第41話 晴れた空
クリストフ、アルフレッド、シエラ、イザベラの四人を送り出した後、ザイラックは自ら暗闇に包まれた王都を見回っていた。
危険な場所で眠っている者がいれば安全な場所まで運び、治療の必要があれば手当もした。
眠っている国民たちは、まさか国王に助けられているとは夢にも思わないだろう。
だが、国王の威厳など王城に置いてきた。
今はただ、国を思う一人の男だ。服が汚れるのも、髪が乱れるのも構わず、広い王都を歩く。
「父上はそろそろ休んでください」
ザイラックと一緒に王都の見回りをしている第二王子のソルティスが声をかけてきた。
顔立ちは美しい王妃キャサリンによく似ており、青紫の瞳が印象的だ。
自分と同じ金色の髪だが、体格も性格も全く違う。
休めというソルティスこそ、額に汗して息も上がっている。
元々この息子は内向的な性格で、部屋で一人読書をしている方が好きなのだ。
だから、まさかソルティスが王都見回りについてくると言ったことは意外だった。
「俺を年寄り扱いするなよ? まだお前より動けるぞ」
「ぼ、僕だって、まだいけます。兄上たちが命がけで呪いを解こうとしているのに、休んでいるわけにはいきません」
「ソルティス。お前にそんな気概があったとは知らなかったな」
王国にとって危機的状況ではあるが、息子の知らない一面が見えた。
「当然です。母上も幼いメルリアも頑張っています。僕もヴァンゼール王国の王族として、やれることは何でもしますよ」
第二王子派が聞いたら喜びそうな言葉だ。
本人にその気はないと思うが。
王城では、この作戦の成功を祈ってキャサリンと十二歳の第一王女メルリアが刺繍を続けている。
女神に届くようにと祈りを込めて。
「さぁ父上、行きますよ」
そう言って、ソルティスは馬車の御者台に上がった。
王都は広く、まだ確認できていないエリアが多い。
ソルティスと二人でも、王都すべてを見回るには時間がかかる。
危険な状況に陥っている人がいるかもしれないと思えば、休んでいる暇はない。
ザイラックも馬車の御者台に上り、手綱を握った。
「あぁ、次は東側だ」
黒い霧に覆われた市街を王都の東へ向けて進み始める。
その時、目の前に一筋の陽光が差し込んだ。
突然の変化に馬の歩みが止まる。
その光は、一筋だけではなかった。
次々と王都のあちこちで黒い霧を突き刺すように、光が降り注ぐ。
「……父上! 空が……!」
ソルティスが上を見上げて叫ぶ。
王都を覆っていた暗闇が晴れ、見えなかった青空が顔を出していた。
眠っていた王都が、目覚めようとしている。
「あぁ……やり遂げたんだな……」
数百年続いた〈魔女の呪い〉が解けたのだ。
ザイラックの目頭が熱くなる。
だが、まだ泣くわけにはいかない。
「我が国を救った英雄たちを迎えに行かなければな」
「はいっ!」
目的地は変更だ。
〈呪われし森〉へ向けて、ザイラックは馬車を走らせた。
そして、森からこちらへとゆっくり向かってくる一台の馬車を見つけた。
御者台に座っているのは、アルフレッドとシエラだ。
「アルフレッド! シエラ!」
「へ、陛下!? とソルティス殿下!? どうしてここに……?」
アルフレッドはザイラックの姿を見て目を見開き、慌てて馬車を止める。
「お前たちのことが心配だったから迎えに来たんだ」
「そんな……陛下自ら……?」
アルフレッドは目が点になっている。
「この国の命運を背負わせてしまったのだから、当然だ。それよりも、怪我はないか? クリストフとイザベラ王女は?」
気がはやるばかりに、矢継ぎ早に質問をしてしまう。
「クリストフ様とイザベラ様は馬車の中で休んでいます。みんな無事ですわ。でも、王城に着いたらイザベラ様をお医者様にみていただきたいんです。かなり無理をされていたので心配で」
「分かった。すぐに手配しよう」
「ありがとうございます」
「ひとまず、皆無事でよかった」
ザイラックがほっと息を吐いた時、馬車の窓が開いた。
「父上……? それに、ソルティスまで?」
窓から顔を出したのは、クリストフだった。
「クリストフ。無事でよかった」
「まさか父上自ら迎えに来てくださるとは……」
驚いた様子のクリストフに、ザイラックは当然だと笑みを返す。
「イザベラ王女の様子は?」
「今は、無理をしすぎたようで、眠っています」
眠るイザベラはクリストフが抱いていた。
イザベラを愛おしそうに抱くクリストフは、以前とは違う表情を見せている。
何があったのか気になるが、詳細を聞くのは彼らを休ませた後だ。
「そうか。だったら、お前たちはそのまま馬車に。ソルティス、アルフレッドと替われ。アルフレッド、シエラ、こっちの馬車に移れ」
〈呪われし森〉の呪いを解いて国を救った英雄を早く休ませてやらねば。
何の力にもなれなかった分、頑張ってくれた彼らのためにできることをしたい。
「陛下、私は問題ありません」
アルフレッドは予想通り拒否したが、ソルティスが動いた。
「ベスキュレー公爵、公爵夫人。ヴァンゼール王国を救ってくださって、本当にありがとうございます。お二人にはゆっくり休んでいただきたいのです。どうか、お願いします」
「ソルティス殿下、頭を上げてください……」
「アルフレッド、さっさと替われ。イザベラ王女のためにも、早く王城に帰るぞ」
真面目過ぎるアルフレッドが折れそうになかったので、ザイラックは命令口調に変えた。
イザベラのことを出せば、アルフレッドはハッとしてすぐに引き下がる。
「分かりました。それでは、ソルティス殿下、お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
アルフレッドがシエラをエスコートして馬車を降り、ソルティスに頭を下げる。
こうしてクリストフとイザベラが乗る馬車の御者はソルティスとなった。
「お前、馬車なんて操れたのか?」
そこで、クリストフが窓から顔を出して不安げに問う。
「兄上、僕はたしかに乗馬は苦手ですが、御者の腕はいいんですよ」
「そ、そうなのか……じゃあ、よろしく頼む」
自信満々に答えた弟に、クリストフは意外そうに言った。
(クリストフ。分かるぞ、その気持ち)
ザイラックはふっと笑みを浮かべた。
「では、皆で帰ろうか」
無事に四人が返ってきてくれた喜びをかみしめながら、ザイラックは馬を走らせた。




