第40話 愛する奇跡
“呪われし森”には、陽の光が差し込み、明るい花が咲き始め、平和な光景が広がっている。
ラリアーディスの霊魂ももう見えない。
愛した魔女グリエラと天に昇ったのだろう。
しかし、アルフレッドたちは手放しで呪いが解けたことを喜べる状況ではなかった。
「イザベラ!」
「イザベラ様……!」
「イザベラ王女」
クリストフの腕の中で、イザベラはぴくりとも動かない。
イザベラの命をこの世に繋ぎとめるように、三人で名を呼び続ける。
全員が彼女を喪いたくないと強く思っていた。
「このままイザベラ様とお別れなんて、絶対に嫌です!」
シエラは奇跡を信じて歌いはじめる。
涙声でも、その歌は心に染み入る。
「イザベラ……愛している」
クリストフがイザベラに愛をささやき、その唇にキスを落とす。
どうか、戻ってきてほしい。
愛はきっと、呪いに打ち勝つ。
アルフレッドがシエラに教えてもらったことだ。
だから、アルフレッドも祈る。
イザベラにクリストフの愛が届くように。
「……んっ!」
しばらくすると、イザベラが吐息を漏らした。
「イザベラ!」
涙で顔をぐちゃぐちゃにして、クリストフはイザベラをぎゅっと抱きしめる。
「クリストフ殿下、くるし……」
「す、すまない!」
あまりの嬉しさに力加減を忘れていたクリストフは、今度は優しくイザベラを抱きしめた。
(やはり、愛の力は偉大だな)
二人の抱擁を見つめていると、アルフレッドの手に優しいぬくもりが触れる。
「本当に、よかったです……っ」
シエラは感動して号泣している。
そんな愛しい妻の涙をそっとぬぐいながら、アルフレッドは頷く。
「あぁ。皆で無事に帰ることができるな」
「はい!」
「それにしても、ここはこんなにも美しい場所だったんだな」
周りを見渡せば、美しい緑と色とりどりの花が広がっている。
森に攻撃されていたのが嘘のように穏やかだ。
呪いによって暗く閉ざされていた森は、本来の姿を取り戻したのだ。
「えぇ。どこを切り取っても絵画のように美しいです」
清々しい気持ちで、シエラと笑みを交わす。
「ようやく、終わったんだな」
「もうこの国に“呪われし森”は存在しないのですね」
「そうだな。ただ美しい森が広がっているだけだ」
ヴァンゼール王国の負の遺産は消えた。
その代わりに、新しい観光スポットが増えるだろう。
「呪いが解けてよかったのですが、ほんの少しだけ寂しい気もします」
アルフレッドにだけ聞こえるようにこっそりと、シエラが耳打ちする。
「ん? どうしてだ?」
「だって、わたしがアルフレッド様に恋をした場所ですもの」
二人は、この“呪われし森”で出会った。
自身を呪い、深く傷ついた心は互いの存在によって癒された。
すべてはシエラがアルフレッドに恋をして、深く愛してくれたから。
彼女がいなければ、アルフレッドは今生きていない。
「シエラ、ありがとう。私は今、あなたに出会えた奇跡に心から感謝している」
「わたしも同じ気持ちですわ。アルフレッド様、大好きです」
人と人が出会い、恋に落ちる。
愛する人と人生を共に歩いていける。
それこそが奇跡だろう。
今、シエラと手をつなぎ、想いを通わせていること。
一緒に生きられること。
奇跡のような幸せをアルフレッドはかみしめる。
それは恋だけではなく、友情も。
「イザベラ王女の体力はもう限界だ。早く城に戻って状況を報告しよう」
泣きはらした目をしたクリストフが、イザベラを横抱きにして近づいてきた。
魔力を使いすぎたせいで歩くこともできないらしい。
「イザベラ様っ……心配したんですよ! 体は、大丈夫なんですか?」
「シエラさん、ありがとう。少し休めば大丈夫よ」
イザベラは、泣きじゃくるシエラに優しく微笑む。
「イザベラ王女、あなたのおかげで呪いを解くことができました。本当にありがとうございます」
「呪いが解けたのは、わたくしだけの力ではないわ。ここにいる誰かひとりが欠けても、呪いは解けなかったでしょう」
「イザベラ王女の言う通りだ。俺たち全員で、成し遂げたんだ」
クリストフがにっと笑う。
「さぁ、帰ろう!」
そうして、行きと違って、あたたかな陽光を受けながら、アルフレッドたちは王都の城へと歩みを進めたのだった。