第38話 時を超えて
「グリエラ」
この時をどれだけ待っただろうか。
ラリアーディスは愛しい人の名を呼ぶ。
「ラリアーディス様……」
真っ赤な瞳でラリアーディスを見つめている。
「グリエラ、すまなかった……」
数百年前、女神の加護を得てこの森に魔女を封じ込めた英雄。
ラリアーディス本人が望んでいた結果とは違っていた。
ただ、人間と魔女の争いを終わらせたかった。
グリエラとの幸せな未来を描きたかった。
二人の愛で、人間と魔女が共存できるのだと示したかった。
しかし、そのためには一度お互いが冷静になる必要があると考えた。
人間は魔女のように魔法が使えない。
どうすれば冷静に話し合いができるのか。
女神に知恵と力を借りた。
森に結界を張ったのは、けっして閉じ込めるためではなかった。
話し合い、和平を結ぶ。
それが目的だった。
けれど、人間たちは魔女を封じ込めたことでラリアーディスを英雄に仕立て、魔女は滅びたと人々に吹聴し始めた。
人間側の完全勝利だ、と。
いずれ魔女を森から解放するつもりだと言えば、目の敵にされた。
それでも、ラリアーディスは諦めなかった。
魔女が危険ではなく、人間への敵対心もないことが証明できれば、何の問題もないはずだ。
そのためにも、まずはグリエラの誤解を解かなければならない。
何度も会いに行ったが、会えなかった。
グリエラはもう自分のことを愛していないのだと、彼女の友人に聞いた。
ラリアーディスに裏切られたと思い、グリエラは絶望していたのだ。
あの時は顔を見ることすらできなかった。
だが今は、グリエラに直接想いを伝えることができる。
「生きていた時から、私の気持ちは変わらない。君を心から愛している」
共に過ごした日々は長くはないかもしれないが、時間なんて関係なく、どうしようもなく心が彼女を求めていた。
死ぬまで――いや、死してなおグリエラのことを忘れたことはない。
「こうして君に会える日をずっと待っていた。君に会うためなら、私は幽霊にでも悪魔にでもなれる」
「ラリアーディス様……私は……ごめんなさい。信じられなくて……こんな、こんなことになるなんて」
「君は悪くない。すべて私のせいだ」
心優しいグリエラは、魔女たちが封じられたのも、この森が呪われたのも自分のせいだと思っている。
涙を流し、一人で震える姿にラリアーディスは思わず彼女を抱きしめた。
「君はただ、仲間を守ろうとしただけだ。君だけに背負わせてしまった私の責任だ」
「それでも……私はあなたを憎みました」
「私を憎んでいてもいい。それだけ愛してくれていたということだろう?」
グリエラの黒髪を撫でて、ラリアーディスは微笑む。
数百年、幽霊になってまでこの世に執着してきたのだ。
今更憎まれているからといって引くわけがない。
「信じられるまで、何度でも言う。君を愛している。今の私には、君への愛だけしか残っていないよ」
「本当に?」
ラリアーディスの言葉を信じてもいいのか。
一度裏切られた痛みを知っているグリエラの心は揺れていた。
だから、ラリアーディスは迷うことなく頷いた。
「あぁ。君への愛が嘘だったら、とっくに諦めて成仏しているよ」
そう言えば、初めてグリエラが笑ってくれた。
ラリアーディスが一目惚れした、優しい微笑み。
愛おしさで胸がいっぱいになる。
「最期の時を一緒にいられなかったが、せめて魂は共にありたい。私を受け入れてくれるか?」
ラリアーディスの問いに、グリエラはこくりと頷いた。
「……愛しています。ラリアーディス様」
「永遠の愛を君に」
二人の魂は、数百年の時を経てようやく結ばれた。
その瞬間、“呪われし森”を覆っていた暗雲は晴れ、明るい光が差し込む。
空を見上げると、見事な晴天が広がっていた。