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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
結婚事情編
35/204

エピローグ


 あの人嫌いで、恐ろしい噂の絶えないベスキュレー公爵が、なんと自分の屋敷で音楽会を開くらしい。

 可愛らしい文字と絵で描かれた音楽会の案内を見て、ベスキュレー公爵領であるリーベルトの民は驚愕に目を見開いた。


「あの公爵様が人を呼ぶなど……本物なのか?」


「この前、屋敷が賊に襲われたばかりだっていうじゃないか」


「騎士団の方々が賊は捕えたらしいけどねぇ」


 ついこの間、ベスキュレー公爵が偽者疑惑で王城に出向き、その隙に屋敷が賊に狙われたという話は、領民皆の耳に入っていた。

 無事に賊は捕えられたと聞いているが、領民たちは若き公爵が心配でたまらなかった。

 そんな中で、音楽会を開くという案内がきたのだから、驚くのも無理はない。


「でも、音楽会を開くということは、公爵様も花嫁さまも無事だってことだ」


「あぁ。本当によかったねぇ」


「これは、みんなで行かなきゃならないねぇ!」


 リーベルトのあちこちで話の輪ができ、それぞれ同じような結論に至った。

 我らが領主様が花嫁さまと幸せに過ごしている様を、この目で見たい。

  そして皆、夜の音楽会にふさわしい衣装を用意しようと慌ただしく動き出した。



 ***



「まあ、アルフレッド様! どうして包帯を巻いていらっしゃるのですか?」


 シエラの大きな虹色の瞳が、アルフレッドの姿を捉えて見開かれる。


「いや、人前に出るにはまだ、これが必須というか……」


 アルフレッドは、きまり悪く答える。

 もう魔女の呪いは解け、アルフレッドの姿は常人に見えるのだが、今まで慣れ親しんできた包帯がないと人前に出るには落ち着かない。

 シエラの前では、包帯が無くても今まで通り接することができるが、彼女以外の人間の前では包帯がないとうまく話せない。

 つい先日も彼女の父が嵐のようにやって来たが、あの時は勢いに呑まれないことに必死で包帯のことなど考える余裕はなかった。

 そのため、うまく説得できたかは分からない。

 シエラは大丈夫だと笑ってくれたが。

 そして今夜は、シエラがベスキュレー公爵家で開催するはじめての音楽会だ。

 主人であるアルフレッドがしっかりせねばならない。

 つまりは、精神安定剤的な意味で包帯が必要な訳で。


「わかりましたわ。アルフレッド様の素顔はまだ、わたしだけのものですわね」


 頬を染め、シエラが微笑む。

 愛おしさがこみあげてきて、アルフレッドは包帯越しにシエラの頬に口づけた。

 くすぐったそうにシエラが身をよじる。

 その仕草さえもかわいくて、アルフレッドはさらに口付けを落とす。


「……包帯が邪魔だな」


 自分で巻いておいて、アルフレッドは早速包帯を取りたくなった。

 しかし、そんな夫婦のいちゃいちゃを部屋の隅で見守っていたメリーナが咳払いをする。


「アルフレッド様、シエラ様、もうホールにはお客様が集まっておいでですわ」


 その言葉に、シエラがぱあっと顔を明るくする。

 早く音楽ホールに行きたいとその顔には書いてある。


「では、行こうか」


 差し出した腕に、シエラの手が添えられる。

 二人で、明るい音楽が響く音楽ホールへ向かった。



 当初、音楽会は人手も演奏者もいないので、伴奏なしのシエラの歌だけを予定していた。

 しかし、ベスキュレー公爵家で教育を受けたアルフレッドは、なんとものづくりだけではなく、楽器の演奏もできるという。

 その話を聞いて、シエラはアルフレッドに伴奏を頼むことにした。

 音楽ホールの扉を開くと、そこにはあたたかい拍手で迎えてくれる領民たちの姿があった。

 執事として料理の手配や客人のもてなしをしてくれているゴードンの姿も目に入る。

 扉に控える騎士たちも、笑顔でアルフレッドとシエラを見守ってくれる。


「今宵は、音楽会に来てくれて感謝します。今まで、皆様の目の前に現れることも、直接話をすることもなく、不甲斐ない領主でしたが、これからは皆様とのふれあいも大切にしていきたいと思います。私は未熟な領主ではありますが、どうかついて来てください。そして、今夜は思う存分楽しんでいってください」


 皆の前に立ち、アルフレッドがまっすぐな心根のままに言葉を紡ぐ。

 領民たちが歓声を上げ、あたたかい拍手がわく。

 その後ろで、ゴードンが涙ぐんでいるのが見える。

 独りで生きようとするアルフレッドを一番心配していたのは、彼だろう。

 ようやく自分の主人が前を向いて、人と関わって生きる決意をしたことに、彼は心から祝福を向けていた。

 シエラは、自分が今見えている景色を目に焼き付ける。

 十年間、何も見えないことで自分の罪を償っていると思っていた。

 しかし、皆の笑顔を見て、なにより愛おしいアルフレッドを自分の目で見ることができて、シエラは本当に幸せだ。


「わたし、こんな日が来るとは思っていませんでしたわ」


「あぁ、私もだ。シエラのおかげだな」


 二人で見つめ合い、微笑む。

 シエラの歌が、アルフレッドのピアノの音が、音楽ホールに響き渡る。

 二人の息の合った演奏は、人々の心をあたたかく、そして明るく彩る。

 集まった者皆で歌を歌い、踊り、騒ぐ。

 もう誰も、包帯姿のアルフレッドを恐れたりしない。

 もう誰も、アルフレッドを避けたりしない。

 ベスキュレー公爵家の音楽ホールでは、朝まで美しい音色と明るい笑い声が響いていた。

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