの様子も、アルフレッドが踏み込めない音楽の世界に身を置いているモーリッツのことも、大人げなく嫉妬心を燃やしている自分自身のことも。


「シエラ、私たちの目的を忘れないでくれ」


 怒りを必死で抑えていても、音に敏感なシエラは気づいてしまっただろう。


「……はい、アルフレッド様」


 しゅんとした様子のシエラを見て、胸がちくりと痛んだ。

 しかし、今はそれどころではない。

 ヴァンゼール王国との友好の亀裂の原因でもある王女イザベラが、もうすぐ現れるのだ。

 一体、彼女の周囲で何が起きているのか。

 ロナティア王国はヴァンゼール王国との交流を途絶えさせる気があるのか。

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― 新着の感想 ―
[一言] お邪魔虫の登場で何とか治まったもののデロ甘夫婦のせいで砂糖吐いちゃうかと思いました(꒪⌓꒪)‬
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